第31話 旅立つ前に ④ 魔王軍への推薦状

 ボクの持つ『魔剣ソウルイーター』は相手の命を喰らうことでより強大な力を発揮する。あるいは使用する者の魂を喰らいながら力を発揮するのだと、シャドルトから聞いていた。

 ボクがいつまでたっても、どこか人間達を殺すことに躊躇するのを彼女は気が付いていたからね。『キミの魂をあまり食べたくないんだけどな』と言われたのを思い出す。無条件で強くなるチートなんて物語の中だけだよ? とも言われたんだった。


 しかし、王陛下や皆がそこまで驚いた反応はボクにとって予想外だった。

 確かにボクはこの魔剣……シャドルトと契約して強さを得てはいるけど、無敵という訳じゃない。命を落とすことに覚悟を持って戦いに臨む魔族の方がボクは凄いと思う。


 それにボクは魔剣を使いこなせなければ命を削がれるというのは仕方ないと思うし、強さを得るために支払わなければならない対価だと思う。それはシャドルトに出会った時に聞いてはいたし、それについての覚悟はあるつもりだ。

 王陛下としてはボクが命を賭して人間達と戦う覚悟を持つと認識している節があるので若干的が外れていたりするのだが。


「『覚醒』について補足ですが、聖騎士ハンス……聖剣を持った者との死闘でボクは……一瞬だけど覚醒はしたようです……、あまり自覚してはいないのですが。

 それと魔剣とは関係無いですが、ボクはダークエルフの血を引いているので……『魔眼』の固有能力だけは幼い日から使うことができます、だから魔剣がもしなくても……修練して必ず強い剣士になってみせます!」


「? ロクスってもしかしてバカなの……? 『魔眼』なんてダークエルフ皆が使える能力じゃないのよ? ダークエルフでもより強い者にしか宿らない能力なんだけど……」


「? そうなんですか? 姫は博識ですね……知りませんでした」


 バカって言ったからお返しだよ? ファルル。


「姫って呼ぶなって言っ……ごほん! そう、なら知ることができて良かったわねッ」


「……ふむ。つまるところロクス少年は、魔剣を使う魔剣士となり、もし魔剣が無くとも『魔眼』を使える強者となる、ということになるのだな……」


「王陛下、ボクは強者ではありません。だから強くなるのには魔王軍に入れと精霊から言われたという話でして……」


 その後も魔王軍に入る話は一旦置いておかれ、ボクのことが徐々に過大評価をされていくからなんだか恥ずかしい。

 やめてくれないかな、ボクはまだ弱っちいんだから。


「闇の精霊が宿りし少年……しかも人間と魔族の混血……これは、下手すると世界を根底からひっくり返すことになるやも知れぬぞ……気がかりなのはロクス少年の妹が聖印の勇者であるということだが……コホン! ウェドガーよ、よく彼を紹介してくれたな」


「エノディア様の側近として当然ですからな」


「ファルル、お前が城を抜け出して彼と出会ったのも何かの縁かも知れぬな」


「知ってたのパパ……」


「ファルル、今はお父様と呼びなさい!」

「はぁい……ママ……」

「……まったくもう」


 最終的に、ファルルが城を抜け出したことはバレていて後でキッチリとお仕置きをされるらしい。でも親としたら当然心配するさ……だってもしファルルがボクらと出会っていなければ……?


 聖騎士との戦いの中どうなっていたかわからないんだからね……。



  ◇



「……では、最後の質問だ。お主が闇の精霊に選ばれし魔剣使いであり、魔族と人間の間に生まれ落ちたと分かった以上慎重に聞かなければな」


 空咳を一つ入れてゴウセン王陛下が厳格な雰囲気で問いかける。



「ロクス少年よ、魔王軍に入る覚悟はほんとうにあるか?」



「魔王軍に入る覚悟……ですか?」

「そうだ。これほどの力を持つお主が魔王軍に入る。しかしお主に生命を奪う覚悟も奪われる覚悟も持っているのか……それを知らないことには、お主を魔王軍に推薦することはできぬ。無論、ウェドガーがなんと言おうとも、な」


「……ふむ、確かにそれは大事な質問ですな」


 普段なら、見ず知らずの少年にここまで踏み込んだ質問をすることはないだろうが──


「お主がなぜ我ら魔族の味方をするのか、それも不可解だ。ウェドガーの話では、お主は聖騎士に恨みがあるが人間達全てという訳ではない。我々魔族と人間達との太古より続けられていた戦いの背景を一部しか知らないまま我らを助けてくれたその真意は?」


「それは……」


「……それとも人間の血を引くがゆえに一芝居打って我らを騙し、魔族に取り入ることで内から攻撃する刺客、ということも考えられる」


「!」


「パパ、それは言い過ぎ──!」


「ファルルは少し黙っていなさい。褒美は人間世界で生きる保証か? 追放されたことを白紙に戻して本来の生活に戻る……辻褄は合うとは思わぬか? むしろ、人間の血を半分引くというだけで我はお主をここから追い出せるのだが」


