第12話 聖騎士との戦い 後編


「ぐぶはぁうッ!」


「ま、マルゲリフ隊長おぉ──んがッ?!」

「こ、このクソガキがぁあ──ぐげッ!!」


 一瞬の出来事に目を丸くしてマルゲリフとボクの位置に駆けつける二人の聖騎士に対して『影潜り』を発動させ、その背後へ現れ一人には首筋へ手刀を当て、もう片方の聖騎士にはマルゲリフ同様に背後から股間を蹴り上げ気絶させる。

 そのまま『影潜り』で闇から闇、影から影へと瞬間的に移動したボクはウルフィを押さえつけている聖騎士を殴り飛ばし、ウルフィを肩を貸すような形で支え、そのまま跳躍して敵対種から距離を取る。

 つい先ほどまでボクが居た場所では悶絶し冷や汗を流すマルゲリフが、気絶し泡を吹いて倒れ伏した聖騎士を足元にボクを睨みながら開口する。



「く、クソガキが……ッ! 汚ねぇことしやがって……てめぇら絶対に許さ……ねぇから……な!?」


「汚い? 魔族の女性を捕らえてどうにかしようとする貴方がたの方こそ汚いと思うけど? それにそんな情け無い姿で良く言うよ。貴方みたいなカッコ悪い騎士に許して貰おうなんてこれっぽっちも思うものかッ!!」


「こんな……ことして……ただで済むと思うなよ……!? て、てめぇら魔族なんざ……ぶっ殺してやる……」


「マルゲリフ! 魔族に指一本でも触れてみろ! 必ず貴方をどこまでも追い詰めて生かしてはおかないッ!!」


 涙が出てしまうくらいの痛みのせいでマルゲリフは息を切らしながら語りかける。ほんとうは今すぐに彼らの命を絶つことが魔族にとって正解なのかも知れないけれど、仕方ないじゃないか……こんな状況でも、まだボクは人間たちを殺す覚悟はできていない。致命傷に留めるくらいに痛めつけることには抵抗無いのだけど……。


「く、くそぉ……ッ! や、野朗どもッこいつらを殺せ……ッ!」


「マルゲリフ隊長をお助けしろ!」

「クソが! ぜってぇえぶっ殺してやるぅ!!」


「貴様らさっきのお返しだワン……! 流派、神狼流空手の名の下に……飛燕斬烈脚!!」


「ぐっ、がぁっ!!」


「チィッ!! 犬コロがあぁッ」


 圧倒的な跳躍から弾丸が飛ぶような速度で聖騎士達の眼前に迫り、ウルフィは連続的な蹴りを繰り出す。その威力によって破れた白コートの聖騎士が怨嗟の声を上げる。



「……ウルフィ、半分は任せて大丈夫かな?」


「っ!  あぁ、任せとくワンよロクス! 今度は遅れをとらないワンよ?!」


「……さっきはウルフィにたくさん相手にさせてごめん」


「ワ、ワフゥ……ロクスお前、優しいヤツだワンね……」


 マルゲリフの動きを止めた今、敵は今そこまで脅威的な聖騎士ではない……ならばボクとウルフィでこの場を斬り開くことが出来ると思う。

 おっと……シャドルトを忘れてはいけないよね。油断を突く為に地面に置いてけぼりにしてしまったから早く回収してあげないと。


「──いくよ、聖騎士ども!」


「しゃらくせえッ! クソガキィ!」


 ──これであと数人の聖騎士を倒せばなんとかなりそうだ。魔剣を回収し、斬撃を繰り出しながらシャドルトが頭の中で『ロクス、もうタイムリミットだ』『これ以上はキミの身体が持たなくなる』と告げる。たしかに経験値の無いボクがここまで動けたのはシャドルトの力だ。

 あと少し、あと少しだけ持ってくれればいい。ボクは彼女達に必ず護り、助けると約束したのだから。


「死にやがれぇッ! このイヌがぁ!!」


「彼はイヌじゃない、狼だッ! バカにするなあッ!!」


 ウルフィの背後を位置取る聖騎士の剣を魔剣で弾き飛ばし、そのまま流れるように腕を斬る。

 今度はボクの背後を取る聖騎士に気付いたウルフィがその攻撃を阻止せんと瞬時に駆け出し、下から上へ拳を勢いよく振り上げる。


「神狼流空手奥義……雷帝拳!!」

「ぐあァァアッッ?!」


 直後、ボクとウルフィの背中が合わさり……ボクは魔剣を、ウルフィは拳を構えて声を上げる。


「ロクス、あと少しだワンよ?! いけるかワン?!」


「……あ、あと少しな……ら」


 聖騎士の方を気にしながら、背中越しに話しかけるウルフィに息を切らす返事を返しながら両手で魔剣を握り締める。


「見た目だけご大層なその剣で何ができんだコラぁッ!」


『はあ? 見た目だけだとこんにゃろー!』


「シャドルトうるさい! 気が散るッ」


 体力がごっそりと削られていく感覚に耐えながら、小刻みに震えだす腕に気づかないふりをして殺意を露わにする聖騎士に改めて向き直る──が、繰り出されたのは斬撃ではなく『攻撃型聖法術』に不意を点かれる。


