第2話 黒髪の少女は言った。『わたしはキミのともだちだ』と。
お伽噺や絵本の中で、悪しきを挫き弱きを助ける勇者。そして聖騎士もまた、神に仕える聖なる騎士として羨望の眼差しを向けられる誰もが憧れる存在だった。
人間と魔族が相容れず、いつも何処かしらで争いを繰り返す中で、聖騎士達は神から授けられた能力、『聖剣技』『聖法術』を駆使して魔族を鎮圧しているとは街の人々が話しているのを聞いてはいた。
絶対的な正義で悪を撃つ、ボクも寝床で母さんが読んでくれる絵本の勇者と聖騎士に胸をときめかしていた。
……それなのに。
ボクの目の前に居る聖騎士達は下卑た眼差しと下品な笑い声を出しながら、まるで鞠を蹴飛ばす遊びを楽しむように手を、足を出しボクの身体を痛ぶりだす。聖騎士の小隊長はそれを止めるそぶりもなく、ただじっとその様子を見つめていた。
このボクの目の前には、絵本の聖騎士などいやしなかった。
◇
「いや〜、にしても魔族と人間のハーフなん珍しいから見せ物として売ればそれなりの金になるんだけどなぁ……まぁスーリュカ教皇猊下からは『殺せ』との御命令だからな……」
やれやれと首を振る副長は後ろにいる小隊長に目線を向ける。首を一度縦に頷く様を合図と受け取った副長が腰に携えた剣をスラリと抜く。
すると夕日の光が刃に当たり、銀色の刀身は橙色へと色を変えていた。
その光景を目にしてボクは、ボロボロになった身体を起こすこともできず、座りながら後ずさる。
「魔族の血を引く『忌子』よ、その呪われた運命を断ち切ってやろう……なあんてな!! この俺様の新調したグレートソードの切れ味を確かめるいい機会だ、あはははは!!」
「っ! うわああああッ」
逃げる様に叫び、手元にあった石ころを掴んで振りかぶる。
まさか子どもの僕が反撃して来るとは思ってなかったのか……幸か不幸か、投げつけた石は聖騎士の額に直撃し──額からタラリと鮮血が鼻筋をつたっていた。
「──このクソガキがぁ、痛てぇじゃねぇかッ!!」
「ぐは……ァッ!」
剣を片手で握りしめたままの男に蹴り飛ばされ、荒野の砂埃が舞う。
「この俺様の美しい顔に傷つけやがって……これだから下賤な魔族のガキは嫌いなんだ」
無造作に髪を掻き上げ、額の血を拭いながらボヤく聖騎士の顔立ちはお世辞にも『美しい』とは言えないほど、不細工だった。その顔つきはボクには恐怖しか覚えないほどに。
「てめぇにもこの痛みをわからせてやるよ!!」
「うぁああ?!」
不細工な副長に胸ぐらを掴まれ、放り投げられる。
そうして見上げる景色……ボクを見据える聖騎士達の顔は皆、不敵に笑っている。
「クソ野朗が……! 小僧、てめぇの命なんざ、どんなに抗おうがここでシメーなんだよッ。でもその前によぉ、オイタのこと謝って貰わねーとなあ!」
ドカァッ!
