第58話 ウソだと言ってよ、お兄ちゃん ①


 魔剣と聖剣がぶつかり合う。相反する属性が交差する度に闇と光が火花を散らすかの様に弾けていた。


 しかしここで、思いもよらぬ台詞を聖騎士は言う。欲望の赴くまま魔族を蹂躙し続ける聖騎士の代表格であるはずなのに──



「頼む……一刻も早くこの場から立ち去って欲しい。私は君を殺したくない」



 鍔迫り合いながら、シュンランと名乗った聖騎士がはっきりと聞こえる声で告げる。

 この黒髪の聖騎士へ向けられる声援と、俺たち魔族への罵倒が入り混じる騒々しい中で、この男の告げた言葉はあり得ないものだった。幾度も交差し、弾き合う剣と剣の甲高い音の隙間を縫い、それでもはっきりと。


「……それだけじゃない。勇者としての修行から間も無く君の妹……エイナはこの帝都へと戻ってくるんだ。その時、君の今の姿を見たエイナの悲しみは計り知れない……私は彼女の涙を見たくないんだ」



 こいつ……軽々しくエイナを呼び捨てか。それに、〝殺したくない〟だって? さも俺はお前に勝てないと言ってるようなものじゃないか。

 俺は弾き返された魔剣を構え直し、全身の力を拳に集中させるように強く、強く魔剣を握り締めていた。



 気を保たなければ、心が揺さぶられそうだった。


 妹の名を口に出し、そして──


 かつて俺が対峙してきた聖騎士たちから放たれた言葉とはまったく真逆の台詞……目の前にいる聖騎士ははっきりと〝俺を殺したくない〟と言い放ったのだから……!


 創造神リィファを讃え崇めるリィファ教会大聖堂の前、人族の血に塗れた〝忌子〟と呼ばれた俺に──




   ◇



 どれくらい打ち合ったのだろう。俺は大きく肩で息をし始めているのに、目の前の男の顔は変わりなく涼しげで、眉一つ動かさなかった。互いに決着の一撃は決められない戦いのはずなのに……このままでは俺の方が力尽きてしまうんじゃないか……? と小さな不安が脳裏を過ぎる。



 この聖騎士は強い……! 今まで戦った聖騎士とは段違いだ……!! 素早い斬撃の一打一打が重い。細身の身体のどこにそんな腕力があるのか疑いたくなる。それに合間に繰り出される〝聖剣技奥義〟ってのが厄介だ。一度でも見た技を見切る『魔眼』でもこの男の動きを捉えられないなんて……!!


 しかし、その不安を振り払うかのように、俺は口を大きく開き、威嚇の咆哮を上げた。背負い直した魔剣の柄に手をかけて聖騎士を睨み。


「殺したくないだとッ。何をいまさら!! お前たち人族がしてきたことは何だ!! 奪い、殺し、犯し続けてきたお前たちが何をいまさらッッ!!」

「私の気持ちに嘘などない! 神に誓ったっていい!!」


「なら何故、俺はお前たちに殺されかけたんだ!! そしてなぜ……お前たちは魔族を殺したんだ!! エイナの涙が見たくないだと?! だったら絶望の淵に立たされ、涙を流して命乞いをする魔族は見ても構わないってのか!! 答えろよ聖騎士!!!!」

「っ……! それは……」


「ふん! 答えられないお前がどんなに綺麗事を並べようと、俺には届くものか!!」

「なぜ理解してくれないのだ! このままだと君の魂が醜く黒く濁っていくというのをッッ」


「お前に何が、何がわかるってんだ!! もういい、能書きは沢山だ聖騎士!! やってやるから全力でこい!!」


 そう言って俺は片手で颯爽と魔剣を振り下ろし、後方へ流すように構えた。黒煙と炎が上がる大聖堂が崩れる音が聞こえ、多くの聖騎士達が物言わぬ骸と化して倒れ伏している者が視界に入る。聖騎士達の骸……首を切り飛ばした者、胸を貫いた者。中には闇の魔法やロウアンのブレスで焼け焦げた者、ウルフィによって頭部を砕かれた者がそこかしこに転がっている。

 要因は様々だが、このシュンランと名乗る聖騎士がどんなに手練れだろうとも、同様に始末してやる。



 そして目の前にいる聖騎士との睨み見据え、刹那の沈黙……聖騎士も睨みを効かせ、剣を両手で握り切先を俺へと合わすように構え直す。刀身が蒼く輝くその剣は……聖剣。


 蒼い輝きが増していく。


 同時に、俺は闇の力を発揮した。漆黒の魔剣に紫の炎が纏われる。

 大地を蹴り、一直線に聖騎士へと斬りかかると纏わりつく紫炎が斬撃に合わせてゆらめく。正面から肉薄する中、聖騎士の放つ光の精霊術が頬を翳め、間髪入れずしなるような無数の斬撃が俺を襲う。


