第6話 そして荒野と空の間を抜けて



「シャドルト……魔王軍ってどれくらい強いの? 魔族が人間達と争いをしてるのは知ってるけど……人間が魔族に敗北した話なんて聞いたことないし、そもそも魔王軍が本当に存在していたのだって、僕は知らなかったんだ」


『そう……知らなかったのか……はっきり言って魔王軍は強くない、弱いから人間達に対して防戦一方さ』


 荒野を歩き続け、道なき道を往く……魔剣と語りながら、ボクの足跡の痕跡は荒野に吹く風が消してくれているのはありがたかった。

 そんな道すがらの問いかけに、シャドルトは全て答えてくれていた。多少曖昧にされる回答はあったけど、ボクは母さんと妹のエイナ以外でこんなに会話するのは初めてで、ボクとしては嬉しかったところもある。


『しかも先代の魔王はこの間の人間達との戦いで──命を落としてしまったからね……今は堕天使族の少年が魔王を名乗っているよ……たぶんロクスと歳は近いんじゃないかな?』


「……魔王様って随分と若いんだね」


 歳が近い、か……ボクと同じで複雑な環境に身を置いていたのではないかと想像するのは難くない。年端のいかぬ子どもが実権を握るだなんて、人間達の歴史にだって記されていることだ。

 ……でも、絵本や御伽話の中では魔王や魔族は圧倒的な力と驚異的な魔法を使い、人間を苦しめる様が描かれているのに魔王軍が弱いって……?

 まぁ、実際はどうなのか……それに魔王様の事情なんてボクには分からないけど。

 ただ唯一分かる事は、ボクを瀕死に追い詰めた聖騎士が『魔族は生きてはいけない存在』と言っただってことだ。


「……そもそも魔族と人間が争う理由ってなに? 絵本に出てくる魔族は人間達を滅ぼそうとする、それしか理由付けは描かれてないから……」


『争う理由、ね……』


 なんていうか、その昔に世界を混沌と破滅に陥れようとしたけれど、神と光の精霊に加護を授けられた者たちによって、魔族がもたらした災厄は振り払われた……と物語は終わっているから。魔族が人類へ攻め込んだ理由がわからない。

 それに街の大人も子どもも、魔族は悪と同義と認識しているけれど、実際のところ魔族がどんな悪いことをしているのかも不明だ。


『……そのうち分かるよ』


「……え? なんでそこをはぐらかす必要があるの? シャドルトは闇の精霊で魔族の味方なんでしょ?」


 曖昧にはぐらかす予想外の返答にジト目で魔剣を見つめてしまう。


『ロクス、私から聞くよりも……キミがこれから目の当たりにする出来事をしっかりと胸に刻んでいきなよ。大事なのは……キミがどう考え、どう生きるかなんだから』


「……ボクは今、聖なる騎士を謳う……あの下衆で外道な者たちに復讐したいと考えてる」


『……今はそれでいいと思うよ、今はね……』


「含ませる言い方しないでよ、『そのうち分かる』とか『今はね』、気になるじゃないか」


『……ごめん』


 なんだか言葉を濁したり含みを持たせたり、彼女は何か隠しているか話したくないかのいずれかだな、と思いながらも、闇の精霊を称する彼女が居なければボクは今ごろ間違いなく何も出来ず死んでいた訳だし……それに〝トモダチ〟と言ってくれた彼女と険悪になるのも嫌だから、これ以上強い物言いは控えることにする。


「それで、転移魔法陣を使って堕天使族の元へ行ったその後はどうすれば良いの?」


『……そうだね、魔王軍に入る糸口を見つけながら……キミが信頼できる〝四天王〟……つまり仲間を探しながら力を育てていこう』


「〝四天王〟?」


 魔王軍に入る手段を得る情報集めは分かる……ボクが魔剣を所持していても、それが魔族がボクを受け入れる理由にはならないからだ。半分は人間だし。

 力を育て、強くならなければならない事も分かる……ボクは魔剣士として尋常ならざる力を発揮するに至る運命に目覚めたみたいだけど、それは極めて未熟……存分に魔剣の力を振るえないボク自身の能力開花は必須だと言うのだろう。


 ……でも四天王の意味が分からない。あくまで予想だけど、四天王って魔王軍に既にいるんじゃないの? ボクが信頼できるとか、一体どうゆうことなんだろうか。


『さっき言ったことなんだけど、魔王軍は今とても弱い。今の魔王軍が人間たちの進行をなんとか食い止めているのは他ならぬ魔王の持つ『結界力』があるおかげなんだ。……でもそれだけだ。……しかも魔族で一致団結しなければならないのに、魔族同士のいざこざもあれば、魔王に信頼を寄せる部下が少なすぎる。……だから……運命に選ばれたロクスに付き従う、ひいては魔王に従順な仲間は不可欠なんだ』


