第10話 魔剣士ロクスとして

「おい、てめぇが犯人だな?!」

「コソコソとしやがって……! おい、ここにいた女たちをどうした?! どこへやった?! 言えッ」


「つーか犬まで……てめぇが解放しやがったのか?!」

「この野郎ッ! なんとか言ったらどうだ!!」



 ……ついに人間達に見つかった。口々に捲し立てる者達の立ち居振る舞い、その真っ白なコート……間違いなく聖騎士だ。さっきまで見張りや巡回の兵士ばかりに遭遇してたわけだけど、こんなに早く聖騎士との戦闘になるなんてな……

 ボクの侵入が発覚してからある程度の時間が経過しているし、この遺跡の封鎖をしたであろう聖騎士達へ下級兵士から報告がいくのは当然のことではあるし、会敵するのは時間の問題ではあったのだけど。


「……女性?? 貴方たちが言ってることはなんのことだかわからない」


 嘘をついたり白を切るのは好きじゃない。だからと言ってこのクズ達に本当のことを言うつもりなんて微塵もない。魔剣の柄を握る腕に力を込め、聖騎士達を睨み見る。ボクの横にいるウルフィは歯を剥き出しにして敵意満々といった出で立ちだ。

 ボクが横目でウルフィをチラ見すると目が合い、いつでも飛びかかる準備はできている、小さく頷く彼の瞳はそう言っているようにボクは思えていた。



「はん! お前たちじゃないとしたら一体どこのどいつがやったってんだ? 怪しいヤツがいるとしたらお前しかいないだろうが!!」


「おいおい、よく見りゃその銀髪に碧眼、てめぇ魔族じゃねぇのか?! ったく魔族のガキのくせに一人で随分としてくれたなぁ?! お前も遺跡の力でどこかへ逃げようって魂胆だったんだろうがそうはさせねーよ!!」


「 黙れ人間ッ、ロクスはガキじゃないワン! ──彼は戦士だワン!! 侮辱するのは許さないワンよ!!」


「あぁん? 随分と吠えるじゃねえか犬コロがよぉ? 俺達に勝てるわけねぇくせに……」


「おうよ、事実てめーは俺達に敵わなかったじゃねえか!! 負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ?!」


 聖騎士達の怒号が飛び……互いに睨み合う中で、ウルフィは片足を一歩踏み出し、両の腕を上げて格闘戦のスタイルで構える。

 ボクもそんなウルフィの姿に勇気づけられながら、一歩前に出る。



「……貴方たちはとても聖なる騎士とは思えない話し方をされるのですね、暗黒騎士に転職されたらいかがですか?」


「ッ──、言葉遣いに気をつけろよ、このクソガキが! 卑しい魔族の分際で人間様に偉そうな口聞くんじゃねぇ!!」



 怒りに額の血管が浮き出ている聖騎士が腰の剣をスラリと抜いて剣先をボクに向けて、それを合図にしたかのように他の騎士達も抜刀する。

 ボクも聖騎士達に向けて魔剣ソウルイーター魂喰らいを構え……すぐさま踏み込めるよう足に力を入れる。


「ロクス、中央に立ってる聖騎士が隊長のようだワン! オレはヤツの聖剣技に手も足も出なかったワン……! 気をつけるワンよ?」


「……ウルフィ、手も足も出ないから口を出して噛み付いたの?」


「な、なぜそれを知ってるワン?!」


「……おいガキ、んで犬コロ! てめぇら見世物をする余裕あんのか?」


 ウルフィが忠告してくれた剣を構える聖騎士の隊長はボクを斬り伏せたあの聖騎士より背丈はありそう……それに少なくとも『副長』と呼ばれた男よりも、『隊長』の役職を持つ者の方が強いことは分かる。


「……冥土の土産に俺様の名前を教えてやるよ、クソガキ。騎士としての習いだ……聖リィファ教会聖騎士団第25辺境魔族討伐隊所属、隊長の聖騎士マルゲリフ……てめぇを屠る者の名だ」


「ボクの名前は──魔剣士ロクス=ウールリエル、貴方を打ち倒す者の名だッ!!」


 マルゲリフの騎士としての名乗りに返す形でボクも魔族の剣士として名乗りをあげる。自らが強いと優越感に浸るような佇まいでにやりと口元に笑みを浮かべた目の前の聖騎士は、構えた長い剣に力を送り込むように……握る拳が僅かに光を纏う。


「威勢のいいガキだな…… 、ぶっ殺してやるからよ、さっさと死にな!!」


「ここでボクは死ぬわけにはいかない……! だから貴方を倒す!!」


 

 

 その会話を皮切りに、床を踏み割る勢いで駆け出す。



  ◇



「でりゃァアッ!!」


「るああァっ!」


 長剣を思いっ切り振り下ろし、体重を乗せた力任せの攻撃……それを魔剣の刃体で受け止め、すぐさま受け流すように刃を滑らすように聖騎士の剣を弾き返す。

 

 キィン!! カィン!!


 甲高い金属がぶつかり合う音を立てながら、交差する剣と剣が火花を散らす。魔剣から身体へ注がれる闇の力を全力で受け止めながら防御体制と攻撃体制を交互に繰り返すが、聖騎士の卓越した動きにやはり予想通りの苦戦を強いられる。とは言え負けるわけには断じていかない。ボクが一人を相手にする中でウルフィは数人を相手に格闘しているのだから。


 たとえ聖剣技を使う隊長だとしても……。こんなところで負けるようじゃこの先、いくつ命があっても足りはしない。一雫の汗がボクの頬をつたう。


 戦いの中で自分に向けられた殺気を跳ね返す精神力が僅かではあるが培われていくのがわかる……。


「俺様の剣を弾き返すなんて……ただの魔族のガキにそんな真似ができる筈がねぇッ! てめぇ何者だ?!」


「……少なくとも貴方のようなクズではないのは確かだッ」


「!! 頭にくるぜ……生意気なクソガキがぁッ!!!!」


 彼の膂力に耐えうる剣。聖剣ではないにしろ、おそらく鍛えられた剣であるに違いない。薙ぎ払うだけで空気を切り裂き、振り下ろせば地面に亀裂を生じさせるマルゲリフの一撃……それに比べてボクはまだ魔剣士なりたてで剣技は何一つ使えないただの素人。


 聖騎士に比べてボクは真剣での斬り合いは初戦。


 彼の攻撃を一撃でも受けたら直ぐに立ち上がることができるかわからない。

 あの見た目より防御力のある白コート、その下の鋼の胸当てを見て、素人剣士の攻撃が有効打を与えられる部位を試行錯誤する。


 ……狙うなら腕や太腿あたりかな。首もいいかもしれない。なんとか攻撃を当てるしかないな。


「聖騎士の誇りにかけててめぇをぶち殺す!!」


「……貴方の薄汚い誇りなど知るものかッ、やってみろッ」


 こんな下衆で外道な騎士に憧れていたなんて、我ながら情け無くなる。高貴さも信念も無い、魔族を蹂躙し、辱める聖騎士に高い徳を示せる筈などないのだから……もはや夢も憧れも砕けて消えた。


 だからせめて、魔剣を使うボクが倒してやる。


 

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