第39話 ぶつかり合う感情


「んで? この俺が竜族の長と知った上で魔王はお前みたいなガキを寄越したと。その舐めた理由を説明できるんだろうな? 

 それによ、お前が英雄アウラスの生まれ変わりで? 俺の祖先の『ガルドラ』の墓参りに来たってのは俺ぁ信じられねえんだがな」


 底冷えのする声で竜族の長がボクに詰問する。

 ボクの目の前にいるのは最強の魔物……ドラゴンではないが、その放たれる覇気はそれと同等、いやそれ以上だと思う。エノディア様と魔王の座を賭けて戦った豪傑なんだというのがビリビリと、その殺気は肌を刺すほど鋭い。

 顔が引きつりそうになるのを堪え、それでも使者という任務を果たすためにボクは内心、いつでも動けるよう警戒を強める。


「貴方が私を信じられないのも当然でしょう。しかし竜族の長ロウアン殿、ぜひ貴方に聞いていただきたい」


 ボクは竜族の長ロウアンから真っ向から殺気を向けられながらも、そこに恐怖の感情は無く毅然とした顔つきで彼を見返す。


「ふん、俺を目の前にしてビビらねえたぁガキのくせして度胸あるじゃねえか、続けろよ」

「いいでしょう……その前に……」

「あ? んだよ言ってみろ」


「私はガキと言う名前じゃない、最低限礼儀を尽くすべくロウアン殿に私は名乗りをあげたのだ。

 『ガルドラ』は礼儀を重んじた戦士だったが、子孫である貴方はそれに応えることができないのか? もし貴方が誇り高き空を舞う竜族の戦士ならば、私のことをガキと呼ばないで名前で呼んでいただきたい 

(『ガルドラ』さんごめんなさい! ボクは本当は貴方のこと全然知らないけど……この竜族に弱気を見せたらダメだ!)」


「……チッ! わーッたよ、とっとと話をしろよ使者のロクスさんよぉッ!!

(……思った以上に肝の据わった野郎だな……まさか本当にアウラスの生まれ変わりだってのか……?)」


 強気に出て表情を変えることなく話すボクに、どうやら彼は少しだけ評価を改めてくれたようだ。

 とは言え、歳下であろうボクに言われたことは少なからず彼の感情を刺激したのは事実だろう。釣り上がらせた眼がいい証拠だ。


「……まずは私が使者として来た理由、それは現在我ら魔族に対して蹂躙し続ける人族が更なる侵攻を試みているからに他ならない。

 聖騎士達がセルセレムを攻撃したことについてはご存知でしょうか」


「あぁ、もちろんだ。だいぶ被害が出たみてえだがどうにか持ち堪えたんだろ?」


「その通り。しかしあくまで持ち堪えたにすぎません。つまり再び人間たちが結界を破り侵攻してくるのは明白で、このままでは我らは残念ながら滅びの道を辿ると言わざるを得ません」


「ふん! この俺がんなこたさせねえよ! んで? だからなんだっつんだよ!!」


「……ロウアン殿、魔族同士で睨み合うのは愚かだとは思いませんか? 力を合わせて人間達の侵攻を食い止めようとはお考えになりませんか? 

 そして……私と、私の持つ魔剣ソウルイーターに力を貸してはいただけないでしょうか?」


「はぁッ?! 魔剣ソウルイーターだとッ?!」


 聞き捨てならないのか、ボクの言葉に彼は思わず大きな声を上げた。それはたぶん、かつて竜族の戦士『ガルドラ』と共に戦った魔族の振るった魔剣であることを知っているからなんだろう。


 魔族の子供達が読む絵本にも、漆黒の魔剣を使う騎士が描かれていてそれは広く知られている。

 驚きに目を見開く彼をよそにボクは淡々とした口調で説明を続ける。


「ご存知のようで良かった。そう、これが私が『ガルドラ』の墓前に花の一本でもたむけてやらねばと来た証拠であり、アウラスの生まれ変わりという証です」


 そう言ってボクは差し出すように魔剣を見せる。


「──ッ!」


 シャドルトが言うには契約を交わした者でなければ魔剣を使うことはできない。つまり彼女の意志によって選ばれたボクしかその力を引き出せない物で、それは前世のボクも無論彼女を魔剣として戦っていた。

