第11話 聖騎士との戦い 前編


 ボクの頭を狙って斜め下から右上段へ向け横薙ぎに振るわれた長剣が前髪を僅かに切り裂く。しかし姿勢を逸らす事で避けながら、瞬時に大地を踏みしだいて跳躍し、振りかぶった魔剣をマルゲリフの首筋に狙いを定め振り下ろす。


「ぬぐうぅッ!!」


「ッ……!」


 しかしマルゲリフが一歩退がることで、首筋より下に刃が僅かに外れてしまう。マルゲリフの鋼の胸当ての強度のせいなのか……ボク自身にも斬り込みを弾かれた衝撃がそのまま腕にビリビリと伝わってくる。

 闇の力を受け止め、魔剣士として強化された膂力から放たれた衝撃が逆に体力を削り取る。シャドルトが言ったようにボクはまだ闇の力を受け止め切れる器ではない。

 ……しかし、突きを繰り出さなくて正解だったかもしれない……マルゲリフにいなされて隙ができたところを斬り込まれ生命を失うのが関の山だっただろう。


「俺様の『聖剣技』をかわした上に斬撃を浴びせるとは驚いたぜ……! 

 ガキのくせに侮れねぇ……!! 退がるどころかどんどん前に出てきやがる……!!」


 冷や汗を垂らしながら体勢を立て直すマルゲリフはそんな事を言いながら、ボクのことを少なからず脅威として認識しつつあるようだ……慎重さを持たれてしまうと、早めに決着をつけるどころか、ボクの身体が闇の力に負けて全てが水疱と化してしまう。

 ──と、そんな時だ。


「マルゲリフ隊長、 犬型獣人を取り押さえました!! あとはその小僧のみです!!」


「ガァウルルルル……ッ、やめるワン!!  離すワン!!」


「ウルフィ!!」


 突然にマルゲリフの背後から聞こえてくる声……ウルフィを数人がかりで取り押さえている聖騎士達の一人が大声で叫んでいた。

 うつ伏せで押さえつけられて尚、戦意を喪失せずにウルフィは声を荒げている。


「グルルル……ロクス、オレに構わずそいつを倒すワン!!」


『あちゃ……まぁ最初捕らえられていたし予想通りって言えばそうなんだけど……、でも随分と抵抗したみたいだねぇ。ロクスほら、伸びてるヤツが何人もいる』


「……ウルフィ……」


 シャドルトが言うように、多数の敵を相手に彼は健闘したと言える。それに比べて聖騎士は数人がかりでようやく組み伏せたのか……伏されているとはいえ、やはりウルフィは強い魔族なんだ。


「でかしたぞ! ……おい、クソガキ。てめぇの飼い犬がどうなっても良いのか? あぁ? オラ早くその剣を捨てろッ。今すぐッ」


 マルゲリフとの戦闘に集中しすぎていて、傍らで共に戦うウルフィのことを蔑ろにしてしまったらしい……案の定、マルゲリフはウルフィを人質にボクの降伏を呼び掛けている。


「ほらほらボクちゃんよぉ、この獣人……てめぇの愛犬だろ? 早く剣を捨てないと殺しちゃうぜぇ?」


「グアゥルルルゥ!! ロクス、オレに構うなワン!!」


『……ロクス、どうする?』


「もちろん助けてやらないと……ッ」


 魔剣の力を最大限に活かしきれてないボクが一体どうやってこの場を切り抜けウルフィを助けるか……というかそれ以前にシャドルトは冷静だ。取り乱すことなく物事を見据えていると思う。なぜならボクの判断に身を委ねた発言だからだ。

 それとウルフィ……構うなって言われてもさ……、ウルフィとはついさっき会ったばかりだけど、なんだか随分と昔から知っているような、懐かしい感じがしていた。いきなり人の頭を嗅ぐっていう謎の馴れ馴れしさ、強者に立ち向かう勇敢さを……何故か彼を知っている不思議な感覚がボクにはあった。シャドルトが言っていた『前世からの因縁が惹かれ合う』というのは本当かもしれない。


 もちろんその言葉が真実という保障もないし、信用もできない……けれどこのままウルフィを無視するなんてボクにはできない。



「──オレに構うなワンよロクス!! お前が剣を捨てたら何か解決するのかワン?! ……かわいそうなあの女達の生命を守るんだワンよ……! だから倒せぇッ、魔剣士ロクス!!」


「……!!」


「ベラベラとうるせぇ犬だ!! 黙りやがれッ」


「ギャワンっ!」


 ……マルゲリフの部下が横腹を思いっきり蹴り入れて、痛みに悶えるような声を出すウルフィを目にしたその時──、心の底から沸々と沸き立つ怒りの感情を抑えつけながら魔剣を持つ右手を下ろし、そして手放す。

 ガシャンと音を立てて地面に倒れる魔剣を見て、マルゲリフの下品な顔は薄笑いで唇をゆがめていた。


「な……ッ! ロクス何をしているワン?! 剣を拾って立ち向かうワンよ!! オレのことはいいからそいつを倒──ギャワァッ」


「黙れと言ったはずだ!! このクソ犬が!!」


『ロクス……一体……?』


「ククッ……そうだ、それでいいんだクソガキ。お前ら魔族が俺様達に刃向かおうなんざ百万年早えんだよ、バカがッ」


 シャドルトが不安げな声でボクの頭の中で呟いた。……大丈夫、考えがあるんだ。

 愉快そうに、下品に嗤い見下すような顔つきで、軽い足取りで近付いて来るマルゲリフの指示にボクは従い、ゆっくりと両手を上げ──戦意が無い印象を与えたその瞬間、途中でマルゲリフの股間に狙いを付けて右足を思いっ切り蹴り上げる。


「ぐぶふっ?! ……───ッ……!!!!」


 闇の精霊シャドルトから注がれていた力は魔剣を手放したことで途切れてはいたものの、強化された身体能力は未だ健在でその力を集約させ、怒りを込め、力を溜めたその右足をを一気に蹴り上げたことによって、耐え難い痛みがマルゲリフを襲う。


 凄まじい膂力によって強烈な勢いで蹴り上がった足を、そのまま悶絶しながら半屈みで股間を押さえるマルゲリフの頭上へと垂直に踵落としを喰らわせる。


 流れるような一連の動作は完全にマルゲリフを捉えていた。マルゲリフに一瞬生まれた警戒心を解き放ち、隙を作る算段を実行したのだ。


 マルゲリフが有利さを掴み、勝ち誇ってしまった油断とその傲慢がこの結果の呼び水となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る