第55話 映像

 APNへと行くと、いつも通りと言った所か。閑古鳥が鳴いていた。バーの扉を開くと、カウンターには優理さんが居た。


「颯太君!?」

「お久しぶりです」

「久しぶりだけど何でこんなびしょ濡れに……傘はどうしたの? お風呂入ったら? うん! 入りなさいッ!」


 俺は優理さんの言われるがまま風呂場へと連れて行かれ、シャワーを浴びた。

 風呂から上がると、翔さんの衣服なのか大きめなTシャツとジーパンが置かれていた。


 それに着替えて、バーのカウンターへと向かう。


「お風呂ありがとうございました」

「いーえ、良いのよ。風邪でも引いたら大変だからね」


 俺は優理さんにお礼を言いながらカウンターの席へと座ると、優理さんはバーの作業を止めて突然カウンターへと身を乗り出した。


「颯太君は丁度良いタイミングに来るわね!」

「丁度良いタイミング、ですか?」

「APNにとってのなんだけど」

「APNの?」


 何だろうか。


「依頼がどうとかじゃないよ。私達の本来の目的……APNの活動が遂に始まるの!」


 その言葉に何故か、心が強くざわめいた。


「着いてきて!」


 優理さんは無理矢理に俺の手を取り、外へ出た。優理さんと共に近くにあるタクシー乗り場でタクシーに乗り付けると、俺達はある場所へと向かった。


 人通りの多い交差点。周りはビル群が立ち並び、目の前には大きな屋外ビジョンが見える……そんな交差点の真ん中で、傘へと雨が降り落ちる音を聞きながら優理さんと共に交差点の真ん中で足を止めた。


「此処で何をーー

「あと、3……2……1!」


 優理さんのカウントダウンと共に屋外ビジョンにある、見覚えのある者達が映し出された。


『あー、あー……これで本当に流れるのか? 緊張すんなー』

『翔、もう始まってる』

『何だとッ!?!? な、何言えば……は、ハロー?』

『これ、日本にしか放送されてない』


 周りから様々な反応が返る。

 見たことの無いCM広告に何人かが顔を上げ、2人のコントの様なやり取りに微かな笑いが含まれていた。


 ーーあぁ。


『んんッ! そ、そうか。じゃあ気を取り直して………初めまして諸君!! 俺は闇組織APNのリーダーをやってる暗深翔!! 宜しくな!!』

「え……何?」

「アイツ闇組織って言ったか?」

「何の広告なの?」

「隣に居る子可愛いな」


 十人十色。

 大きな声で叫ばれたその自己紹介に、ほぼ全ての人が顔を上げて戸惑いを見せる。


 そして、俺もーー。


「優理さん、これって……」

「一度も瞬きしないで……これが私達の始まりなんだから」


 優理さんに促され、俺はまた顔を上げた。


『闇組織って言われれば悪い方向に捉えるかもしれないが、俺達はそうじゃない!』


『平等な世界を作りたくはないか!? この世界はどうしても先行者……その中でも多くのスキル、スキルを使いこなす者が優位な世界になる!!』


『俺達はそんな世界を、変える!!』


『少しでもこの世界に不満がある奴は名乗りを上げてくれ!! 絶対に迎えに行く!!』


 翔さんの言葉は、熱を帯びて街の中へと降りて来る。だがしかし、内容が内容だ。


「何言ってんだあの人……」

「やばっ……ちょっとSNSに投稿しよう」


 すぐ隣に居る人の反応に、心の中で納得する。

 誰も気乗りする筈がない。それもそうだ。この世界は、先行者優位の世界で上手くやっている。先行者は優遇され、平凡者は蔑まれる。平凡者という圧倒的に少ない者の為に、世界が変わる訳がないのだ。


「でもさ……俺も少しは思ってたんだよ。ちょっと理不尽じゃないかって」

「そうだよな? 実は俺も!」

「言われてみれば……」

「いや、でもーー」


 そう……思っていたのに、周りの反応は徐々に変わっていった。


「これをやって……どうにかなるのか?」


 思わず、呟く。

 こんな簡単な事で、世界が本当に変わるのかと。


 颯太の質問とも取れる呟きに、優理は応える。


「今はどうにもならない。だけど、小さな火種にはなるよ。これがメディアに出たという事が大きいの」


 颯太は優理へと視線を向けた。

 目はキラキラと輝き、その目からは何処か希望を見出してるかのよう。


 あぁ。なんて顔だ。

 この人達の事は嫌いじゃない。

 平凡者である俺を受け入れてくれる、唯一の場所


 観ている全ての人から聞こえる喧騒が段々と大きくなる。


 可笑しい。この世界は。

 可笑しい。コイツらは。

 可笑しい。平凡者でもないのに、俺の気持ちが分かる訳がない筈なのに……何でこんな反応が出来る?


 このままでは、本当にーー。


 その先の事を考え、忘れる様に颯太は首を横に振った。


 強くなろうとしている暇はない。

 強くなって行くしかないのだと。


『ついて来い!! 一緒に世界を変えよう!!』

『もうそろそろ終わる』

『アッ! まだ言う事はーー』


 放送は終わり、一瞬のブラックアウトの後にいつものCM広告が流され始める。


 だが観衆は熱が冷めていないのか、不気味なザワメキが巻き起こっていた。


「颯太君?」

「俺、行きますね」


 このまま、世界は変わって行くのかもしれない。そう、このままならーー。

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世界に嫌われる平凡者は、世界と平和を天秤にかける ~意思は無くならない、感情は存在する ゆうらしあ @yuurasia

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