第52話 血塗られた大地で復讐を ④


 膝をつき、両の手の平を組み合わせて許しを乞う聖騎士の生き残り……ボクをかつてボロ雑巾のようになるまで切り裂き打ち据えた聖騎士、ライモンという名の男が顔面蒼白で平伏し、命乞いをしていた。


「……みんな、この人間のことはボクに任せてくれないかな……?」

「ふむ、ロクスの好きなようにするのが良かろう」

「……ま、お前にとって因縁のあるヤロウなんだろうからよ、任せるぜロクス。どのみちこいつがどう踠いたところで逃げ場なんてねえからな」


 ライモンを取り囲む魔族たちにボクが割って入りながら告げると、ウェドガーさんとロウアンはボクの両脇に立ち並ぶ。ウルフィは腕を組みながらライモンの背後に立ち、ファルルは少し離れた所で、傷ついた魔族に回復魔法を施し、癒やしている。


「さて……久しぶりだね、聖騎士」

「ぐう……っ!」


 ボクはライモンの胸ぐらを掴み、呟いた。ガクガクと震え慄いている彼は既に戦意など微塵もないのか、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で嗚咽の声を出す。


「あんたの顔を見てると反吐がでるよ、この人間ケダモノが……! お前、ボクに何をしたか覚えてるよな?」


 ボクが魔剣をちらつかせると、ひぃ! た、助けてくれ! と、へたり込むライモンから悲鳴が上がる。かつての傲慢さを滲ませた怨敵は今、怯えた表情を浮かべてボクを見る。



「た、頼む、どうか助けてくれ! あ、あんた〝聖印の勇者エイナ〟様の兄君じゃあないか! ど、どうかいと小さき私にお慈悲をっ」


 ライモンがボクへ向かって命乞いのようなものを始めたが、むろんそんなもの1ピースたりとも願いを叶えるつもりはボクにはない。ボクがエイナの兄だろうとなんだろうと、お前らを絶対に許さない。ライモンの懇願に構うことなく魔剣の切先をライモンの喉元へと突き付けながらボクは会話を続行する。



「慈悲だと?! ふざけるなッ!! ……お前らのせいで、たくさんの魔族が命を失ったんだッ! これだけのことをしておいて『助けてくれ』だって? 腹立つなお前! 同じ様に命を乞い、涙を流しながら救いを願った魔族にお前らは何を、何をしてきたかわかってるのかッッ!!!!」


「ひぃっ!! ゆ、許してくれ!」


「質問の答えになってない! 問われたことに対して正確に答えろよ! ぶちころすぞ人間ケダモノ!!」


「ひゃ、ひゃいッッ!」


 ライモンからしたら想像を絶するほどの恐怖だったのだろう。怒りの炎を瞳に宿し、怒り狂うボクの怒声にライモンは頬を引き攣らせ、泣きながら顔色を伺う彼は顔を上下にして頷いていた。喉元に突き立てている魔剣の切っ先から彼の血がぽたり、ぽたりと滴り落ちる。


 すると、ライモンが小刻みに身体を震わせながら口を開く。


「ま、待ってくれ! お、お、俺は反対したんだ! お前を──〝勇者〟の兄君たるお前を、しかも子供を殺すだなんてそんな残酷なことは騎士のほほ、誇りに賭けてできないと! そそ、それに今回の作戦だって教皇やハンス殿に無理やりし、ししし従わせられただけなんだッ! ……ここ、こんな残虐なことはききき、騎士道に反してるし、お、俺の本意じゃなかったんだ! し、信じてくれ……!」


 ライモンが恐怖に掠れた声で言葉を噛みながら、見え透いた嘘で塗り固めた懇願の叫びを上げる。ボクはそんな彼の喉笛にさらに深く魔剣を突き立てながら、冷たく否定する。


 信じるわけないじゃないか、掃き溜めの蛆虫の言葉なんて──


「はぁ? 本意じゃないだと?! 馬鹿馬鹿しいことを言うな!! お前ら聖騎士は嬉々として殺戮に興じたんだッ!!

