第7話 葛藤
転移魔法陣の遺跡ゾナンにて────
◇
「シャドルト、聖騎士がいる……!」
『く……遅かった……』
シャドルトの『南へ進む』といったざっくりで適当な案内の末に、多少迷いながらも三日ほどかかってようやく転移魔法陣を施した遺跡を荒野を抜けた先の森の中で見つけた……のは良かったんだけど……完全に聖騎士たちが封鎖をしている。
こっそり森の木々の陰に身を隠し様子を窺うけれど、今も数人の聖騎士達が陣取り、遺跡の周辺には見張りの兵士達が立っている。
「どうすればいいのさ、これ……」
『ど、どうしようか……』
まさか聖騎士に発見されて封鎖されてるとは思わないってば……いや、もしかしたらオーガ族を滅ぼした聖騎士団と今ここにいる聖騎士団は同一? この転移魔法陣の事をその時に知ったのだろうか??
ボクと同様に他の魔族たちが転移魔法陣が占領されているのを知らないでこの場に訪れることがあれば非常に不味い……返り討ちに合うことになる。
「……聞いて、シャドルト」
魔剣の柄を強く握り締める……もし、もしも僕の予想が当たっていたとしたら。
「……ボクはやっぱり……背を向けて逃げるなんてできない。それに、ボクは以前は戦う力なんて無かったけれど……ぜんぜん弱っちいけど……今はシャドルトがいる」
『……』
彼女は少し躊躇しているのか、ボクの問いかけに沈黙していた……ボクが実は生存しているとか、今のボクにはまだ彼らに勝ち目が無いとか……そんな悠長な事を言っている状況ではないと思う。
仮に彼らが転移魔法陣だという事自体に気付いていたとして、遅かれ早かれ待ち伏せされて魔族はここで命を散らすことになってしまう……もしそうなってしまったら、さらなる悲劇をボクが招いてしまったと考え、苦悩するだろう。
……だから、ここで彼らを放置していたらオーガ族の様な悲劇が再び起きてもおかしくない。
『ロクス、たしかにキミの言う通りだね。───でも一つだけ〝お願い〟がある』
「……なにさ、言ってごらんよ」
数分間をおいて……暫くしてようやくボクの頭の中に語りかける魔剣を見据える。
『絶対的に勝ち目が無いと判断したら、必ず逃げるんだ。キミの気持ちは痛いほど伝わるけれど、退くことも勇気だってことを覚えておいて』
「……逃げるのが勇気なわけないじゃないか……」
『そんなことない! そんなことないんだロクス、お願いだよ……今ここでキミを失いたくないんだ』
「……ボクもシャドルトの気持ちが伝わったよ……わかった。約束するよ」
『絶対だからね、嘘ついたら針千本飲ますから。マジだからね』
「……この後に及んで脅すのやめてくれない」
頭の中で泣きそうな困った顔をしてお願いをした彼女に同情したのも束の間……脅迫めいた発言をする彼女の顔が頭に浮かぶとボクは魔剣にジト目で答えていた。
「……そういえば、シャドルトは魔剣から姿をまた精霊に変えることはできないの??」
『できなくはないけど……なんでそんなこと聞くの??』
「……人間に闇の精霊は目に見えるのかなって」
『人間に? 姿を現すことはできなくもないけど……普段は魔族にしか見えないようにしてる。それがどうかしたの?』
ははぁ、なるほどね……なら少しは勝ちの目はあるんじゃないかな??
「それならさ、シャドルト」
『……な、なんだよ気持ち悪いな……』
……状況を探りにに行ってきてよ、どんな会話をしているのか、この後どんな行動をするのか……困惑するように答える魔剣に耳打ちをするように、小声で今度はボクからの〝お願い〟をする。
◇
[ 精霊形態・シャドルト視点 ]
『ぷんすか!! ……なんなんだよロクスったらさあ!! 大人しそうな顔して意外とずーずーしいんだアイツは!!』
いくら私が人目に触れない精霊だからと言って、トモダチになったばかりの、しかも敵対する種族がもそっといる危険地帯にひとりぼっちで送り込むトモダチが居る?! 絶対にフツーじゃないよ!!