「……たしかに先代の魔王は命を落としたと言っていたね、その魔王には四天王はいなかったの?」


『……殺されたよ、人間……聖騎士と冒険者にね』


「聖騎士……冒険者……」


 ……冒険者。冒険者ギルドで様々なクエストの依頼を解決したり、魔物討伐や遺跡探索、用心棒などをこなすフリーエージェントみたいなものだ。基本的には自由奔放に冒険をする者で、ソロで旅する者や徒党を組む者達もいる。また冒険者には何故かランク付けがあるらしく、難易度の高いクエストをクリアしたりすればするほど、ランクが上がるシステムらしい。


 冒険者が魔族を殺す……そういえば街で魔族を討伐したと自慢げに話している冒険者をいつだか見かけた記憶がある。


『どうせ冒険者ギルドが四天王討伐のクエストを出したんだろうさ。そうに決まってる』


「……魔王とその幹部を倒す強い人間がいるのか……」


『そーゆーこと。キミなんて下っ端の人間たちに抗うことすらできなかったろ? つまり……人間たちは強い』


「……それじゃ、それじゃあどうしたらいいのさ! 妹のエイナなんて『勇者』に選ばれてしまったわけだし……さらに強くなったエイナに魔族は滅ぼされるようになるってこと?!」


 そう……ボクの妹は創造神リィファに選ばれた『聖印の勇者』なんだ……ボクが魔族にいたら妹と戦わなければならなくなるんだろうか……?


『ちょ、ロクス落ちついてよ ……ま、まぁとにかくそのとっても強い人間たちを倒すためにキミは強くならなければならないし、キミを助ける魔族を仲間にしようってことだよ! 妹ちゃんが勇者だとしてもキミが戦わないといけないとか、魔族が滅ぼされるとか、決まったわけじゃないだろう?』


「……ごめん。うん、まぁ……うん……そうだよね……」


『魔族もキミと同じで……ずっと昔から人間たちに理不尽を突きつけられてる……私はね、ロクスに魔族の希望になってほしいんだよ』


 シャドルトの力は本当に人間に打ち勝つ力量があるのだろうか? 闇の精霊なんだから彼女が魔族の希望であれば良いのじゃないのか? それとも光の精霊に勝てない理由があるのか……と必然的に魔剣を見つめるボクの視線も欺瞞をたたえるものとなってしまう。


『キミの妹が勇者としてリィファに選ばれたように……私はキミを魔族の救世主として選んだ。しかし気をつけてほしい、私は魔剣としてキミが振るう最強の剣ではあるが……人間たちには神が授けた〝聖剣〟がある』


「……聖剣?」


『そう。かつてリィファが人間たちに授けた聖遺物。魔族に対して脅威的な力を発揮する武器さ。……人間どもめ、そもそも聖剣は魔物を倒すものとして授けられた筈なのに……こほん! とにかく、私に匹敵する聖剣を持つ聖騎士を殺し切る事は難しいからね?

 ……だからキミはただ復讐を誓うだけではいけないんだ。その上をいく力をつけないと。ひとりの力なんてたかが知れてると言ったじゃないか』


 ……なるほど、仲間探しは単純に人間たちに対抗し得ることに繋がるだけじゃなく、ボク自身の成長にも関わってくるのか。

 それにどうやらリィファ様や光の精霊の加護に加えて聖剣を持つ聖騎士に打ち勝つには、魔剣の力に頼るだけではなくボク自身が彼らを断ち切る能力が無いとほぼ不可能に近い……らしい。


「ボクが成長しないといけないのはわかる。でも四天王になる仲間はどうやって探し出せば良いのか……ボクは魔族を死んだ父さんしか知らない」


『……そうだね、残念だけど私はその答えを持ち合わせていない。しかし私が前世からの繋がりでロクスを見つけたように、キミと前世からの因縁を持っている仲間は惹かれ合うようになっていると思うよ? ……たぶん』


「……ほんと?」


『そうだよ、だから心配しないで大丈夫だよ! ……たぶんね……』


 やっぱね。そう言うと思ってた。


「とにかく、行動してみないとわからないってことだね」


 とにかく今はこの『ベルグ荒野』から離れて堕天使族のいる『セルセレム』に足を踏み入れて展開を見ないと……たしかに魔剣士として覚醒していない今のボクは魔王軍にとってもお荷物なのは明白だし、ひとりぼっちで戦える訳がない。

 そして魔剣士としての力を付ける……おそらくこれは魔族と一緒に人間達と戦っていく内に実戦で鍛えられていくとは思う。

 だからシャドルトが言ってることは……ずばり的を得てはいるんだね。




「よし、行こう!!」



 理不尽と不条理な者たちに裁きと報いを与える為に───


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