 ……いいかライモン、ボクはお前たちに斬り捨てられた後、絶望の中でこのまま死ぬんだと思った。……押し潰されそうな想いの中でボクの心を救ってくれたのはここにいる魔族の皆だ!! そんな彼らを蹂躙するお前たちをボクが許すわけないだろう! あぁそうさ、許してなどやるものかッッ!!」


 心の底からボクは叫んでいた。落とし前をつけてやる。


 殺気を迸らせながら感情のままに満身の力を込めた握り拳でライモンの顔面を殴りつける。「ぐがぁっ」と嗚咽を漏らし、地べたに身体を勢いよく打ち付けるとライモンはダラダラと口元から血を垂れ流す。彼はみっともない歯抜けとなってさらに不細工な顔を晒し、哀願し始めていた。


「お、おでがいじます……っ……! ど、どうかいどちばかりはおだずげ……おだすけぐだざぁいっ……!」


 苦悶の声を上げ、本性を剥き出しにして命乞いをする。嗚咽を漏らし、頭を地面に擦り付け、震え声で何度も何度も。もはや聖騎士としての立ち居振舞いをする余裕はないんだろう。


 苦痛で歪んだ顔は醜悪そのもの。


 気がつくとライモンは恐怖のあまりに股間を濡らして異臭を放っており、意地も聖騎士としてのプライドも彼は失っているようだった。

 いや、そもそも最初からそんなものを持ち合わせていなかったのかもしれない。

 情け無い姿を晒して許しを乞う、高貴さも信念もその身に宿してないライモンの姿を目にしてボクは『こんなヤツにボクは切り刻まれたのか』と無性に腹が立っていた。


 そしてボクが見下ろすその先の──光輝く聖なる騎士として神に仕える者に待っているのは、みじめな末路しかない。


 あの時の復讐を果たす。ボクは冷ややかに聖騎士を見下ろした。


「どうだ聖騎士ライモン……感じるか? この剣の冷たさが、鋭さが……恐怖が!!」


 ライモンの肩を魔剣で貫き、ボクは自分でも驚くほど冷めた感情で血塗れになる彼を見下ろしていた。〝忌子〟と呼ばれ、追放された胸のしこりが少しずつ、そして確実に取れていく……そんな気さえボクはしていた。



 突き刺した魔剣と死の恐怖でライモンが金切り声を上げ、害虫のように地べたを這い回る。


「い、いや、だああ! じにだくない、じにだくないい!」



 その声を耳にしながら──ボクの聖騎士たちへと怒りと憎悪を含ませた燃え盛る激情の炎。それは消えることなく胸の芯に宿りながらも──そんな自分の状態を冷静に見つめている余裕がボクに生まれていた。


ライモンの髪の毛を掴んで引きずり回し、そして魔剣で四肢を潰す。抵抗を封じられて這いつくばる様はまるでかつてのボクを見ているかのようで複雑だけど──残念だ、ライモン。


 ボクはもう、お前たちの命を奪うことに躊躇いの気持ちなどない。人間たちへの慈悲の感情を失っていき……運命はボクを駆り立て、残虐非道の限りを尽くした者へ断罪の裁きを執行する。


「お前らは剣を握れば魔族を蹂躙し……そして辱め、命を奪う。その上で神の名を語るだなんて、お前ら自分を神の騎士だとか天使だとか勘違いしてるだろう?」


 闇の精霊魔法を唱え、左手には黒き炎が宿る。


「ならば──その勘違いをボクが正してやる」

「ゆどぅして、ゆるじでくれ……俺が、俺が悪かった……っ」


「許してほしいのか……ふん! 許すかよ!!」

「いやだ……いやだあああああああああああああああああッ」


「――死に際に教えてやるぞライモン! 命は……全ての生命は!! 虐げられる為に生まれてくるものじゃない、泣く為に生まれてくるものなんかじゃないんだ!! 笑って生きる為に生まれてくるべきものなんだ!」


ボクはそう言うと、〝ヘルフレイム冥界の焔〟をライモンへ向けて放つ。


「ぐああああああ!! あぎゃあああああッッ!」


 瞬く間にライモンを焼いていく。漆黒の炎に包まれ、のたうち回り……断末魔の叫び声が焼け落ちてゆく人猫族の里に響き渡ると、その叫びとともに死のワルツは数分以上続き、やがて静かになっていくのだった。


 



 

  

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