第18話 出会いはいつも突然に


「シャドルト、魔王軍に入る糸口なんてどうやって見つかるのさ」


『え? さっきの紳士との出会いが既にそーだったんじゃないの? うん、たぶん……』


「……」


 あぁ、何故こうもボクの周りには変テコな奴しかいないんだ。適当な発言をし、自身を最強の魔剣と称するくせにカレーライスを食べたがる闇の精霊と、能天気かつ空気の読めない馬鹿力の人狼……。それに加えて苛立たしいのはこの堕天使族の都。大きすぎてまるで迷路じゃないか……!

 外から眺めた都の中心にあると思しき城のような建造物は主張が目立って都の何処に居ても見える高さがあるのに、そこに向かう正解の道がわからない。


 昔一回だけ、ボクは人間達の頂点に立つ皇帝陛下のいる都を遠くの丘から見たことがあるけど……その時眺めたものは、お城は都の入り口から一本道だったのを記憶している。ところが今ボクが魔王軍へ入るきっかけを求めてこれから挨拶に行こうとしている堕天使族の王が居るお城へは、ボクを拒否しているのかと思わんばかりに行ったり来たりで思うように進まない。


 正しいと思う道を歩いても歩いても、元の場所に戻るかあるいは真逆の方角へと進んでいる始末だ。


「ウルフィ、君鼻が利くんじゃないの? なんとかしてよ」


「ロクス、オレは犬じゃないからわからないワンよ」


 なんなんだよ、似て非なるものだとしてここ数時間は君のことを誇り高い狼というより、たしかにただのバカ犬とは思ったりしたけど。なら語尾を『ワン』てつけるのやめておくれよ。


「ふーむ、それじゃあさシャドルト、精霊に姿を戻して空から道筋を割り出してよ」


 ボクは魔剣を顔の前に持っていき話すと、すぐさま頭の中へシャドルトが返答する。脳裏にはぷんすこ怒る姿のシャドルトが映し出されていた。


『はあー?! 冗談じゃないよロクス! まだ太陽があんなに高いのに闇の精霊の私に空へ飛べと!? ムリムリ、やだ!! 私の真っ白ですべすべなお肌が焼けてしまうじゃないかッ』


 ……そうだよなあ。そもそも闇の精霊が苦手とするのは光なわけだし、夜まで待てば良いのだろうけどそうなってくるとボクらは今日間違いなく野宿になるだろうし。


 なんでこんなに街の造りが複雑なのか、疑問が湧いてくる。もしかしたら、人間たちに万が一進行を許してしまった時の対策かもしれない。

 とにかくセルセレムの都自体に訪れたのが初めてというのもあるけれど、これには本格的に参ってしまう。


「困ったな、なんとかしてこの迷子の状態から脱しないと」


「なんでだワン?」


「もしかして、ウルフィわかってないよね? ボクは人間たちの世界にいた。つまりそれって、魔族で通用するお金がないってこと。さっきは運良くウェドガーさんからご馳走になったけど、このままだと夕ご飯にはありつけないよ? ウルフィがお金持ってるなら話は別だけど」


「そ、それは困ったワン……金と呼べるものはゾナン遺跡で人間に奪われてそのまんまだワンよ……取り返すの忘れていたワン……」


 グルルル、と声を出すウルフィが肩を下げ項垂れてしまう。……いやいや、ウルフィに少しだけ期待したんだよボク? あんなにメシメシ煩かったからお金あるのかなと思ったんだよ? やっぱ期待するだけ無駄だった……ウルフィ、彼はもしかしてボクの懐に期待をしてたんじゃないだろうか。


 いや、もしかしてじゃなくて絶対そうなんだこのバカ犬。彼への期待を少しにしていたお陰で落胆の程度が低いのが救いだよ、もう。


 とボクも一緒になって項垂れてしまう。


「はぁ、このままだと魔剣を質屋にでも入れるしかなくなるよ」


「ロクス、それはグッドアイデアだワン! 天才ッ」


 ──ポカリ! ポカッ!


『冗談にしちゃ捨ておけない発言だよコラッ』


 一瞬にして精霊の姿に戻ったシャドルトがボクとウルフィの後頭部に拳を落とし、またすぐ魔剣に戻る……なんだよ、フランクに会話しようって言ったのシャドルトだと思うんだけど。ちょっとした軽いジョークだってのにさ。

 まあボクが魔剣を絶対に手放したりすることは無いんだ。今ボクが魔族に受け入れられるきっかけを掴むにはこの魔剣は不可欠だ。ウェドガーさんは魔剣を見てすぐに反応した。つまり知ってる魔族がいる……ならばこの都の重要人物だって知っているかもしれない。そこが必ずきっかけを生むとボクは読んでいるんだ。


 針の穴に糸を通すような、それでいて根拠も薄い賭けだけど、ボクはチップを張るしか今はないんだから。




 ◇



 しばらく歩いていると、今度は初めて違う場所に出る。噴水のある大きな広場だ。ほんと、人間たちよりも街を美しくしている魔族は聞くと見るとは大違いだ。塵ひとつとして落ちているようには見えない。

 ふと横に視線を向けると堕天使族の女性が箒を持って掃き掃除をしている。それも一人ではなく数人の魔族が美化活動をしていた。


 そんな光景を目にしてから何となく噴水の近くのベンチに腰を下ろし、どうしたものかと考える。ウルフィは『うう……晩メシにありつけないかと思うともう既に腹が減ってきたワンよ……』と呟いていた。あんだけ食べたのに、それもボクの分まで分捕って食べたくせに。


 そしてボクがあれやこれやと考える理由。実はさっき、街を行く堕天使族の男女に城までの案内をお願いしてみたところ、王は今忙しいから会ってくれないから無駄だよと言ったからだ。そりゃあ都の代表っていうからには忙しいのは当然なんだけどさ……。


 と耽っていた時、ボクが座るベンチの背後から誰かが話しかけてきた。


「ねえ君、そんなしけた顔してどうかしたの?」


「わっ!!」


 ボクと同じくらいの歳頃の女の子がきょとんとしてボクを見ている。姿を見るに堕天使族であり、朱色の瞳、ロングストレートの赤い髪の毛を靡かせる可愛い女の子がボクの目の前にいた。いきなり声をかけられて、シャドルトの時とは状況も違いボクは驚いてしまう。


「ビックリしたな……!! いや、実はボクらはセルセレムの王様に会いに来たんだけど、忙しいから会ってくれないらしくて……それでどうしようかって」


「ふーん」


 すると彼女は何かを考える仕草か、右手の人差し指を口元に持っていく。彼女は小さい翼をパタパタさせながらボクに言った。


「パパに会いたいんだ、ふーん」


「うん……そうなんだよ、君のパパに……て、パパぁ!?」


「? そうだよ? セルセレムの王様は私のパパ」


「え? じゃあ君は……お姫……さま? な、なんでこんなところに?!」



 唐突に現れた彼女の口から発せられた言葉が、ボクが魔王軍に入る糸口になるとは、この時まだボクたちはわからなかった。そして、ウェドガーさんが『魔剣一本で大局を変えられない』と言った意味を突きつけられる事も……



 そしてボクが魔剣士として、人間たちの命を奪う覚悟を持つことを。


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