第51話 血塗られた大地で復讐を ③
「百万回死んで償え! 屑が!!」
対峙するハンスを瞳に映し、ボクは怒鳴り声をあげながら飛び込んでいく。すると湧き上がる怒りの感情の中で───シャドルトが頭の中で呟いた。
『目覚めろ、ロクスに眠りし暗黒の力よ……! わたしとロクス……二人で一つ……『怒りと殺意』今こそ完全に満ちたり……! 創造神リィファに封じられし力……光の精霊アスカレムより施されし縛鎖、遂ぞ打ち破らん!!』
それと同時に、ボクの中で何かが目覚めようとしていた。湧き上がり、押し寄せる感情の中……パキン、パキンと音を立てて締め付けられていた鎖が解かれていくイメージが脳内で再生される。
『ロクス、わたしの封じられた能力が幾つか解放されたぞ! さぁ使いこなせ!』
「シャドルト──!?」
『あとはキミ次第だ! ヤッちまえ!』
魔剣能力一部解放、闇の精霊力をロクスへ貸与。
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シャドルトが確かにそう頭の中で声を上げ、膨大な魔力がボクの身体へと注がれる。かつてその力に圧倒されたボクだったが──この時、ボクが彼女の力を受け止める許容量が完全に上回った。
「こ、この力はッ!?」
ボクは驚きながらも、ハンスから幾つも分裂し発射された光弾を反射的に避ける。一瞬膨れ上がった魔剣とその力に呆然としたものの、すぐに憤怒の視線をハンスに向けて魔剣ソウルイーターを勢いよく一振り、接近した光弾をあっという間にかき消した。
すると、ハンスが聖剣技と光の精霊術を同時に展開、更に勢いを上げながらまるで出来の悪い子供に言い聞かせるような口調でボクへと激昂する。
「ロクス! てめぇに教えてやるぜ? 力を持つ者が持たざる者を喰らうのは自然の摂理! 全ての生き物がそうしてるじゃねえかッ、違うか!?」
「そんな摂理なんて知らないね! ならば聖騎士ハンス、あんたに教えてやるッ! ボクはあんたみたいに〝摂理〟だの〝運命〟だのクソみたいなことまで正当化するヤツが一番腹が立つんだ!!」
そんな彼に追い討ちをかけるようにボクは感情をぶつけると、ハンスは憎々しげに目をつり上げてボクを睨みつけ、荒々しく聖剣を振り下ろす。
「ふん! そうかよ! 俺様はな、てめぇみたいに〝現実〟を受け止めねぇ正義感を口に出すバカが一番ムカつくんだよッ!」
怒号が飛び交う中、幾度もぶつかり合い交差する魔剣と聖剣から火花が散る。
本来なら相反する属性同士の撃ち合いで拮抗してはいたけれど、魔剣の上限能力値が解放されて……やがてボクの斬撃が勝り始め、ハンスを圧倒し始めていた。
「くっ……! ど、どうなってやがるんだ。こ、このガキ……さらに強さを増してやがる……ッ!!」
「るああああああ! どうしたハンス! お前の聖剣はそんなものか!!」
そして、ボクの中で目覚めたのは──暴走し始める狂気と残虐性。圧倒的な強さがもたらした、ボクの残虐な性格が顔をだす。
殺してやると……絶対に殺すと意思を込めてゆらゆらと揺れる漆黒の瘴気が勢いを増し、目を見開いて眼前の怨敵の姿を視界に収めて……
「ハンス! 聖剣の強さに頼りきる……それがおまえの限界だ! ふたたびあんたが嘆き悔しがる姿が目に浮かぶようだ!! くくくっ」
「……うるせぇッ、出来損ないの忌子が!! その眼で……そんな眼をして俺様を見るんじゃねェェエエ!!!!」
「吠えるだけなら一丁前だなハンス! ほらかかってこいよ! 殺してやるから!!」
「て、てめぇ……ッ!」
「力の弱い者を犠牲にし続ける……そんなあんたらをボクは許しはしない! これ以上、かわいそうな魔族を生み出すわけにはいかないんだッ!!」
絶対に許さない……許してなどやるものか。
──いや、お前たち聖騎士を……ボクは絶対に殺す。
