第5話 焼け落ちた集落
『さぁ、行こうかロクス。まずは最初に南の堕天使族に会いに行こうか。あそこは人見知りの魔族はほとんどいないから……事情を話せば、混血のキミでも友好的に接してくれるはずさ』
「……だといいんだけど」
昨夜、荒野にあった大きな岩と岩の隙間を寝床にして、泥のように眠ったボクは目が覚めて直ぐに、自分の身体のすぐ横に立てかけた魔剣と会話をしていた。もちろんボク自身は声を出しているのだけど、シャドルトはボクの頭の中に言葉を念にして送っているだけのようだ。
むしろ自分の事を『闇の精霊』と名乗っていたシャドルトが朝陽を浴びても大丈夫なのか心配になったけど、問題無さそうなのが変な感じだ。まあ剣に変化したから大丈夫なんだろうけど……そんなことを気にもせず彼女はよく頭の中に語りかける。
『心配してばかりじゃ前に進めないよ?? それに堕天使族は男女とも容姿端麗、ロクスみたいな純情少年はドキドキすると思うよ? あはは』
「……なんだか嬉しそうに喋るけど、ボクは嬉しくないよ? 実のところ……母さんとも妹とも会えなくなったわけだし」
『……あぁ、ごめん……。悪気は無いんだけどさぁ……』
頭の中に、シャドルトの姿が浮かんでいた。しゅんとした様子で語りかける彼女の声を合図に、踏み出した足に力を入れて歩き出す……身体の調子はすっかり良くなり、傷口は塞がっていた。傷だらけで跡になってしまってはいたけれど。
とは言え、あれだけ血を流したというのに、それがまったく嘘のように歩き出せているのも、速度で走れるのも、『闇の精霊の治癒』の効果なのだろうか。
右手に魔剣を握り締めながら、シャドルトとの昨夜の会話を思い出す。
───────
───……
『堕天使族?』
『そう、かつて私と共に光の精霊とその眷属達と戦い、天を追放された元天使である者たちの末裔で──ふふふッ ……ちなみに現在、魔族の頂点に君臨する『魔王』は堕天使族出身……つまり、堕天使族と接触することは魔王に近づくことになると思わないかい?』
……───堕天使族が一体どんな能力を持ち、なんのためにリィファ様に弓を引いたのか分からない……けれど彼らに最初に会うことで『魔王軍』に入る最短のスタートを切ることができるらしい。
……というか、選択肢が今はこれだけしか無いのが事実だとシャドルトは語った。
もしボクがいきなり魔王の支配する土地に足を踏み入れたならば、魔王軍に入るどころか即座に人間と認識されて殺されてしまう可能性が高いらしい。どうやらボクは銀髪と碧眼、少しだけ尖った耳以外は見た目は人間ということだから……本当に魔族として受け入れられるには何かしらのきっかけが必要というのも理解できる。
……魔剣を持っているだけじゃダメなのか……魔族とシャドルトの関連性を考えてもボクがシャドルトと一緒にいれば問題ないと思ったんだけどな……
『……ところでロクス、少し右の方を見てごらん』
「……あれは……!!」
見渡す限り殺風景の荒野からほんの二時間程度歩き続けてボクの目に映ったのは……荒廃し、ほとんど原型を留めていない集落らしきものだった。
そこには焼け落ちた家屋、残骸だらけで誰ひとりとして生きている痕跡もなく、よく見ると骨のような物も転がっていた。
焼け焦げた田畑から枯れ果てて尚そこに存在を示す作物が残っているのが、この集落に暮らす者たちがいた事を証明してくれる。
『……ここには魔族の集落があったんだ。辺境で暮らすオーガ族のね』
「……シャドルト、オーガ族はもしかして……」
『……そう、人間たちの仕業さ。罪の無い子どもですら、その手にかける下品な笑い声を私は忘れない』
聖騎士たちが笑いながら殺戮を楽しむ様子がシャドルトの記憶を通して頭の中に再生される。逃げまどう角の生えたオーガ族。必死に助けを乞う母親らしき魔族と、その子。願いは聞き届けられる筈もなく、騎士が剣を振り下ろしていた。
集落が焼け落ちる中、一人のオーガ族の男性が血塗れの骸になった妻と幼な子を抱き抱え、涙を流しているシーンを最後に映像は途切れ、あまりの惨たらしさにボクは怒りが込み上げていた。
「……許せない……!!」
『……ロクス、これはほんの一部さ。人間達の残忍で狡猾な性格は今も尚魔族を苦しめている』