前世のロクスはそんな事は絶対にしなかったし、それにロクスが『覚醒』しなければ私の力もかつての様に全力が出せないってのにさ……
『……まぁ、私がやるのは内部偵察だけなんだけどさあ』
闇に溶け込みながら転移魔法陣の遺跡に潜入し、聖騎士や一般階級の兵士達が忙しなく遺跡の出入り口を行ったり来たりしているのを闇に紛れて覗き込んでいく。
兵士達が食事をとっていたり、武器を手入れしている職人もいるな……げげ!! 魔族の女性が10人、しかも少女まで捕まってる!! ……統一されてない姿を見るとおそらく転移魔法陣を目指して来た魔族たちのようね……
『女性ばかり捕らえるなんてさぁ……ほんと人間って昔から変態ばかりなんだよな……今すぐ助けだしてやりたいけど、精霊の状態では力を出しきれない自分が情け無いよ』
私がかつて人間達を震撼させた闇の力を存分に発揮できたなら、聖騎士どもを駆逐して彼女達を救出してやれるのに……彼女たちに今何もしてやれないのが歯痒いけども、ただでさえまだ弱っちいロクスに足枷をつけるわけにもいかないからね……
……私の力を弱めた
『しかしまだ手を出されてないのが奇跡的に幸いだわ……』
当初は何とかしてロクスを誘導し、魔王に引き合わせるだけの簡単な予定だったんだけどな……彼女たちを助ける手立ても考えなければならないし、何とかしてここの人間達をどうにか倒さなければならない。……逃げるという選択肢はなるだけ避けたいとこなんだよね。
だって人間どもの目的を打破することは、ロクスの自信にもなるだろうし……それは魔族の為にもなるからね……それにここに在住しているのは下級兵士と一般聖騎士しか居ないから。指揮官を倒せばあとは勝手に慌てふためいて弱体化してくれると思うんだよね。
『その肝心の指揮官はどこにいるのやら……ん??』
とうとう転移魔法陣のある場所まで来てしまったなあ……耳を澄ますとその転移魔法陣の近くから何やら話し声が聞こえるね……さてどんな会話をしてるのやら。
「……この駄犬が!!」
「……ギャン! ワフッ」
壁に松明を置く台からは炎の灯りがゆらゆらとその影を動かしている。様子を窺ってみると……転移魔法陣の周囲を囲む石柱に鎖で繋がれた獣型の魔族───人狼族が兵士に蹴り飛ばされているようだ。転移魔法陣の中心に彼がギリギリのところでそこに足を踏み出せないようにしてるあたり、どうやら人間達はやはりこの場所が何なのかを把握している様だね……厄介だな。
しかし不可解なのは捕われた魔族とは別に、この獣型の魔族が別々にされているのか、てことだ。
「い、痛いワンッ」
「イヌの分際でオレ達に噛み付いたからそうなるんだ!! このイヌ畜生がッ! 大人しく這いつくばってろやぁ!!」
「わふうぅう……」
ふむ……噛み付いた? この
大方、魔族を助けてやろうとしたところ反対に返り討ちにあって……すぐさま始末しないところを見ると見せ物小屋にでも売り払う為に、クズどもに生かされている……といったところじゃないかな??
「なんならこの場でお前を殺してやってもいいんだけどよぉ……んなことしても一銭にもなりゃしねぇからな!! 」
「わふ……」
「ふん、てめぇみたいな獣人は奴隷商か見せ物小屋に売れば酒代くらいにはなるだろうからな!! 少しは生かしておいてやるよッ」
ほらね、やっぱりだ。まったく持って浅い考えだ、心の闇から覗くまでもなく思考が読めるよ。しかしまー、どこにどんな兵士や聖騎士がいるとか、監視の目が多いのがどの場所だとかが分かったし、何より〝聖剣〟を所持する厄介な上位聖騎士がいないのが救いだね。
あとは……捕虜の魔族を拘束している手錠や足枷の鍵の在り処などが分かれば良かったんだけどな……
とりあえずロクスにできる限りの偵察報告をしに戻ろうかな。……ん??
「クゥン……」
『……』
……やっぱ気がついたか。一瞬で私の気配に気がつくなんてこの
『ごめん、今の私はワンコくんを助けられないんだ……』
獣人の悲しそうな瞳とその表情が私の胸を打つ。尻尾を丸めて項垂れる反応を見てしまうと……気になってしまうよ。
でも。
それよりもロクスに監視の目を掻い潜る段取りを合わせないと。
『……一応ロクスには言うべきだよね……でもなぁー、捕虜がいるって言ったらアイツ、〝助けてやろうよ!〟とか言うに決まってるんだよなぁー、弱っちいくせに気持ちだけは強いんだから……』
転移魔法陣が破壊されても困るし、早めにこの場を切り抜けたいんだけどなぁ。あー、もー!! 悲しいけど私はこいつら魔族に加護を授ける神ってゆーか主人ってゆーか!!
私だって放っておきたくはないんだけど……ロクスに死なれたら、また何年アイツの魂が世界に現れるかわかったもんじゃないからね……はぁ。
仕方ない、方法があるとしたら……アレしかないよなあ……。
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