第38話 竜族の里へ


 魔法王国から北西へ二角馬バイコーンを走らせ二日程。ボクはウルフィとウェドガーさんと共に竜族の里へと向かっていた。ファルルは『わたしも行く!』と言って駄々を捏ねていたけど、エノディア様の一喝で魔王城でボクらの帰りを待つことになっていた。



  ◇



 竜族の里は霊峰と呼ばれるジフルフス山脈の麓に展開されていた。魔王様からの話だと竜族の長は気性が荒く、ウェドガーさんとウルフィは里の中まで入らない方が良いとのことで、二人には里の付近で待機してもらうことになった。


 そして魔王様からの命を遂行するべくボクが竜族の里の入り口前に着くと……槍を持った屈強そうな二人の竜族が立っているのが見えた。


 ……とは言っても、その門番のどこを見てもドラゴンの様な魔物の感じはせず、パッと見たら人間と変わらない。しかしその瞳は琥珀色をしていて頭髪の色も変わっていて水色だ。

 この時点で竜族はボクが知ってる魔族じゃないと断定して問題ないと思う。


 そんな思考を廻らせながら里の入り口の近くまで歩み寄ると、門番をしている竜族の一人がボクを呼び止めた。


「止まれ。……お前どこの種族だ……? 人間、いや魔族の気配もしてはいるが……まぁいい、我ら竜族の里に何の用だ」


 ……単純に竜族の長に魔王様からの使者として来たのだし、単刀直入に目的を言って構わないよね。


「魔王エノディア様の使者として、竜族の長に話があって来ました。良かったら御目通りをお願いできませんか?」


 ボクは目的を本心のままに告げた。

 しかし、そんなボクに対して門番の竜族は二人そろって槍先を向け。


「あぁ?! ふざけたことを言う! 貴様のような人間もどきのどこの馬の骨ともわからん小僧がエノディアの使者だと?! 長に会いたいから話をさせろだと!?」


 頭を下げ、丁寧にお願いしてみたのだけど、どうやらボクの見た目が幼い為に、門番は大声を出す。竜族と言われるだけにその声は拍があり、発せられた声で大気が震えるかのようでボクの髪はバザバサと靡き。

 圧倒されそうだけど、気圧されるわけにもいかない。


「突然訪問したことでご迷惑をおかけするような真似をして申し訳ありませんが……ボクはどうしても貴方達の長にお会いしたいのです」


 そう言ってボクは、再び頭を下げる。

 しかし門番たちはボクの言葉を聞いて目を釣り上げ、まるで般若のような形相を向け声を荒げて言う。


「我ら竜族を舐めるのもいい加減にしろ小僧! 貴様のような人間の匂いがする怪しい奴が長に会えると思うのか?! そもそも貴様がエノディアの使者という証拠があるのかッ」


 舐めてなどいない、寧ろ肌に伝わってくるほど圧倒的な魔力を秘めているだろう竜族に脅威すらボクは感じている。それとどうやら門番たちはボクが魔剣を持っていることに気づいていないようだった。


 エノディア様の使者という証拠は持ち合わせていない。でも敢えて言うならボク自身と、そして共にある闇の精霊シャドルトの存在だ。

 まずはそこのところから説明してみようかな……


「証拠……と言うならボク自身とこの魔剣です。ご存知ありませんか? 人間達から追放された魔族と人間の血を引く少年の噂を……しかもその少年が自身が持つ魔剣によって聖騎士が持つ聖剣を折ったという話を。

 それらは全てボクのことであり、そんなボクに居場所を与え、魔族として受け止めてくれたのが魔王エノディア様だ。それが証拠であり、全てですが」


 とりあえずボクが闇の精霊の加護を授かって人間達と戦ったエピソードを並べる。

 実際に魔王軍の一員としての活動は今回が初めてだし、この話で竜族が魔王軍の味方になってくれるかもわからない。それでもボクが彼らに対して害意のないことを証明し、またボクが理不尽な人間たちに敵意を持っていることを伝えるにはこれくらい言った方がいいと思う。