 ……竜族の戦士の背に乗りながら──


 それを知っているであろうロウアンは目を見開きながら魔剣を見つめていた。


「……なるほどな、たしかに恐ろしいほどの闇の波動を感じる。そいつあ紛れもなく魔剣ソウルイーターなんだろうが……(エノディアの野郎……! このガキを寄越した意図が読めてきやがったぞ……あのクソったれの堕天使め!!)」



「竜族の長、どうか魔王エノディアの率いる魔王軍でその力を振るってはいただけなないでしょうか」


 野外に設けられた対話用の椅子に座るボクは竜族の長の瞳をじっと見据えて言った。

 しかしボクなりの精一杯の礼儀は彼の心には響かず、予想を裏切るかのように竜族の長ロウアンは全力で拳をテーブルに叩きつけ、それは真ん中から真っ二つに割れた。


「けっ!! クソったれがふざけんじゃねえ! この俺が簡単にはいそーですかと頷くと思ったか?! 虚仮にするのもいい加減にしやがれってんだ!!」


 魂の奥底から放たれた怒号が大気を震わせる。

 彼が魔王エノディア様に戦線布告したばかりなのにも関わらず、魔王エノディア様に従えとボクは言ってるようなものだから、彼が激昂するのも頷ける。

 プライドの高い種族、竜族に対してのボクの言い分を聞いて、今度は感情を抑えずに彼は声を荒げ。


「飛び抜けて浅い考えをしてやがるな! エノディアもお前もよお! てめぇらはいにしえの暗黒騎士と竜戦士の再来を謳い、人間達の勇者誕生に対抗しようって腹なんだろうが……残念ながら俺はお前たちに都合よく従うつもりなんてねえんだよ!」


「長! 落ち着いてください!」

「長!」


 剣の柄に手を伸ばすロウアンに取り巻きの竜族が慌てて止めに入る。

 しかし、そんな竜族を勢いよく殴り飛ばし、激しい殺意をぶつけるようにボクの顔先へと目にもとまらぬ速さで剣の切っ先を突きつける。


「……竜族の長、ロウアン……剣を収めてください」


「俺の断り無く喋んじゃねぇよロクス! 斬り殺されたいのか!」


 この言葉でボクは、何かがプツリと切れるような感覚を覚え、感情のまま声を上げる。もはや演技などいらない……


「剣を収めろって言ったはずだッ! 竜族の長ロウアン! 同族同士争い合うのは無意味なのが貴方にはわからないのかッ」


「はっ! 無意味だと?! ならさっさと魔王の座を俺に譲れとエノディアに伝えてこい! 争いは無意味なんだろうがッ」


「ロウアン、貴方はわかっていない。貴方がエノディアに敗北した理由を! 貴方が魔王になって何が期待できる? 貴方が魔王の座についたとして、仲間達の命を救えるのかッ」


「この野郎……! ずいぶんと言ってくれるじゃねえか!」


「できはしない! 力で同胞を捻じ伏せ従わせ、まるで理不尽を振り翳す人間と同じじゃないかッ! 

 誇り高き竜族の長だって?! 笑わせるな! 仮に貴方が魔王の座についたとて、誰もお前を魔王とは認めるものかッ!」


「言わせておけば調子に乗りやがる! ならどうする?! 俺を従わせる為にてめぇはどうすんだ?! もはや話し合いなんて無意味だろうが!」


「貴方を捻じ伏せ従わせるつもりはない! しかしわからせてやる!!」



 そう言ってボクは、右手で魔剣の柄を握り締め立ち上がる。瞬きひとつせずに睨みを効かせる竜族の長ロウアンを見上げ、互いの剣を交えるのは間も無くのことだった。

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