ボクは魔剣を大地に突き刺し、抉るように穴を掘る。無造作に落ちてる魔族の骨をかき集め、集落の家屋だったであろう石片を墓標にしてお墓を建て……リィファ様に皆が安らかに眠れる様に祈り、手を合わせた。
なぜこんな酷いことができるのだろうか。抗うこともできず、人間と同じように涙を流す魔族にどうして。
「……こんなこと許されない、許してはならない……ッ」
ボクの知らない場所でどれほどの悲しみと苦痛を受け、魔族が死んでいくのかと思うと、自然と握り締めた両手が震えていた。
『……ロクス、人間なんてどいつもこいつもこんな感じさ。奪い、犯し、殺す。外道極まると言わざるを得ないね』
ボクはオーガ族の墓標に必ず仇を取ると誓い、背を向ける。すると焼け落ちた木片の側に、オーガ族の装飾品がチカりと光ったのを見逃さなかった。それは特に能力も付与されてない、おそらくオーガ族の民族工芸品である金属製のブレスレットだった。それを形見として持って行く。
『……お祈りはもういいの?』
「……うん。ボクは母さんと妹に会えなくなることが悲しかった。でももっと辛い想いを抱えている魔族がいるのだと思うと……悲しんでばかりいられない……だからもう、行くよ。涙と怒りを勇気に変えて……」
『……わかった、行こう。それに人間が付近にいたら厄介だしね』
シャドルトの言う通り、ボクは早くこの場所から離れなければならない……もはや集落があったこの『ベルグ荒野』は完全に人間達の庭と言っても良いらしく、急いで人類の支配領域から逃げ延びなければならない。
……まだ魔剣も使いこなせないボクに、聖騎士やその類の者に立ち向かえる力量などない。今の僕ではひとたまりもないのだ。
『いいかいロクス? 今のキミは魔族の固有能力すら覚醒してない、只の人間のようなもの……聖騎士はおろか、冒険者と会敵してしまえばひとたまりもないよ? 私が助けてあげたいところだが、宿主たるキミが殺されてしまったらどうしようもない。だから今は決してと戦おうとせず、逃げる事だけ専念してね?? ……彼らはまだキミが死んでると思い込んでるだろうし、そもそも私の存在に気付いてないのだから』
「……分かってるよ」
悔しいけれど、今のボクは魔剣を所有するだけの只の人間と同じ……前世のボクなんてこれっぽっちも知らないけど、未だに魔剣使いとしての力なんて持ち合わせいなちのだから。
『忌子』として追放、殺処分したと聖騎士の奴らが思い込んでいる今が逃げ延びる好機なんだ。
『さ、後少し南へ進めば転移魔法陣があるよ』
「転移魔法陣?」
『瞬間移動できる古代の装置だよ。歩いてこのだだっ広い荒野を抜けるなんて無謀でしかないし、時間もあまりかけたくはないからね。……ここから南に一日ほど向かえば、転移の魔法陣を発動させるストーンサークルがあるから。それを利用すれば堕天使族の住まう『セルセレム』の近くに行けるよ』
「……シャドルトはよく知ってるね……」
ボクの名前を知ってたり、ボクの知らない裏の顔の人間たちを知っていたり、魔族のことを詳しく知っていたり……転移魔法陣なんていうボクが見たこともが聞いたこともない物を知っていたり……シャドルトは全てを見通す力でもあるんだろうか。
「ところでなんだか怖いけど……大丈夫なの? それっておそらく魔族専用なんだと思うんだけど……」
『……げげ、鋭いなロクス! そうだよ、魔族専用の魔法陣。ま、キミは半分魔族の血を引いてるから大丈夫だよ!! ……たぶん』
どうやら世界には魔族が人間の住む街に進行する際に利用したり、あるいは人間達から逃れる手段としていくつかあるらしく、そのどれもが魔族の者しか通ることができない代物だと……そして彼女が言うには、人間と魔族の混血が転移魔法陣を利用したことは一切なく、そのため利用できるか、できないかの把握はしていないということだった。
なんとも無責任な話しだけれど、そんな曖昧な物だとしても他に手段が無い、いや、あるとしたら歩くしか無いのも事実。
普通に歩けば魔王の領土に足を踏み入れるまでに一ヶ月以上も掛かってしまうらしい。もちろん今ボクにその体力は無いし、食料や水の問題だってあるわけなのだから。
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