錯乱し始め、大きく振りかぶったハンスの隙を突いてボクは彼の横腹を思いっ切り蹴り上げる。
するとハンスは宙を舞い……何度も地面に叩き付けられながら、崩れ落ちた瓦礫に身体を打ち付けようやく止まる。
聖剣フルンティングにもたれ掛かるように立ち上がる彼をボクは見下すように眺めながら──魔剣を肩に担ぎゆっくりと歩み寄りながら言った。
「あんたの悲鳴と苦痛を、断末魔を……命を散らした魔族への手向けにしてやる……!!」
「こ、のッ!! まだだ、まだ、フルンティングの力をもっと引き出せば──!」
歯を食い縛り、ここに至っても尚自分の内ではなく聖剣に勝機を求める。そんなハンスに応えてか別の要因か、聖剣フルンティングが更に輝きを放つ。
だが。
「──無駄さ、ハンス」
対照的に落ち着いた口調で、ボクは更に告げる。
「『破壊』の能力が追加されたボクにあんたの『攻撃力』が破壊されているのに気がつかないのか? どんどん弱くなっているぞ……?」
「──な、なん……だと……?」
あまりに予想外、そんなことなど気がつきもしなかったと言いたげな顔を見せたハンスに対し、ボクは握り締めた魔剣に力を込めていた。
決着の一撃を、躊躇なくハンスに叩き込む。
立ち上がり、光輝く聖剣を薙ぎ払うハンスにボクは腰を低くして踏み込み、迫りくる剣よりも速く下段から上段へと魔剣を素早く振り上げ、聖剣を握るハンスの腕を断ち切る。血飛沫が舞い、ボクの頬を濡らした。
「ぐあああああ!! お、俺の腕がァっ!?」
「喚くなよ、たかが腕一本千切れただけだろ??」
『そうだそうだ! お前ら魔族に対してどれだけのことをしたのか……腕一本じゃ足りやしないよ!!』
シャドルトの掛け声と共に、ボクは魔剣を振り下ろす。何度も、何度も──常人を超えた能力と『防御貫通』の能力でハンスの身につけた胸当てを貫く。
「ぐはぁッ! こ、この……ば、化け物め!」
ハンスが上げる恐怖を帯びたその叫び声を聞いて、ボクの怒りはさらに天を突いた。
「〝忌子〟の次は〝化け物〟か。いいだろうさ、好きに呼べば。じゃあお前たち聖騎士はなんだ? 弱きを打ち据えて下品な声を出して笑うお前は、お前らは人間という名のケダモノじゃないか!!!!
ハンス、さっきあんたはボクに強きが弱きを屠るのは摂理だと言った。……ならばその命、貰い受けるッ!! あの世で魔族に詫び続けろおぉオ!!」
ボクは聖騎士によって理不尽に滅ぼされたこの惨劇の場を目にしながら、溢れ出した憎悪がさらに心を狂気に染めていく。目の前の聖騎士を殺さねばならないと……心の底から叫んでいた。
『ヤっちまえロクス! そして目覚めろ暗黒の申し子!』
シャドルトの言葉と共に狂気に駆り立てられ、憎悪に支配されたボクがハンスを追い詰めていく。文字通り血の気が引いていくハンスの足を切り裂き、胴体に魔剣を突き立てる中、死に物狂いで彼は命乞いをし始める。
「た、頼む! 命だけは……命だけは……ぐふぅッ! ……た、助けて……くれ……!」
「今まで散々、魔族を……女子どもまで嬲り殺しておいて命乞いをしたら助かると思うのか? それに、あんたはボクを殺す気満々だったじゃないか。ならばボクに命を奪われても仕方ないだろう? 筋違いなこと言うなよ、御高名で! ド悪党の! 掃き溜めの聖騎士がッッ!!」
「ぐがっ……!」
懇願し命乞いをするハンスの胸に、ボクが問答無用で魔剣ソウルイーターをより深く突き立てると、迸るハンスの鮮血が大地を染めていく。ガクリと首を項垂れて絶命するハンスを尻目に、大きく肩で息をするボクの周りではバタバタと倒れていく聖騎士たちが確認できる。
魔族によって制圧されていく状況の中、ボクが目にしたのはハンスと同じように命乞いをし始めた、聖騎士ライモンの無様な姿だった。
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