第48話 非情の聖騎士、嘆きの少女、そして……信念を貫く魔剣使い
「おかぁにゃ……おかぁにゃん!!」
少女は母親の亡骸に向かって絶望的な声を上げ、必死になって手を伸ばす。……しかし、その小さな手は母の元へ届かない。
光を失った目をして倒れている母と、苦悶の表情のまま命の灯火を消してしまった仲間たちの姿が目に入る。少女は悲しみに打ち震え、へたり込みながら涙を流していた。
たった一瞬で少女が暮らしていた穏やかな日常は消え失せてしまったのだ。
「泣き喚くな、やかましいぞガキ。……なに、寂しがる事はねえぞ? お前もすぐにパパとママの傍に送ってやる。くっくっく! 地獄だけどなあ!!」
「「ゲラゲラ! ゲラゲラゲラ!!」」
聖騎士ハンスと取り巻きの男達が嘲笑う。そして、そのウチの一人聖騎士ライモンが蔑むかの様に言った。
「恨むなら魔族に生まれた運命を恨むんだなあ、小娘。……忌子の時のようにはしない……完全に息の根を止めてやる!!」
唐突に起きたこの惨劇をまだ幼き少女はやがて理解していく。敵対種である人間たちに対して目を吊り上げ、涙を浮かべながら──
「ゆる……さニャい……」
少女は声を震わせながら呟いた。
「あ? おいライモン、何て言ったんだこいつ」
「は、我らを許さないと」
「くっくっく……こいつは傑作だ!! 何を言うかと思えば……この俺が、俺たちが魔族という下賤な輩に許しを乞うわけがねえだろうが! 『許さない』だぁ? はん! 俺がお前らを許すわけねーだろうがッ」
ハンスと仲間の聖騎士たちが顔を見合わせて、下品な笑い声を上げる中で彼が少女へ剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
その言葉を、笑い声を耳にした時、少女の中で何かが切れた。憎しみを燃やし、怒りを踏みしめ──
少女は詠唱することなく召喚術を発動する。
「おかぁにゃんを……かえせぇええええッ!!!!」
少女が叫び声を上げると、身体から溢れ出す膨大な魔力がやがて彼女の前に集約し、形を成していく。殺意を込めた瞳で目の前の男を睨み見たその瞬間──
「「「グォアアアアアアアアア!!!!」」」
「チィ! 召喚獣……
聖騎士ハンスが小さく舌打ちをする。豪炎纏いしこの世ならざる獅子が顕現すると、猛り狂う声を轟かせる。「グォア!!」ともう一度咆哮すると共に、炎獅子から炎の弾が口から放たれ聖騎士の一人を炎が瞬く間に覆い尽くす。灼熱の炎に包まれ、男は悲鳴を上げた。
「ギャアアアア!! 熱い! た、助けてぐええ!!」
「ケ……ケニー!! な、なんて火力……ッ?!」
「ライモン、慌てんじゃねえ! てめーらもたかが魔族の小娘ごときに聖騎士が怯むな、バカどもッ!!」
ハンスが激を飛ばし、すると聖騎士たちが警戒するように剣を構える。怒りのままに少女が叫ぶと同時に炎獅子が大きな咆哮を上げると天を突くようなほどの炎の柱が立ち昇る。
地獄の業火、そう言っても過言ではない。見ているだけで焼かれてしまいそうになるほどの熱量。周囲の空気すら熱を帯びて全てを焼き尽くすような異界の焔。
その召喚獣の背後に立つはヒクリと呼ばれた蒼と緋色のオッドアイの獣人種の少女。
そして彼女の怒りを代弁するかの如く炎を吐き出して大暴れする召喚獣、
想定外の少女の無詠唱による召喚。呼び出された炎獅子の引き起こす惨状に、しかし聖騎士たちは身を守ろうとするどころか怯まずに攻撃の態勢をとっていた。
「縛鎖の陣形! 前衛はガキに光の精霊術を撃ち込めッ!!」
「「はッ!!」」
「後方支援! 前衛に耐熱の補助の術をかけろ!」
「「はッ!!」」
ハンスの指示で聖騎士たちは少女を円形に取り囲み、人族で唯一使用できる魔法──否、精霊術の詠唱に入る。
「「「円環の理を断て、全てを穿つその光で──
詠唱の終わりと同時に眩い光が貫きの剣となりて少女に向かって放たれる。少女を守るように炎獅子が前方に立ち塞がると、襲いかかる光の剣に迎え撃つように炎の弾を吐き出す──が、それよりもなお早く少女の背後に疾風の如く移動したハンスが口元に笑みを浮かべ、剣を振り下ろさんとしていた。