 人間の匂いがすると言われたことで、それこそボクが人間達から追放された混血の存在と知らしめる一因にもなるし……同時に、魔剣を見せたことでシャドルトに選ばれた存在という証拠にもなる。

 この事実を竜族が受け止めてくれるなら、長と呼ばれる者と交渉するに至るだろう。


 ……と、思っていると。


「……む、確かにその魔剣からはただならぬ闇の波動を感じるが……お前みたいな小僧が魔剣を振るう戦士だと言うのか……?」


「だがその剣、いにしえの昔に我らの祖先と共に人間たちと戦った暗黒騎士の……伝承に記された魔剣と酷似しているが……」


 運が良いのか、どうやらかつてボクと同じでシャドルトを魔剣として振るった魔族のことを彼らは知っているようだった。ボクはその魔族の生まれ変わり、とシャドルトは言っていたけれど……どんな魔族だったんだろうか。


 というか……門番たちの口ぶりだと、ボクが竜族と穏便に話を進めることができるかもしれない。

 前もそうだったんだけど、シャドルトはこういう時になんで姿を現さないんだろ。彼女が『闇の精霊シャドルトの名に於いて竜族よ、我に従え!』と言えば解決するんじゃないのかな、とボクは思う。


 まあ、それは置いといて。

 落ち着いた口ぶりになる彼らを見るに、これはもしかしたら突破口なんじゃないかな?

 この門番たちを説得して、竜族の長に会わせてもらうというのは可能かも。

 どうせならここは一つ、少し演技でもしてさらに門番たちの心象を良くするのがいいかも。


 ……よし。


 ボクはここまでの道中でシャドルトから聞いた竜族と前世のボクの関係を聞いていたし、それを利用しようかな。



 ボクの前世は……アウラスという名前の魔族だったらしい。それと、奇しくもダークエルフ族だったと言われたし。


 前世のボクを背に乗せて人間と戦った竜族の戦士の名前はガルドラ=ゲイボルグという名前だったらしい。


 ならば。


「……竜族の勇敢な戦士達よ……、私はかつて其方らと共に戦った暗黒騎士アウラスの生まれ変わりだ。となれば私が竜族の長に会いにくるのは道理だと思うのだが……長はいないのか? もしいないのならば日を改めるが……せめて我が盟友、『ガルドラ』の墓前に挨拶をしたいのだが」


 ボクは前世の記憶が甦った魔族を装い、門番たちにそう尋ねてみた。すると門番のうち一人が、眉間に皺を寄せて言う。


「な……『ガルドラ』様の名を知っているのか?! その名を知る者は数少ない……それに英雄アウラスの生まれ変わりだと……?! こ、小僧お前は一体!?」


「そ、そんなことがあるわけない! 幾千年も昔の戦士が生まれ変わるなどと聞いたことが無いぞ?! 我らを騙そうとしているのではッ」


 しかしそれを聞いて……もう一人の門番は慌てた様子でその門番の脇腹をつつき、小声でこう窘めた。


「おいお前! そんなこと言ってもしそれが真実なら大変な失礼だぞ!?」


 ……ボクとしては前世の記憶なんて微塵もない。

 とは言え、ボクの上手な即興芝居が竜族を困惑させているのは紛れもないな事実。始めからボクは真っ正面から馬鹿正直に話を進めて事を成すとは思っていなかったから……

 もしかしたら、竜族ってのは義理堅い種族なんじゃないかなってシャドルトから聞いた昔話を参考にして演技してみたんだ。

 これで竜族と魔王様の確執が埋まるなら、それはそれで良いことだと思うし、何より嘘をついた訳じゃないしね。


「竜族の勇敢な戦士、『ガルドラ』の魂を受け継ぐ末裔の者達よ、私は魔王エノディアの使者でもあるが、その前にアウラスとして其方らの長に会いに来たのだ、どうかそれをわかってほしい」