横腹を強力な中断蹴りが食い込む。
どんなに助けを望もうとも、心の中で創造神リィファに祈ろうとも。奇跡や救いはボクには訪れず、自然と涙が流れる。
そして悲しみと悔しさに包まれながら……聖騎士に憧れたこともある自分に怒りすら覚える。
「う、うわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」
「げげ、なんだこのガキ急に叫んで……」
一欠片の勇気を奮い立たせるように、ボクは叫び、立ちはだかる聖騎士の元へと拳を握りしめながら走り寄る。感情の制御なんて、子どものボクにはできなかった。叫べば「汚ねぇ血を俺様のコートにつけんじゃねえ!」なんて吐き捨てながら聖騎士は僕を蹴り……それでもボクは立ち上がり拳を振り上げる。
「くそっ! くそうっ!!」
「うっとおしいんだよクソガキがああ!!」
背丈はボクよりもずっと高い外見の聖騎士を殴って攻撃するけど、当然効くはずもなく──
『聖剣技、真空斬!』
「……うっ」
拳を振り上げた僕の身体を、聖騎士の放った剣技で切り裂かれる。斜めに振り下ろされた剣から鎌鼬が発生するやいなや、ボクは顔も身体も血塗れになっていた。
「あー、副長やっちゃったかー……そんな 子ども相手に聖剣技なんて容赦ないなー、だっさ……かっこいい!!」
「大人気な……いやいや、さすが副長。見事な聖剣技」
「副長、キレると見境ないからなあ、マジでどっちがガキなんだか……いや副長は紳士的だよなあ!」
「てめぇーら俺様のことバカにしやがったな? 後で覚えておけよ??」
「「「えぇっ?! しょ、小隊長ぉ」」」
「小隊長に助けを求めたって許さねーからな?」
全身、そして左眼からボタボタと血が流れ落ちる。膝から血溜まりに崩れ落ちるボクに見向きもせずに、副長と聖騎士たちは場違いで間抜けな会話を続け、もはやボクのことは放って置いても死ぬと思ったのか、遊び飽きたオモチャと認識したのか……周囲の聖騎士達に檄を飛ばしながらこの場から離れて行く。
「く……こ、ころしてやる……!」
「んあぁ?? しぶてえガキだな、ッたくよぉ」
ボクの方へと振り返り、荒野の大地をザスザスと足音を立てながら聖騎士が近付いて来る……最後の力を振り絞り、立ち上がってボクは副長を睨み。
「ぜったいに……ころしてやる……っ!」
『───まるで死に損ないのゴミ虫みたいだな? フン、さっさと死ね、人間でも魔族でもねぇ忌子の出来損ないが!!!!』
見下す様に見据える聖騎士の、鉄鋼の防具で固められた足で思いきり蹴り上げられて僕は宙を舞い……荒野の大地に倒れたボクはそのまま意識を失った。
◇
どれくらい時間が経ったのだろう。夕日はあと少しで落ちてしまいそうだった。
意識をぼんやりと取り戻したボクは、右も左も前も後ろも分からず荒野を彷徨い、足を引きずりながら、歩き続けた。
どこへ行けばいいのか分からない。
広すぎる荒野は何も無い筈なのに、この時だけは迷宮にでも迷い込んだ気さえしていた。
切り刻まれた身体も限界を迎え、しだいに眼は霞み、ボクは生きる希望なんて言葉ほど、瞞物なものは無いと考えていた。
異様なほどの孤独感に包まれた中で、声が聞こえた。
『ロクス……ロクス……大丈夫かい??』
意識が遠のいていく……ボクはここで死んでしまうんだろうか……? 母さんに会いたい……エイナに会いたい……死にたくない……
しかしボクの身体はまるでボクのモノじゃないかのように重たく、言うことを聞いてくれはしない。
視界は霞んでいき、息が切れていく。足のつま先から、指先から冷えていく……ゆっくりと死が歩み寄るのを感じていた。
『……大丈夫、キミを死なせたりなんかしない』
「……え?」
ふと、そこで気付く……ボクに話し掛けている女性の声があると。
「だれ ……??」
ぼやける視界を懸命に動かして辺りを見渡すけれど、声の主なんて見当たらなくて……あぁ、幻聴が聞こえるなんて、ボクの生命ももういよいよ終わるんだと……ボクは大人になることもなく、母さんに甘えることも、妹のエイナの頭を撫でてやることも叶わないまま……惨めに荒れ果てた荒野の大地でひっそりと死んでいくのだと思うと、悲しくて寂しくて……涙が滲んでしまう。
『忘れたのかい?? まぁ仕方ないよね……、私はね、キミが生まれるずっと前からともだちの……』
「……」
死ぬ間際の幻聴なんだなぁ、ボクにトモダチなんて、精霊くらいしかいなかったから──と思った瞬間だった。気がつくと夕日はいつしかなく、月が輝く夜になっていた。荒野の岩陰は闇と同化し、そこから紫色を混ぜたような黒い何かが妖しく光り、妖艶で魅力的な……とても美しい黒髪の少女が現れて、ボクは言葉を失った。
ボクと同年代のように見えるその少女……静まり返る夜の闇を連想させるような黒髪と黒いロングドレスを纏ったその少女は、幻想的で、どこか危険な香りを放つようにボクに妖しく微笑んだ。
『……私の名はシャドルトだよ、闇の精霊シャドルト。さぁ、私の力を受け入れて立ち上がるんだ』
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