 いかなる虚偽も許さない。そう言わんばかりの鋭い眼光と重たい言葉、そしてより深刻な威圧をぶつけてくるゴウセン王に向かいボクは口を開く。


「……疑われても仕方ありません。ではまず、ボクの覚悟から……申し上げます」


 その疑念は魔王様の父として、堕天使族の代表として当然だと思う。だからボクも、嘘の無い本心で己の内を晒け出すことに決めた。


「ボクは闇の精霊と約束したんです。──強くなると。理不尽に負けぬ強さを持つと」


「理不尽に負けぬ強さ……か」


「はい。力無き正義は意味がありません。ボクは力が無い……力が無ければ、全てを守ることができないんです。愛する者も、ボク自身でさえも……だから、強くなりたいんです!」


 守りし者に。それこそがボクの願いだ。


「……信念と覚悟が伝わる話しだ。お主の魔剣とその揺るがぬ想いが本物ならば不可能ではないかもしれぬな」

「ありがとうございます。それで、ボクが魔族を助けた理由ですが……」


 実のところ、これがいちばん明確な理由だ。

 ボク自身が受けた理不尽もそう、ウェドガーさんが胸にしまっている悲しみもそうだ。ボクが魔族の味方をしたくなった心情、復讐心だけでは片付けられない一番大きな理由を挙げるとするならば──


「ボクはどんな理由があろうと、悪辣非道は許さない! 涙を流して助けを乞う者に刃を振り下ろす者を絶対に許さない!!

 相手がもしも勇者だろうとも……ッ! 聖騎士だろうとも魔王だろうと皇帝だろうと関係無い!! それがボクの胸に誓った想いです、それ以外に理由はありませんッ!」


 そう、あの時。

 助けてと叫んでもボクの声は届かなかった。母さんは力が無いから、悲しい顔をすることしかできなかった。聖騎士はボクを玩具のように弄び、慈悲など無かった。

 シャドルトの記憶ではウェドガーさんの奥さんは涙を流し娘を守ろうと必死に助けを願ったのに、下卑た笑いを浮かべた聖騎士に殺された。


 ボクはその時に思ったんだ。


 ……許さない、絶対に許さないと。


 蹂躙する者を、犯し、奪う者を。──脆弱なボクを。


「そう思うのは不自然でしょうか? ボクは自分の心に正直に申し上げました……」


「ふむ……今の魔王軍に入りたいと願う者の中には野心や欲望を抱えるものもいると聞くが……お主にはその邪心が無い。綺麗事を述べておるだけやもしれぬが……」


 本心からの理由にゴウセンはその表情を優しげなものに変わっていく。


「……だとしても」


「そこまで高貴な信念のある言葉を聞いたのは久しぶりだ。ロクス少年よ、お主がエノディアの良き片腕となってくれることを切に願う。己れの信念を貫き、進むがいい」


 王陛下の威圧は既に無く、最初の穏やかな雰囲気に戻り、いつしか張り詰めた空気は無くなっていた。


「さて、長々と聞いてしまったな。英雄ロクスを魔王軍へ入れるよう我からエノディアに推薦状を出そう……いかんいかん、もはや少年ではない、勇敢な戦士としてな」


「!」


「ふふふ、何を驚く。ほんとうならば我の方から頭を下げ願うべきではあるのだ。

 そうそう、ウルフィが我が娘を導いて城へと護り抜いたのはお主の力があってこそだと聞いてはいたのだが……コホンッ!! ロクスよ、娘はやらんからな? 我が娘を妻にしたくば──」


「へ? ななな、なんですかいきなり王陛下っ?」

「そ、そうよ?! ちょ、パパったら何でそんなこと言うのよ!!??」

「なぜだと? ファルルよ……我が何も知らぬと思っておるのか? なあ母さん」

「そうですねぇ……爪が甘いですわね」


 何やら返答がおかしいけど、ゴウセン王陛下が数字の書かれた紙切れを数枚胸元から取り出すと、ペラペラと扇ぐようにファルルに見せている。


「なぜロクスが身に付けている物が多いのだ? この領収書の数々……内訳がなぜロクスよりの物ばかりなのかね?」


「そっ……それは」


「パパはファルルにはまだ恋は早いと思うのだが?」


「──ッ!」


 ゴウセン王と会話するファルルに目を向けると、何故か顔を真っ赤にしているように見えた。


「えっと、ロクスの衣服は凄く汚かったし?! 履き物だってボロボロになってたし!! 身体だって臭いからお風呂に入れなきゃたまらなかったし!!!! だけどだけれど、ちょっとだけかっこいいとか思ったり……じゃなくて! 

 ロクス良かったわね、エノディアお兄様に堂々と会いにいけるから私もお城を抜けださなくて……あわあわ、とにかくパパありがとうございます!」


「……うむ。ファルルよ、良く聞きなさい。パパが認めた男でないと結婚は元より交際も許さぬから覚えておくように。あと混乱するのは良しなさい、はしたないぞ」


「あわ、あわわわ!! はわ……!」


 といった具合にセルセレムの王様から魔王軍へ入るための推薦状を頂けることになった。

 ボクは数日間はセルセレムの復興の手伝いと、行方不明の魔族捜索をしながら、あとは魔王様の元へ向かう準備を整えていくのだけど……ストラもその母も……行方不明のリストに載っているのを後に知るのだった。

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