 そう言ってボクは、深々と頭を下げた。

 すると門番は、困惑しながらもそれに答える。


「魔剣を持つ者よ、我らにはお前が言うことを鵜呑みにはできない。……しかし『ガルドラ』様の名を知っているお前を無下に扱うこともできない。

 英雄アウラスの生まれ変わりと言う者よ……長は間も無く我らの里に帰ってくるから、しばし待つがいい」



 ……はぁ、な、なんとかなったね……どうにか竜族の長に会う許可を取れた。

 ダメだったらどうしようかと心臓が破裂しそうだったよ……。



 と、ボクは心の中で胸を撫で下ろすのだった。



  ◇



 〔 竜族の長 ロウアン視点 〕


 竜族の青年、ロウアン=ゲイボルグは自らが居を構える里へ、傘下にしたハイエルフの街フィーネから悠々と歩きながらまっすぐに向かっていた。

 途中で傘下にした人兎族の親子とすれ違ったことすら気に留めることなく、空を見上げながら歩いていく。

 そんな彼が一騎打ちの末、堕天使族の少年エノディアに敗れ魔王の座を逃したものの、竜族の長として再び魔王の座を奪うことを決めてからおよそ1週間ほどしかか経っていない。

 着々と各魔族を竜族の支配下に置きながら力をつけていき、近いうちに竜族とその仲間達全て動員して、疾風の如く勢いのままに魔法王国へと進軍するつもりでいた。


 そんな彼の取り巻きの竜族のブラウがロウアンに対して声を張り上げる。


「長! 間も無く我らの里の入り口が見えてきますぜ」


「そうだな、久しぶりの里だな……」


 ロウアンはブラウを一瞥し、短く返して前方に視線を戻す。

 そのまま歩みを進めて行くと竜族の里が見えてきた。里の入口には屈強な竜族の戦士が鎧を纏い、長の姿を目にすると深く頭を下げていた。


「やれやれ、しばらくぶりの里帰りだよなあ。なぁお前ら、人間たちから掻っ攫って来た肉の土産でよ、鍋でもやらねえか? 

 ……よし、とりあえず野朗ども、近いうちにエノディアを魔王の座から引きずり下ろしてやるからよ、決起集会といくか!」


 と言って里の入り口に足を踏み入れた時、門番が口を開く。


「長、お帰りをお待ちしておりました。……早速で申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか」


 里の門番を務める竜族の戦士がロウアンに告げる。ロウアンは咥えた煙草の煙をくゆらせ、視線を門番に向けて返すと。


「あん、どうかしたか?」


「長に面会を申し出ている者がいるのですが……」


「は? どこの魔族だそりゃよ? まさか女だらけのサキュバス族ってわけじゃねえだろうけど……わざわざ俺んとこまで来て傘下に入りてえって言いに来たんだろ? いいぜ、会ってやるよ」


「いえ、それが……魔法王国からやって来た者のようで、エノディアの使いと名乗っています」


「使い……オーガ族のウェドガーか? あの野朗ならぶっ飛ばしてやる!!」


「いえ……奴の気配は少し先に感じるのはありますが……違うんです。その者は一人で現れまして……我らもその者を見るのは初めてでして……何と言いますか……」


「んだあ? じれったい奴だなあ、おいブラウ、お前連れてこい」


 ロウアンは怪訝に目を細めて、取り巻きのブラウに使者を連れてくるように指示をした。


 そして、竜族の長ロウアンはぎょっとする。

 なぜならやがてやって来たのは、自分よりいくらか歳下の青年にやや足を踏み入れている少年だったからである。銀髪碧眼、片眼に刀傷があり、少年ながらも修羅場を潜ってきたであろうことが見て取れる。


 そして……禍々しい魔力を放つ漆黒の剣を帯剣していることから、その者がただならぬ力を秘めているということも。──そして何より、人間の匂いがするということがロウアンの眉を顰めていた。


「お前がエノディアの使者……?」


「初めまして、竜族の長ロウアン殿。私はアウラス、いや、今の名はロクスと申します、以後お見知りおきを」


 ロウアンの前に現れたのは、アウラスの名前を出した、ロクスという名の少年だった。

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