「くくく! ガラ空きなんだよ後ろがなあ!! 聖剣技奥義──レイブレードッ!!」
聖騎士ハンスは身に纏う光を〝聖剣〟に集約させ解き放った。放たれた光を纏う斬撃が衝撃波となり少女に襲いかかる。
「ウニャあああッ!!」
少女は断末魔の悲鳴をあげて大地に叩きつけられ、同時に召喚された炎獅子が力を失って霧散すると周囲の聖騎士は熱狂する。
「おお! さすがロイヤルアークナイツ第二師団長を務めたハンス殿だ!! 召喚獣の炎をものともしない!」
「これがハンス殿の『聖剣技』か! 第一師団長殿にも引けをとらんぞ!!」
「これでハンス殿もロイヤルアークナイツに復帰だ! このライモン、ハンス殿についていきます!」
その熱狂に応えるように、ハンスが剣を掲げ、打ち据えた少女に向かって声を高々に張り上げる。
「この天才の俺様がてめぇら魔族のせいで……辛酸を舐めさせられたんだ! この俺様がだッ! てめぇらを一匹残らず葬り去り、受けた辱めを振り払ってやる!!
くく! くはははは!! しかし……ったく手を煩わせてくれたなあ? 小娘!! だが卑しいてめぇらがいくら足掻こうと──!?」
ハンスが得意げに喋り倒し、少女に浴びせかけようとした言葉が止まった。どんな方法で、一瞬何が起こったかも分からないが、目の前にかつて自分を苦しめた少年が突然姿を現したのだ。
横向きに倒れ、意識を失った彼女の身体を起こし上げて抱きしめる一人の少年の姿がハンスの目に入る。
向けられたのは恐ろしく冷たい碧眼。身も凍るような紫黒の覇気の圧迫感と殺気を身体から放ち、見覚えのある漆黒の魔剣を握りしめたロクスを。
そしてその刻、高く昇っていた太陽は一気に夕日へと変わり、魔族の血で染まってしまった大地を赤茶けた色へと変えていく。頭上の天の赤色に染まる空の下、その光景を目の当たりにした聖騎士達は一瞬、何故か止まり寒気を感じ、息を呑み──
最初に口を開いたのは聖騎士ハンスだった。
「くっくっく……久しぶりだなロクス! まさかこんなに早くてめぇに出会うたあリィファ様に感謝しなけりゃなあ! なあライモンよ!」
「えぇ、そうですねえハンス殿! こいつがしぶとく生きていたせいで我々はスーリュカ様に……」
そう二人が声を出した刹那、遮るように魔剣を持つ少年は言った。
「お前たち……お前たちは何をしたのかわかっているのかッ!? こんな酷いことができるなんて……お前たちは神に仕える騎士なんかじゃない……ッ! いや、人間じゃない!!」
「かかか!! わかっているさ! よぉく、わかっているとも! 俺たちゃあ、てめぇら魔族を排除しただけだッ! それによ、てめぇが何をほざこうが、俺たちゃ神に仕える聖騎士だ、人間なんだよッ! それが現実ってヤツだぜ、ロクスよぉ!!」
「やかましい! ベラベラとその口で死臭を撒き散らすなよ、汚らわしい!! 貴様ら……キサマらは……もう生かしてなどおくものかッ!
この手でお前たちに引導を渡してやる、渡してやるぞ聖騎士ハンス! そして……お前もだッ聖騎士ライモンッ」
「ふん! オレの名を知ってるたぁ光栄だぜ? 〝勇者エイナ〟の出来損ないのお兄サマ……! ケッ! 魔族なんてなぁ、生きていたって遅かれ早かれ俺たちに駆逐される運命なんだよ! 引導? そいつあ今度こそオレがくれてやらあ!」
かつて自分をボロ雑巾のように切り捨てた聖騎士ライモンに、ロクスと呼ばれた少年は臆すことなく魔剣の切っ先を向ける。睨み見据える碧眼で、堂々と少女を庇いながら言い放つ。
「ならば、このボクがその運命を覆してみせる!! 地獄を見せてやるぞ聖騎士どもが!!」
そして、憎悪と決意を宿した少年は聖騎士たちに飛びかかっていくのだった。
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