第20話 平穏は突如として壊れゆく


 ファルルがこそっとお金をくすねてから再びボクらと合流しておよそ半刻が過ぎようとしていた。彼女に「ボクが人間との混血でもファルルは気にしないんだね」と言うと、返ってきた返事にボクは言葉を失った。


「下らないこと言うのね? あなたは誇り高き魔族の血を引いてる、しかもダークエルフの血よ? もっと自信持ちなさいよ」



 ──誇り高き魔族の血、ね……



 魔族とは、人間たちの敵対種だ。

 争い、殺し合い、憎しみ合う種族の血がボクには半分ずつ流れていて、片や人間たちからは『汚らしい魔族の血』と蔑まれたのに、彼女は人間の血が入っているボクのことをバカにはしなかった。人間たちが魔族を嫌うのと同様に、魔族も人間たちを忌み嫌ってはいる。だが、ファルルはそんな混血のボクを差別することなく接してくれるのが嬉しかった。



 人間たちほど、魔族は仲間を迫害したり蔑んだりという歪んだ行為はしないらしい。寧ろ色々な種族同士、助け合うことの方が多いという。


 ……といっても、つい最近は魔王の座をかけた戦のようなものがあったらしい。先代の魔王とその重臣である四天王が人間たちによって生命を落とし、ガラ空きになったその座を賭けた勝負にファルルのお兄さんは勝利して今に至る、とのことだ。


 魔族同士で戦い合う……これがシャドルトの言っていた〝魔族同士のいざこざ〟だったんだね……互いに助け合う前に、優劣を競い勝利した者が統治者である魔王を名乗る。人族だって権力者争いがあるように、魔族も同じようなことがあると聞くと、ボクは何故かやるせなくなる。



「同じ仲間なのに……」



 ボクがそう呟くと、珍しくウルフィが真面目な顔をしてボクに言う。


「ロクス……同じ仲間だからこそだワンよ……この世の中、力が無ければ何もできないワン。力を持たぬ者が魔王を名乗ったところで人間に勝つことなんてできないワンよ」


「……そういうものなのかな……ごめん、ボクはつい最近魔族と接するようになったから……」


「あのさー、ワタシの兄様は別に争いが好きで魔王になったわけじゃないんだけど?」


「……ごめん、そうだね。ファルルのお兄さんが今の魔族を纏める王様なんだものね」


「そ、今はパパより偉い『魔王様』なんだから! あははッ」


 無邪気に笑うファルルの言葉に対してボクは何だか心にしこりが残るような、そんな気分だった。そんなボクのことを気にせずに、ファルルとウルフィは旅に必要な品物を見て回り出す。


 ため息を今日何度とついたかわからない。ほんとこの二人は暢気すぎる。特にウルフィは昨日まで人間に虐げられていたのを忘れたのかな……? ボク達は別に物見遊山をしに行くわけじゃないのに。


「ロクス、何してんの?! 早く来なさいッ」


 ファルルが笑顔で振り返る。


 間も無くファルルを護るために戦う運命が待ち構えてるだなんて、想像すらできない……そんな時間をボクは過ごしていた。



 ◇



 ──場所は変わり、セルセレム城内──



 燦々と輝く太陽が少しずつ傾きかけ、セルセレム城の尖塔の影の位置が変わっていく。執政室の椅子に腰を掛けるゴウセン=セルセレム王は多忙な日々を送っていた。

 自身の息子であるエノディア=セルセレムが魔族の頂点となり、堕天使族の代表たる彼が各方面の種族との調和を進める段取りに追われ、末娘のファルルが城を抜け出していることなど全く知り得ないその昼過ぎのことである。


 ゴウセンにとって、長らく堕天使族から『魔王』の座を射止める者がいない中で息子が『竜族』を抑えてその地位を掴んだことは、自身はもちろん堕天使族を歓喜させるに十分な出来事であった。


 そして、その偉業を成し遂げたことで多種族との親交に亀裂が生じてしまうことを懸念し、自らが息子の為に奔走することは父としてこの上ない喜びの忙しさだった。


 新生魔王軍発足より僅か1ヶ月。側近として息子が最初に選んだオーガ族の剣聖ウェドガー、彼がセルセレムを訪れ息子の現在における状況報告を済ませた後、王妃であるファシリナも胸をなでおろした。 

 各方面の魔族がエノディアを『魔王』として認めたのである。……その座を賭けて戦い、敗北をした〝竜族〟以外は──



 このまま一日が終われば、この日はゴウセンを含め、セルセレムに住まう堕天使族はおろか他種族の者達ですら祝いの日として魔族の歴史に刻まれる日となったかもしれない。



 だが、しかし。



 セルセレムの都を滅ぼさんとする『聖リィファ教会聖騎士団ロイヤルアークナイツ』が進軍を開始、都が壊滅的打撃を受けるのは間も無くのことであった。




 ◇




「も、申し上げます!!」



 その声を聞いた瞬間、それまで安堵の表情で椅子に腰かけ王妃と会話を弾ませていたゴウセンの顔つきは一変する。


 眼前の兵士の焦り様、危機感に満ちた声と表情は、堕天使族と竜族の間で戦をすると決まった日を思い出したからに他ならない。



「騒がしい。どうした、何ごとだ?」



 落ち着いた声で駆け込んできた者の顔を見据える。堕天使族の青年の顔は今、顔面蒼白で呼吸を荒げていた。


 青年兵士が喘ぐような声で報告する。



「て、敵襲です! 北東より山脈を超えて人間たちが大挙して進行中! 魔王エノディア様の結界が破られた模様!!間もなくこちらにもやってくるものと思われます!」


「……に、人間だと!? 息子の結界が破られただとッ」



 青年の言葉にゴウセンが眉をひそめ大声を出す。人間達の国に創造神リィファより選ばれた勇者が誕生したとの一報は聞いていたが、その上をいく凶報は予想外だった。


 セルセレムの都に限らず、人間と魔族が住む領域の境界線には魔王エノディアの強力な結界が張られている。


 これは人間達がおいそれと魔族の領土へ足を踏み入れることを防ぐための措置だ。


 ことにセルセレムの結界は魔王エノディアが魔力を練り上げ築き上げたもの。これを打ち破るには、それこそ〝勇者〟である存在でなければ不可能と思われていた。


 冷や汗をかくゴウセンの側から、別の声が飛ぶ。



「ふむ……、忌々しい〝聖剣を持つ聖騎士〟の姿はありましたかな?」



 そう言ったのは剣聖の称号を持ち、『神速』の二つ名を持つウェドガー=ガルビアーニだった。焦りを隠せない青年と違い、落ち着き払いながら青年兵士に詳細を問いただしている。



「はッ! 姿は確認できておりませんが、グラスグランド山脈から光の柱が二本立ったと報告を受けております!! 直後の人間達の進行が始まったことを鑑みるに、おそらく〝聖剣〟は二つと予想されます!!」


「ふむ……ならば敵の数はいかほどですかな?」


「およそ千以上、白ずくめの旅団……おそらく上位聖騎士団やも知れません!」


「なるほど、報告ご苦労。持ち場に戻り兵士たちに伝えよ……! 命を賭してセルセレムを守れと!! 私もすぐに討って出る!!!!」


「ハッ!! ウェドガー殿がいて下されば心強い……失礼致します!!」



 敬礼した兵士が駆け足で飛び出していった刹那、



 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 激しく街が爆発するような、耳をつん裂く破壊の音が静寂の執務室にこだまするのだった。


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