第32話 月の輝く空の下で 前編


「……ストラ……どうか無事で……」


 そう言って後ろを振り返り、そして踵を返して歩き出す。ボクは魔王様に会いに行くため、しばしお世話になったセルセレムを後にした。



   ◇




 時は少しだけ遡り──



 ゴウセン王の推薦状をいただき、魔王軍へ入る為の最初の切符を手に入れたボクはウェドガーさんとの話し合いの結果、少しセルセレムに留まり復興の手伝いをしていた。


 少しだけ留まった理由は再び聖騎士達が現れるのを危惧したから……


 それと数日間セルセレムのお城で客間を借りることができて宿代の心配をすることはなく、魔王様との謁見に向けて旅立つ準備を進めていられたからで。

 あとボクが復興の手伝いをしていたのは、客間を借りる条件の一つではあったのだけど、最も気にしていたのはボクが最初に助けた魔族の女性達の安否だった。

 復興の手伝いで木材を運んだり、薬品を治癒術士の元へ届けたりする傍らで、ボクは三眼族の少女ストラを探して回ったのだけど、魔王様が鎮座する『魔法王国』を目指して旅立つ直接まで彼女を見つけられることはできなかった。



 ボクはふと、検問官さんなら何か知っているかも知れないと考え彼に会いにいくと──その堕天使族のお兄さんから気になる内容を告げられた。



「……残念だがその少女と母は共に……行方不明だ」

「……そんな……」

「ワフゥ……ワン……」


 検問官さんはリストを捲りながら続けて話す。


「とは言えセルセレムから逃げ延びたことも考えられるが──聖騎士に連れ去られた可能性が極めて高い」


 とのことだった。


 聖騎士達からの急襲により魔族達が多大な被害を受け、命を落とした者は多いがセルセレムを逃げ出した魔族はおそらくいない……セルセレムの都の出入り口は一つしかなく、攻め込まれたのもそこからだったから。


 ゾナン遺跡でもそうだっだけど……なぜ魔族の女性達を人間達が拐うのかわからない。後でウェドガーさんに聞いてみようかな……。

 ところで検問官のお兄さんも引き続き行方不明になってしまった者達の生存確認は引き続き行ってくれるらしく、捜索については堕天使族の方々にお任せすることになった。


 ともあれこうして、立場は人間の血を引くがボクはダークエルフの少年として魔王軍に推薦されることになる。加えてボクと一緒にいるバカ犬……じゃなくて友人のウルフィも魔王軍の一員たるべく推薦される運びになった。

 ボクの目的に対する可能な限りの協力をゴウセン王陛下もウェドガーさんも約束してくれたことで、当初はとりあえず魔王様に会えたらどうにかなるかな──くらいの軽く浅い考えをしていたボクにとっては良い方向に向かっているとは思う。


 そしてセルセレムの客人としてボクとウルフィに貸し与えられたのは一月ほど前に案内された客室の一つ。ここを丸々全部自室として好きなように使って良いらしい。

 まさか無一文でふかふかの布団で寝られる、それどころか旅立つ為の準備の費用や衣食まで援助いただけるとは思わなかった。


 煌々と光輝く満月の夜だった。月明かりが差し込む部屋の中ではウルフィがイビキを立てて眠り、眠れないボクはベランダに出てここまでの道のりを振り返っていた。


「とにかく、ボクは前に進むしか──道はないんだ」

「──ロクス、起きてたのね」


 声の主は堕天使族の姫、そして魔王様の妹のファルルだった。隔てられたベランダでファルルがギリギリまで近くに寄る。


「良かった、私あなたともう少しお話ししたいと思っていたから」


 彼女の装いは部屋着に近いドレスのようで、街で出会った時や謁見の際に見た特殊な装飾は施されていない物だったけど、それでも彼女の立ち居振舞いはまるで地上に舞い降りた天使のように美しさを感じるから不思議だ。

 お世辞なんかじゃなくて彼女はとても可愛らしい。控えめに翼をはためかせ、その真っ白な翼が彼女の緋色の髪や瞳の鮮やかさを引き立て、見惚れてしまうほど幻想的な美しさを醸し出していた。


 つい見惚れてしまったボクの視線。固まってしまったボクを不思議に思ったか、ファルルが首を傾げる。


「な、なに? 私に何かついてる?」

「へ? あ、あぁ……何も? いや……ファルルって綺麗だなぁ……って」

「へぁッ?!」


 一瞬で彼女の頬が朱に染まった。髪の毛や瞳の色と同じくらい、それはもう真っ赤に。


「なな、何よいきなりッ。心臓が止まるかと思ったじゃない!!」


 ベランダの白い石材の手すりに手を当てて、じっと半眼を向けてくる。


「というか。どうせ他の女の子にも同じこと言ってるんでしょう?! 私は騙されないんだからねッ」

「他の女の子??」

「そうよ、ロクスったら〝ストラ〟って子を探してるんでしょ? そんなことサラっと言えるんだからその女の子にも言ってるんでしょッ」


「そんなこと言ってないよ。それにファルルが綺麗だなってボクはほんとに思ったから言っただけだよ。……ごめん、気に障ったなら取り消すよ……」


「──ッ、べ、別に取り消さなくていいわよッ」


 なんなんだろ。怒ってるのか喜んでいるのかよくわからない。ボクとしては本心から思っただけだし、見惚れてしまったのは事実なんだけどな。


 女の子の気持ちって難しいな……


「……わかったよ、取り消さないよ。で、ボクにお話ししたいことって何?」

「ロクスこの間、私を〝姫〟って呼んだわよね?」

「謁見の間の時のこと? うん、だって王陛下の前だったし」

「関係ないわよ、パパの前でも私を呼ぶ時は〝姫〟と呼ばず名前で呼びなさいッ」


「は?? え?? な、なんで?!」


「なんでもよ! 言ったでしょう? 堅苦しいのは嫌いだし、私は誰からも姫、姫って呼ばれてばかりだからウンザリしてるの!! そんなふうに疑問を持つならいいわ、セルセレムの姫として命じます、名前で呼ぶの! わかった?!」


 ボクの方を向かず矢継ぎ早に職権濫用じみた命令が放たれる。

 ……ほんと良く分からない。王陛下の前で呼び捨てにしたらボクは牢に入れられたりしない? まぁ命令されて仕方なくと言って許してもらおうかな……その時は。


 それに別に断るほどのことでもないし。


「分かったよ、ファルル……もう姫とは呼ばない、それでいい??」

「い、いいわよ。それから……」

「それから?」

「さっき私を見て言ったこともう一回……」

「ん? ファルルを可愛いって言ったこと? それがどうかしたの??」


「──ッ! か、可愛いなんて言ってないわよッ」


 ぷるぷると小刻みに肩を軽く震わせてから、ようやくボクに顔を向ける。

 少し口元を緩め、その顔が更に赤みを増していく。……ファルル熱でもあるんじゃないかな? 夜風に当たって湯冷めしてるんじゃ……あまり長々と会話はしない方が良いかもね……。

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