 が、俺は構うものかと攻撃の勢いを止めない。


「シュンランと言ったな! 魔族の怒り、魔剣に乗せてお前を討つ!!」


 攻撃を掻い潜り、渾身の力を込めて刃を振り下ろす。──が、聖剣に弾かれた瞬間に聖剣の光がさらに輝きを増した。


「ならば、私も皆を守らねばならぬ身!! 全身全霊を持ってお相手する!!」


 そう言って男は間髪入れず、片腕を突き出した。手のひらに集中するのは、膨大な光。


聖なる審判ジャッジメントライト!!!!」


 光の波動が空気を歪ませ、放たれた。


 すると俺は一瞬で光に包まれ、強い衝撃が全身に走る。解き放たれた光の奔流に抗いきれず、俺は吹き飛ばされ大聖堂に叩きつけられてしまう。


「ぐっ……かはッ……」


 舞い上がる瓦礫と砂塵。崩れ落ちてくる大聖堂の一部を跳ね除け、魔剣を杖にするように立ち上がる俺に、シャドルトが頭の中で声を出す。


『ロクス、しっかりしろっ!! あの聖騎士を討つんだろうッッ』

「わかってるさシャドルト……! ちょっと油断しただけだ……ッ」


「凄いな……! 今放ったのは光の精霊術の最上位に位置するというのに、まだ立ち上がれるとは……! 君が持つその魔剣が関係してるのか?? ……ならばその魔剣をまずはどうにかしないといけないか」


「こいつッ!! よくも俺のトモダチをやってくれたワンねぇッ。 許さないワン!! 流派、神狼流空手の名のもとに──奥義、斬月脚ッッ!!」


「バカッ、よせウルフィ!! こいつはお前の敵う相手じゃ──」


 その声はもはや遅く、事態を把握したウルフィが瞬足で駆けつけ、俺と聖騎士の間に入り格闘術を繰り出す。半月を描くような軌道をする踵落としを叩き込むも──シュンランはそれを片手で受け止め、防ぐ。


「ふ……、なかなかやるじゃないか、人狼ワーウルフ!! 恐ろしく重たい蹴りだ、さすがの私も驚いたよ」

「ッお前こそ、オレの渾身の一撃を受けて動じないとか一体どんな身体をしてるワンッ……!」

「それは私が君より強いということだッ!! それより油断していて大丈夫か?? 聖剣技奥義──天照剣ライジングセイバー!!」

「な!? ギャワンッッ!!」


 ウルフィの蹴りを受け止めたまま、シュンランは聖剣を握る片方の腕から上段へと斬撃を繰り出した。自身の身体も跳躍する対空の剣技にウルフィは吹き飛ばされてしまう。


「てんめぇえええ!! ダチ公とウルフィをよくもやりやがったな?! くらいやがれ、ドラゴンブレス!!」

「ドラゴン、か。しかし、私にはブレスは効かない!! 反転ッ、ブレス返し!!」

「なんだとッ?! ぐあああ!!」


 ロウアンのブレスをシュンランは聖剣で容易に弾き返す。

 跳ね返されたブレスはそのままの勢いでロウアンへと当たってしまう。その一瞬でロウアンは竜化した身体は解かれ、空中から真下へと落下した。

 対魔法攻撃に強い竜鱗でなければそのまま自身のブレスで全身を焼かれていたかも知れない……打ちつけた身体を起こし、よろよろと辛うじてロウアンは立ち上がるとシュンランを睨み見据えて言った。


「こ、この野郎……まさか俺のブレスを弾き返すだなんて……!」

「舐めてもらっては困る。私は全ての聖騎士の頂点……王立国教聖騎士団ロイヤルアークナイツ筆頭であり、聖剣ライトブリンガーを託されし者!! ドラゴンに遅れは取らない!!」


 聖剣の切先をこちらに向けて、シュンランが悠然と立つ。ロウアンは頭部から出血し、水色の頭髪が半分赤く染まっていた。

 俺は躱すだけで精一杯だったロウアンのブレスを最も容易く弾き返しただなんて……!! 


「ロウアン……ウルフィ……!」

「兄上殿、君もだ。闇の魔法も、その魔剣も私には通用しない……諦めることだ」


 仲間に目線を向ける俺に、シュンランは突き出した刃をそのままに続けて言う。

 しかし、俺は中指を立てシュンランを挑発する。


「ふざけるな!! 俺は諦めないぞ、絶対に!!」


 絶叫しながら魔剣の切先をシュンランに向ける。諦めたらどうなるってんだ。ウルフィは? ロウアンは? 殺されるに決まっている。


「私の注告を聞けぬとはなんと往生際の悪い……、ならば兄上殿、覚悟したまえ!!」


「黙れ!! もう一度言ってやる! お前に兄上呼ばわりされる筋合いはない!! それからお前に教えてやる。俺の名はロクス……魔王軍所属、魔剣使いロクス=ウールリエルだ!! 覚悟するのはお前だシュンラン!! ゆくぞッッ」


「では魔王軍の剣士ロクスよ、君を返り討ちにしてやろう!! はぁああああッッ」


「るあああああああああああッッッッ!!」


 俺は魔剣を逆手に持ち替え、力強く地を蹴ると矢の如くシュンランへと一直線に飛びかかる。シュンランも聖剣を構えながら地を蹴り──互いの剣がぶつかる寸前で声が響いた。



「やめて!! やめてよぅっ!! お兄ちゃん、シュンランッ!!」



 懐かしい声だった。



 その声に──俺とシュンランは動きを止めた。辺りを取り巻く聖騎士たちが滝を割るかのように道を開け、目の前に一人の少女が現れる。


 紺色のブレザー、首元には赤いリボンが結ばれている。争いの場に似つかわしくない格好をした少女がそこにいた。


 刹那、俺は人族への殺意を奪われてしまう。張り詰めた空気の中、凛とした少女の姿と煌めきに……一目見て妹のエイナだということを理解した。



 運命の歯車が再び、動き始める──

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