第21話 破られた結界


 


「いつもありがとうございます。またの御来店をお待ち申し上げます、姫様」


「はーい、またよろしくっ」



 セルセレムの衣装販売のお店にて、ボクとウルフィの衣装代を払ってくれるファルルに店主が深々と頭を下げて御辞儀をしている。


 ……ファルルはお姫様なんだよね? いったい彼女は何度お城を抜け出しこうして買い物を楽しんでいたんだろう。

 それにしてもなんて平和な都なんだ……本当に人間たちから魔族が虐げられているんだろうかってくらいに穏やかな時間が流れている。

 ファルルが言うには先代の魔王様がいなくなったことで失われた結界を彼女の兄さんが張り直したことで、人間たちが領土に侵攻することが無くなったらしいけど……ボクはいまいち腑に落ちない。


 と言うのも、ボクを痛めつけた聖騎士たちは『魔族はこの世界に不要』だと言っていたのを思い出すからだ。平和に暮らしている魔族に対して彼らが手をこまねいて何もしない、できないなんてあるのだろうか?


「セルセレムは……平和だね」


『まあこの国の王は人格者だし、ここで多種族同士が諍いを起こすことは滅多に無いからね』


「本当に魔族と人間が争ってる気配すらないって感じがするよ」


 シャドルトと何気なく会話をする。もちろん彼女は魔剣スタイルだから独り言のようなボクだけども。

 というか、ファルルと一緒に旅支度を整える為のお店巡りをするのは良いけれど、おかげで荷物をたくさん持たされるばかりで一苦労だよ。

 この広い都の中は商業区画ですら複雑に入り組んでいるし……聞けば、それはやはり万が一人間達からの襲撃時に時間を稼ぐ為らしいけれど、実際にセルセレムが人間たちから攻め込まれたことが未だかつて無いらしく本当に効果があるのかどうか疑問を覚える。



「まぁ、とりあえずファルルの買い物が終わればひと段落して──え!!?? う、うわ!!!!」



 ──そうボクが発したその時、不可解な現象が起こった。街を行き交う魔族の民達で埋め尽くされていた街中から賑わいが消え、堕天使族、他種族関係なく都にいる魔族達が動きを止め、一点に火柱の立った城を凝視する。


 産まれたばかりで母親に抱かれる子供でさえ、を起こしたのが何者達なのか分かったのだと思う。無論その顔や姿形が見えたからじゃない。



 ──空気が明らかに物語っていた。



 前触れもなく激しく揺れる地面、そして轟く爆発音によって体勢を崩し両手を塞いでいた荷物を落とすと……



 周囲を見渡せば辺りは騒然とする。ここより少し離れたセルセレム城から立ち昇る炎の柱と黒煙が視界に映る。

 驚きで泣き叫ぶ魔族の子どもと何事かと目を丸くしてどよめく大人達。食いしん坊のウルフィはファルルに買ってもらった骨付き肉を驚きで口元から落としてしまう。


「な、何が起こったワン?! あ、オレの肉があ!!」


「肉なんてどうでもいいだろッ?! ウルフィのバカッ!! ……そんなことよりあの爆発はいったい?!」


「セルセレム城が……そんな、パパ!! ママ!!」


『……おいでなすったね……』


 火柱と黒煙が上がっているのはセルセレムの都の中心、堕天使族の王がいる城とその付近のようだった。

 ここがセルセレム城の南東にある商業区画、城からだいぶ離れているとはいっても、伝わった衝撃と熱風が恐怖で魔族を震えさせる。



ちょっと待ってよ、もしこれが人間達からの攻撃だったとして……

 

 そんな、そんな!! ボクは昨日捕われた魔族を助けたばかりじゃないか!! みんなセルセレムを目指していたぞ?!



「──」


 唐突な出来事にボクは言葉を失ってしまう。


 なんでなんで!? そんなバカな!! この都は魔王様の結界に守られているんじゃないのか!?

 もしもこれが人間達の襲撃であるならば非常にまずい……ボクがシャドルトから闇の力で皆を護る許容範囲を超えている、それだけじゃない、ボクは堕天使族の姫君と一緒にいるんだ! 数万人規模と思われる魔族を救いながら彼女を護り通すことができるのか?!


 ボクが助けたばかりのストラだってこの都のどこかに居る!


「くそ!! いきなりすぎる……いったい何が起きたっていうのさ!!」


『ロクス、落ち着きなって! 今キミが慌てたら姫君の不安を煽るだけだ、だから冷静になるんだ!!』


「冷静にって言っても……ボクはどうしたらいいんだ!」


『焦るなバカロクス!! 事を起こしてるのは人間たちだ、ならば魔族を護り戦え!! それとも姫を連れて尻尾巻いて逃げるかい??』


「バカな、誰が逃げるものか!!」


 ……逃げる、そんな選択肢は選ぶものか。それではボクが昨日魔族達を何のために助けたのか意味がわからなくなる。

 シャドルトの言葉に落ち着きを取り戻し、ファルルを宥めてから再び城の方角に目をやる。火の勢いが広がっていく様を目にしてボクは魔剣の柄を強く握りしめていた。


『ならばロクス、行こう! 私の力をキミに注ぐ……いいね!?』


「もちろんだよ……行くぞ!」


 シャドルトから注がれる力を感じながら、足をバネの様に魔剣士として目覚めた強化度合いの上がっていく身体能力を解放して一気に跳躍する。

 ウルフィはファルルを抱え石畳を踏み割り、建物の上へとボクに続いて跳び屋根の上へと着地する。


『建物の上を進もう、目標を肉眼で確認しやすい!』


「そうだね……わかった!」


 シャドルトとウルフィに抱き抱えられたファルルの先導の下、建物の屋根の上を駆け走り、跳ね回りセルセレム城を目指す。すると眼下で騒ぐ魔族達の声が聞こえてくる。


「に、人間だぁ! 人間たちが攻めて来たぞ!!」

「なんで人間がセルセレムに居るの?!」

「魔王エノディア様が張り直した結界があるだろ、そんなバカな!!」


「そんなもん破られたからセルセレムが襲われたに決まってるだろ!? ちくしょう人間どもめッ」


「……ッ!」



 やはり魔王様の結界が……魔族の頂点にして最強の魔王様の結界を破るだなんて、ボクはもう何がなんだか分からないままに唇を噛み締めながら、足を早めていた。


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