第3話 生まれ変わり、繋がる因縁

「チカラをうけと……?? ───ごふぉっ!」


『ロクスをここまで痛めつけるなんて、ほんと人間は酷いことをするねぇ……今、治してあげるから』


 目を伏せた彼女は『暗黒回帰』と呟いた。吐血する僕を心配しているような、そうでないような感じがボクはしていたのだけど……今は彼女に縋るしかないのだ。冷たくもどこか落ち着く闇をボクの傷に当てる彼女。すると、塞ぐように闇が傷を覆っていく。……それによって途絶えそうだった意識はゆっくりと鮮明になり、動悸と息切れは落ち着きを取り戻し始めていた。

 しかし、身体の先々から冷えていた体温が戻り始める反面、どこかしらボクの心は反対に冷えていくのを感じていた。……無慈悲かつ無情な聖騎士達の暴行を受けて、憎悪の芽が出ていたのだ。


『なかなか傷が治らないなあ……、闇の魔法の治癒効果だって他の精霊達には引けをとらないはずなんだけどな……あぁ、そっか。ロクスはまだ人間よりなんだね』


 ボクとしては痛みはだいぶマシにはなっていた。彼女は速攻で傷を癒し、力を与えたいようだったけど……ボクの全身を斬り刻んだ聖騎士の剣技を思いだすと、なるほど確かにかなりの暴行を受けたのだと納得する。


「……はぁ……はぁ…………君は……一体だれなの」


『さっき言ったじゃないか、私はシャドルト。闇の精霊……キミの前世からのトモダチさ』


 彼女がボクの身体に触れながら言った。冷たい手だ。温もりを感じないその手から黒い気の様なモノがボクの傷口を少しずつ塞いでいった。


 闇の精霊……この世界で身近にいるとされる精霊は火と水と風、そして大地の精霊でその頂点に位置するのは光の精霊アスカレムとされている。


 そして、シャドルトというのは光の精霊の双子の妹であると、聖典には記されているのだけど……唐突になぜ? どうして闇の精霊がボクの前に姿を現したんだ? それに闇の治癒なんて聞いたことない。


 それに、いくら友好的にされても、いくらボクが4属性の精霊達と仲の良い友達だったとしても……いきなり現れて闇の精霊を名乗る不審な女性を見たら、誰だって警戒すると思う。……それに闇の精霊は、魔族に対してのみ加護を授ける暗黒の聖女……


「……ボクを治してくれているのは……トモダチって言ってたけど……もしかしてボクは……」


『あはは、ロクスが疑問に思うのも当然だね。───君は闇の眷属、暗黒の申し子の生まれ変わりさ。なんせ私は光の眷属たる人間は大嫌いだからね、癒したりなどしない。つまり魔族と言っても問題ないかな? 残念ながら混血のようだけど』


 見た目に似合わずボクの身体を優しく触れているのに、その手の冷たさが異常に全身に伝わってくる。見たことも聞いたこともない闇の治癒魔法だとしても、ボクの身体を癒し、助けてくれている事に変わりはないのだから、ここは感謝をまず最初にすべきなんだろうけど、疑問ばかりが頭の中を支配していた。



 だって、ボクは混血だとしても人間だと思っていたから。



 そんなボクを見据えて、彼女は困ったように眉を寄せた後に、口元に笑みを浮かべていた。何が可笑しいのか、まったくわからないけど……僕を見詰めるその瞳に、どこか懐かしい感じがしたのは否めなかった。

 ……言いようのないモヤついた心の霧を掻き消すつもりで彼女に聞いた。


「そんな……ボクが魔族……けほっ、けほっ! ……それに前世からトモダチって……どうゆうこと」


 それに……彼女は僕の事を魔族とも言っていたし。


『私は君の剣。……簡単に言うと、君は前世で私を──魔剣ソウルイーターを振るう魔剣士、かつては暗黒騎士とも呼ばれ神と人間に戦いを挑んでいた魔剣使いだよ』


「魔剣──っ? うぐぅっ!!」


『あぁ、まだそんなに動かないでよ。君の闇の……暗黒の覇気は覚醒してないんだから。ま、現状はロクス、君はまだ人間と同じ状態といっても過言じゃないからね? 闇の治癒力に身体がついていってないんだから、傷が開いてしまうよ』


 魔剣士……絵本に出てくる聖騎士や勇者の敵だ。人間達の間では魔王の右腕として暗黒の力を振るう〝絶対悪〟として知られている。

 でも、でもボクは……〝法の守護者〟であり〝正義の味方〟である勇者や聖騎士に憧れて、いつかボクもその職業になれたら、なんて考えていた。


それなのに……


憧れた聖なる騎士達は弱いボクを、まだ子どもですらあるボクをもて遊ぶように痛めつけ、最終的には罪悪感など無く軽々しく斬り伏せたのだ。


 まるで絵本の中の残酷な魔剣士のように。


ボクが魔族の血を引く……混血の忌子で、種違いの妹が勇者として選ばれて。そんな理由で、大好きな母と、かわいい妹からも……家族の絆があった事実さえ消してしまおうとした聖騎士たちに、ボクは既に憧れどころか憎しみすら覚えていた。


「……あなたの力を使えば、ボクは聖騎士に勝てるのかな」


『……もちろん、と言いたいとこだけど……、全員とは約束できないな。なぜなら忌々しい光の精霊の加護の他に、〝創造神リィファの加護〟を受けた特別な存在もいるようだから』


 ……そうか、闇の精霊も創造神たるリィファ様が生み出した精霊だから、その母たる神の加護を受けた勇者……や聖騎士を倒すのは一筋縄ではいかないのも納得だ。

 でも、それでも……少しでも可能性があるのなら……僕は──


「──理不尽な世界を打ちのめす力が欲しい」


『……理不尽を……打ちのめす、か……』


 そう呟いて、彼女は空を何気なく見上げていた。……辺りを闇に包む夜の中、光を放つ月や星を見つめながら口を噤み、いつしかさっきまでの優しい目つきは吊り上がっていた。


 何に対して怒っているのだろうか? 唐突に険しい顔をして……やがて 目を伏せる彼女に小さな疑問が芽生えてしまう。

 僕だって、無力なら理不尽を打ちのめすことは難しいだなんて、子どもながらに理解している……力を持つ者が理不尽さを振りかざし、力無き者を打ち据えるなんて義理の父やさっきの聖騎士たちを見ていれば嫌でもわかるから。


けど、どうしてもボクは……さっきまで受けた理不尽な暴力を許すことができそうになかった。

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