第19話 堕天使族の姫ファルル

 

 この子が堕天使族のお姫様? でも……なんだってお姫様がこんな街中にいるのか意味がわからない。自らをファルル=セルセレムと名乗る彼女がつらつらと語り出す。片目を瞑りボクらに同意を求めるような、そんな物言いだった。



「だってお城の中ってとても退屈なんだもん」

「魔法のお勉強とか、古代文学のお勉強とか……とにかく勉強ばっかりで嫌になっちゃう!」


「ワッフ、勉強って何だワン?! 食い物のことかワン?」


「ウルフィ……ぜんぜん違うよ」


「てなわけで、ワタシはパパやママはもちろん、侍女の目を盗んでお城を抜け出してきたってこと! 閉じこもってばかりじゃストレスでお肌が荒れてしまうし……ねぇ?」



 彼女はボクに言ってるんだよね? 心なしか魔剣に視線を落としながら言ってるように感じる。シャドルトも『わかるー!』とか頭の中で言ってるけど。


「で、これから何をしようかしらって胸をワクワクさせたとところで、なんだかどんよりしてるダークエル……フ? の貴方とワンちゃんを見つけたってわけ」


「……ボクはダークエルフじゃないよ」

「オレもワンちゃんではないワンよ!」


「え? 違うの?」


 きょとんとして返す彼女にボクらは経緯を話し出す。言葉で人間との混血って出すのが今日だけで二回も訪れてしまうなんて……ボクは人間と魔族の間に生まれたって説明を堕天使族のお姫様に話し始めると、彼女は興味津々で耳を傾けていた。人間達の都では後ろ指を指され、石を投げられ罵倒される経験を持つボクには彼女のその反応は以外だった。


 シャドルトが『堕天使族は友好的』と言っていたけれど、果たしてどこまで話していいだろうか? 妹のエイナが魔族を打ち倒す『聖印の勇者』であることまで話していいものだろうか?

 ……いずれにしても、お姫様に隠し立てするよりは正直に話した方が得策かもしれない。彼女が王様に上手く話してくれることもあるかと予想を立て、ボクは全てを彼女に話し始めていた。


 母さんと妹から引き離され、追放された後いろいろあってここに流れ着いた、とボクが口を結ぶと彼女は言った。


「なんだか凄い話ね……、でも貴方、混血って割には人間ぽくないし、寧ろまあまあ良い顔立ちじゃない。……ワタシ貴方達を気に入ったわ! 魔王軍に入りたいんでしょ? それならワタシがに話しをしてあげるッ」


 ハキハキと話す彼女が魔族の国のお姫様だということに違和感はある。……お姫様ってもっとお淑やかな女性だと思い込んでいたし、絵本の中のお姫様はいつだってか弱い存在ばかり描かれていたから。


 ──……って、兄様? パパ様じゃなくて兄様??


 意味不明なんだけど。



「えーと、ごめんなさい姫、兄様って?」


「そんなの決まってるじゃない。ワタシ達魔族の頂点にして王、つまり『魔王』のことよ。ほんとうに貴方なあんにも知らないのね?」


「え!? ファルル姫のお兄さんが『魔王様』?!」



 いきなり言われて、驚きを隠せなかった。だってボクはセルセレムの王様に挨拶をしようとしていたわけで、それを飛び越えて魔王様へ繋がる女の子と出会ってしまったからだ。


 もちろんそれを信じて良い証拠なんて無い。


 でも……にこにこと笑いながら、自慢げに兄のことを語る彼女の瞳にはウソが無いとボクは感じていた。どうやら魔族の国は一つだけではなく、各所にいろいろな種族が国を作り、しかしそれを纏め上げる国が『魔王様』が居る『魔法王国ソーサルキングダム』ということらしい。


「そうと決まったらこうしちゃいられないわ! 『魔法王国』へ行く準備をしないと……」


「ねえ姫様、それって勝手に決めて大丈夫なの?」


「何言ってんのよ、いい?……一回しか言わないからちゃんと聞いてね? ワタシは貴方達に『お願い』されて『仕方なく』この都を離れ遠路はるばる兄様の元へと『冒険』の旅にでることになってしまった、てことにでもするわ。……最悪脅されたってことにしても良いし、拐われたってのもいいかな……?」


「え、えぇえ……」



 なんて自分勝手なお姫様なんだろう。王族が勝手に物事を決めたり、こそこそお城を抜け出したりとおてんば過ぎる。しかも最後の台詞、信じられないほど傲慢だよ。


「……と言いたいとこだけど、あんた達きったない格好してるわね。ワタシの護衛、そして仲間としてきちんとした服を着て貰わないと示しがつかないじゃない!!」


「いや、ファルル姫、ボクらお金持ってないですよ……」

「ワフゥ……」


「? その言葉、つまりオッケーってことでいい? ワタシの冒険を護衛する仲間として!!」


「は、はぁあ?!」


「よろしい! じゃあお城に戻ってちょちょっとお金をくすねてくるから!! みんなで旅支度をする買い物に行くわよ?!」


 ボクの言葉を手前勝手に都合よく解釈する姫様はキャッキャしながら段取りを決め始める。指を一本ずつ折りながら足を運ぶ店を決めているようだった。

 ……いや、魔王様にいきなり会うチケットを手に入れたと前向きに考えることにしようかな。姫に顔を近づけて一緒になって食糧の買い出しの店を考えるウルフィにはもはや彼女を疑うといった概念すらない。


 ほんと食べ物のことしかない節操の無いワンコだ……こんなヤツにボクはマナーをとやかく言われただなんて……



「で、ロクス!!」

「な、なんです? 姫?」


「その姫っての辞めてくれない? 硬っ苦しくて嫌になるんだけど?」


「え、え?? あ、ハイ」


 なるほど、ファルル姫は変に気を遣われるのが嫌みたいだね……そういえばシャドルトも友人にはもっと軽快な態度で接しろと言っていたしね。彼女が王族として窮屈な思いをしてるからこそ、その言葉が出たのだろう。

 まぁ彼女がほんとうに魔王様の妹だとして、それがボクと一緒になって魔王様のいる場所へと案内してくれるのだからありがたいし、何より姫様からのお願いだから聞き入れたいと思う。


「その……わかったよファルル! これからよろしくね!」

「ファルル様、よろしくだワン!!」


 ……名前の最後に様をつける謎の礼儀正しさを見せるウルフィにボクは小さく汗をかく。

 とりあえずファルルとボクらが知り合えたことで、お金の心配は無くなりそうだ。ファルルはあまりお金のことを気にしてないようだし、今夜の宿についても問題はないと思う。


「でも……彼女大丈夫かなあ」


 魔王様の居る場所までどれくらいの距離があるのかわからない。道中ボクは最悪野ざらしで寝ることも厭わないし、ウルフィに至っては能天気で問題ないだろうし。


 ……野営できるテントとかも必要だと思うけど、彼女はきっと温室育ちだからそれをわかってるのか心配になる。

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