 初めて見る光の精霊術のそれは光弾となりボクとウルフィを襲う。


「なッ! ……なんだとッ?!」

「『聖法術』……だワン!!」


「消えて無くなれ、クソ魔族どもがァ!!」


 眩い光によって視界を失いかけていきそうだ……! 眼を庇うように魔剣を持つ腕で遮るような姿勢の中、まさしく光速で迫る勢いの光の弾……周囲に闇と呼べるようなものを全て消して、もはや『影潜り』を発動することが出来ない状況……。術から避ける事は叶わないと悟り、無理やり魔剣を振りかぶる。


『ロクス……! まさか!?』


「その……まさかだよッ! 光の術の中を突き進んでやる!!」


「ロクス! それは無謀だワン! 無謀と蛮勇は違うワンよ!!」


「うるさいぞウルフィ!! 黙ってボクのやることを見てろ!」


「わふっ……」


『無茶だ、ダメだロクスっ!』


 行くも行かぬもこの状況が変わらないならば、前進あるのみ。運が良ければ残り僅かの能力可動時間内にカタをつけることができる。



 もちろん講じた策が無謀なんて、言われなくてもわかってるんだ。ボクだってバカじゃない。



 ボクの身体は多分大ダメージを受けるだろう、それでも、と覚悟の特攻を選択し右手で強く魔剣を握り締め、左手で魔剣を押し出すようにして光の術の中を抜けていく。


 熱い。身体が焼けそうなほど……でも!!


 ──魔剣と一身となり一分のぶれもなくただ真っ直ぐに!! ただこの光の中を……突き通す!!


「──るあああああああ!!!!」


「光の術を突き抜けてきただとぉッ!?  このクソガキ……正気の沙汰じゃねえ!!」


「……うぉぉおああ!!!!」


 光の弾を突き抜けて、突如目の前に飛び出したボクの姿に慄く聖騎士の左腕を斬りつける。

 身体中を駆け巡る強烈な痛みに耐えながら……近くに距離を取る別の聖騎士に一閃を繰り出す。


「ぐっ、がはっ……、クソガキ……がぁ……」


 ……はぁ、はぁ……くそ……、も、もう限界だ……視界が霞んでくる……! 右腕と左腕の感覚が無い……術を受けながらの無茶をしたからか、意識も朦朧としてくる。


 ……敵は倒せたのだろうか……? ウルフィは……? 無事だろうか……??

 倒れ込みそうになるのをなんとか堪え、急速に失われていく体力をそれでも力の限り奮い立たせて辺りの確認を──


「こんの──クソガキィイ、死ねぇぇええ!!!!」


「……ほんと……貴方って人は……しつこいな……」


 悶絶していたマルゲリフが状態を取り戻し、剣を振り下ろさんとしている。……あれだけ力を込めて蹴り込んでやったのに、本当に聖騎士って奴は強い存在なんだね……もう魔剣を握る力も、シャドルトから注がれる闇の力を受け止める力も無いんだけどな……、こんなところで死ぬわけにはいかないってのに……。

 ウルフィは……あぁ、無事だったのか……良かった……。


「──ロクスは殺らせないワン!!」


「ッ?! ウルフィ……ッ!」


 目の前に、視界いっぱいに広がるモフモフの体毛で細いながらも筋骨あるように鍛えられた獣人の背中……それが見えた時、一欠片の勇気が身体を奮い立たせる。

 ウルフィがマルゲリフの横面に拳をめり込ませ、その打撃に動きが止まると持っていた剣を落としてしまう彼の両手首に向かって最後の力を振り絞り、魔剣を左から右に薙ぎ払う。


「──これで貴方は剣すら握れない……魔族に触れることもできない! 終わりだマルゲリフ!!」


「ぐうああああああ!!」


 両手首は切り離されて、迸る鮮血を浴びながら濁った音を立てて地に落ちる。そこへと追い討ちをかけるようにウルフィの渾身の右ストレートがマルゲリフの顔面を捉え、頭蓋骨まで拳を押し込むように打ち砕く。マルゲリフの身体は刎ね飛び、遺跡の壁に全身を打ちつけた後、やがて白目を向いて意識を失った。


 不細工な表情でゆっくりと崩れ落ちたマルゲリフとその仲間の聖騎士達が全て伸びている様を目にしてボクはいつのまにか声を出していた。



「……これで、ボクらの勝ちだね……」



 そしてボクは、全力を出し切った末にそのまま倒れ込んだのだった。



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