第4話 魔剣
『……ロクス、君はまだ僅かながら人間側の存在だ。ほんとなら今すぐに君へ私の闇の力を全て注いで完全に魔族にしたいとこなんだけど……光の力が少し邪魔してるんだよな』
「……光の力? 光の精霊アスカレムの……?」
あぁ、そうだよね……ボクは人間と魔族の両方の血が流れているのだから、人間側の───光の精霊の加護があったとしても不思議じゃないんだ。得体の知れない闇の精霊ではあるけれど、力が欲しければ光の力をどうにかしろって言ってるんだ……
でも、人間として半分流れてる血なんてどうにかできるものじゃないし、やっぱりボクがチカラを得るだなんて──
『──だからこれから、魔王軍に入ろうか。それから人間達が魔族に対してどんなことをしてるか、その眼に焼き付けるといい。そうしているうちに、ロクスは魔族側の存在として闇の力を完全に得ることができるさ』
「………………は? ま、魔王軍に?!」
『そうだよ? どのみちこのままでいたら君は弱っちいまんまで人間達に捻り潰されてしまう。まずは私を使いこなせるように経験値を積まないとね? だから魔王軍に入って〝魔力〟や〝闇の力〟を持つ者達に直に触れ、身も心も魔族になっていけば、その僅かな光の力を封じて完全な闇の力を得られるよ!』
「………………え?」
…………いやいやいや、待ってよ。急展開すぎて話について行けないんだけど……彼女は何をわけのわからないことを言ってるんだ?
『……ロクスは人間達から追放させられた、ならば身を寄せるのは魔族だと思わないかい?』
「……それはなんとなく分かるけど、そこでなんで魔王軍に入らないといけないの?」
『それは……ロクス。悔しいけどひとりの力なんてたかが知れてるものだからさ。私の力がいくら使いこなせようとも……ひとりでは絶対に人間達に負けてしまう。だから仲間が必要だ』
何故だろう……彼女に諭されると素直に受け止められる。闇の精霊が月の光を見つめている姿に違和感を感じるけども……説得力のある発言だった。
「……ボクは魔王軍入りたいとは思わない」
『……』
ボクは徒党を組んで弱きを挫く連中は大嫌いだ。男ならひとりで立ち向かえる屈強さが大事だと思う。ボクに力があれば……妹と離ればなれにならず、暴力的な聖騎士たちから辛酸を舐めさせられることはなかった筈なんだ。
「……でも、一緒に戦ってくれる仲間は必要……だと思う」
『ーーっ! でしょう?!』
なんだろう、彼女の言葉はいちいち説得力があると感じる自分が居る……まぁ魔王軍に入って軍人になるかならないかは置いといて、仲間や友人ができたら嬉しい。街では石を投げられたりバカにされたりするだけだったし。
……でも、混血のボクを魔族が受け入れてくれるのだろうか、そんな器があるのだろうか? 噂では魔族は冷酷無比で残虐非道な種族の集まりと耳にしているから。
『じゃあ決まりだ。でも……いきなり魔王の城へ行っても君はまだ人間として認識されてしまうからね。まずは魔族の領土へ向かい、キミの存在を知らしめるところから始めようか』
「うん……でもお姉さん、それってどっち行けばいいの……?」
彼女に言われて、そういえば僕は荒野を彷徨っているという現実を思い出す。
『とりあえず南へ行こうか、私が案内するから大丈夫』
「……わかりました、お願いします……」
『……あのさー、これからトモダチとして、相棒として付き合っていく私によそよそしくない? もっとフランクに話しかけてよ!』
「───えぇと、わかったよシャドルト。頼む」
「オッケー、いい感じだねッ」
ボクの傷口はまだ塞がっていないし、左目は幸いなことに傷は浅いけど未だ視界は血のせいでぼやけて見えるけど、右眼に映る、美しい黒髪ロングストレートを夜風に靡かせる姿をしっかりと鮮明に捉えていた。
僕の右手を握り締めながら妖しく微笑む……彼女の不思議な瞳から目を逸らし、ボクは夜空に浮かぶ真っ白に輝く月を眺める。
『それではロクス、私の姿は魔剣となる。キミがこれから魔剣士として生きていく心の準備は大丈夫かな?』
「うん、ボクに理不尽を覆す力を貸してくだ……貸してくれ」
ボクのまだ敬語の抜けない返答を聞いて、彼女は眉を寄せて苦笑する。
『……では魔剣士ロクス、貴方に闇の精霊シャドルトの力を貸し与える。やがて貴方自身がその力を存分に振るえるように───我、魔剣ソウルイーターとならん!』
……驚くほど妖しく妖艶な姿に見惚れてしまった。
それまでの柔らかい物腰は無く、禍々しさを増すように紫色を帯びた黒いオーラのようなものを彼女が纏っていた。彼女が唱える様子からボクは視線を逸らす事が出来ない。
『貴方には数々の悲しみと憎しみが降り掛かるでしょう……しかし、私はロクスが魔族の虐げられる運命を変える、魔族の救世主たらんことを切に願う。卑しい人間には殺意を、蹂躙する者には死の裁きを与えたもう……!」
「ボクは──」
一瞬俯き、目を閉じてからふたたび顔をあげ、彼女を強い意志を以て見詰める……彼女の、その深く吸い込まれてしまうような黒い瞳を……決して目を逸らさず。
「──ボクは、弱きを助け、強きを挫く存在になりたかった。勇者や聖騎士じゃないのは少し残念な気もするけど……ボクはボクの正義を貫く。それが絵本の邪悪な魔剣士そのものだと言われようとも……力をつけ、ボクを追放した者たちに復讐を誓うう!! 魔剣ソウルイーターと共に!!」
そう言った刹那、彼女は一瞬ニコッと笑い、姿が闇に溶け消えていった。ボクの視線の先には彼女はなく、荒れた大地が広がるだけとなっていた。
でも。ボクは気がついた。
身体の傷は塞がり、左目もしっかり視力を取り戻していたのを。闇の治癒魔法……によって回復していたことを確かめようと腕に目線を落としたその時。
ボクはいつの間にか一本の剣を握り締めていた。
墨のように、夜のように深い漆黒の剣からはうっすらと黒と紫が混じり合う靄が立ち昇っており、周囲を圧倒するように禍々しいオーラを放っている。
『──ロクス、私の友人としてどうか末永く……共に歩んでいこう。そして虐げられている魔族に安らぎを』
シャドルトの声が脳に響き渡り、ボクが魔剣を掲げたその時、夜空には星座の隙間を貫くように、放たれた真っ白な星が流れていた。
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