第16話 見知らぬ紳士との食事


「ふむ……まさかお主のような小童に闇の精霊が加護を授けるとは……」


 ここに来た理由を〝魔王軍に入る糸口を見つけるため〟とは言わなかった。世迷言だとあしらわれるのが嫌だったから。

 ボクは腰に当てた魔剣を両手で差し出すように紳士さんに見せる。それにしてもシャドルトは意地が悪いよ、精霊の姿になってくれれば話しは早いのに。と、つい先日の彼女の発言を思い出す。


 そりゃあ頼りっぱなしは良くないのわかってるけどさ。頭の中で『いよいよとなったら助けてあげるよ、まずは自分でなんとかしてごらん』と彼女が言うものだから……。


 ボクは目の前に立つ紳士にここに至るまでの経緯を説明すると、彼は眉一つ動かさずじっと黙ってボクの言葉に耳を傾け聞いていた。なぜボクが見ず知らずの男性にここまで話せたのか? ……ウルフィの時と同じで彼にどこか懐かしさを感じていたからかも知れない。


「ふむ、小僧」


「…………なんですか」


 俯き話すボクの頭上から掛けられた声にポツリと返せば、最初の訝しげな顔つきはではない、少し優しそうな顔で紳士さんは話しかけてくる。


「ゆっくり話をしよう、着いてきなさい。腹も空かしてはいるのではないかな?? そちらの人狼、君も来たまえ。ご馳走しよう」


「おじさん……情けをかけるような施しなら願い下げです」


「おじ……こほん!! 小僧、下らぬ口論をするよりも、まずは私に言うべき言葉があるのではないかな? 気位が高いのは大いに結構だが──」


「ごめんなさい……そして、ありがとうございます、お気持ちだけはありがたく頂戴しま」


 グウゥ〜〜……キュルル……


 咳払いするおじさんの言葉に被せるように返答すると同時に盛大に空きっ腹を知らせる音が鳴ってしまい、ボクのお腹に紳士さんとウルフィの視線を感じる……多分今のボクは炎属性と言わんばかりに顔が赤くなってるに違いない。


 ……たしかにボクは、荒野に放り出されてからまともに食事を摂ったりはしていなかった。あるとすれば木の実を嚙り、小川の水で空腹を紛らわしたくらい。



「ワフフ! ロクス、カッコつけるのはよくないワンよ、紳士のご厚意を素直に受け取るのも戦士たる者のマナーワン!!」


「くっ! いちばんマナーがなってないウルフィに言われたくないし、そんなマナー聞いたことないんだけど?!」


「ワフワフ! まぁまぁロクス落ちつくワン。このオーガと話しをするのも良い情報が得られるかも知れないワンよ? というか、そもそもオレは腹が減ったとロクスにずっと言ってるワン!!」


 鼻息をふんすと鳴らしドヤるウルフィに腹が鳴るどころか少しだけハラが立つ。一体どこの誰のせいで余計な体力を使ったと思ってるんだ。お腹が空いたのと君が問題を起こしかけたのは別問題だというのに。

 街を行く堕天使族の方々や魔族の人たちが不思議そうにこちらを見てる中で、ボクらの会話は続く。


「ふむ、そうですな。 人狼の彼の言う通り、素直に私の厚意を受け取るがいいですなあ。ところで小僧、街中で大声で話すのはマナー違反とは思わんかね??」


「むぐっ……」


 何も言い返す事もできず、押し黙る。それにまたボク自身がとてもとてもお腹が空いていた事はもはや隠し切れない事実だし、それに相まってニコリと優しげな表情を浮かべたおじさんから顔を背け、彼の後ろをついて行く。

 道中、『ワッフルワッフル! 何をご馳走されるワンかね?! ロクス、遠慮なく食べるワンよ!!』なんて失礼極まる台詞を嬉々としてほざくウルフィの胸を小突く。


「着いたぞ、ここの料理長が作るセレム牛のカレーは絶品だ。小僧、カレーは好きか?」


「……はい」


「アオォオン! カレーは大好物だワンよ!!」


 少しばかりムスッとしながらも、連れて来られたダイニングレストランから漂うなんとも香ばしい良い匂いに生唾が出るのをなんとか堪える。……ウルフィは滝のように涎を垂らしてみっともない姿を晒しているけど。

 大きな店看板には太字で『ダイニングオーク』と書かれ、店の入り口はお洒落な煉瓦造り。ウェルカムボードには本日のお勧めなどが白のチョークで書かれている。一階のテーブル席には様々な姿の魔族が客として食事と会話を楽しんでいた。中にはお酒を飲んで騒ぐ者もいる。



「オックル料理長、カレーライスを三人分頼む」



 オープンテラスの日差しが差す気持ちの良い席に座りながら、紳士のおじさんが注文する。

 横ではウルフィが『オレのは超極盛りにして欲しいワン! おっとルーはひたひたのたっぷりでお願いするワン!」と図々しく注文しているがもうツッコミを入れる気にすらならない。


「グラッツェ! ……って、ウェドガーの旦那じゃないブヒか!!」


「久しぶりですな、オックル料理長」


「ブヒッ! ん? ウェドガーの旦那、いつから獣人とを従者にしたブヒか??」


「従者ではない。……私の知人の息子だ」


 ……このブタっ鼻というか豚顔のおじさん、ボクがダークエルフに見えるんだ。というかウェドガーと呼ばれたこのおじさんはウルフィのお父さんを知っているのかな? それにしても……このおじさん何者なんだろう。見ず知らずのボクらに食事をご馳走するだなんて。


 と、紳士と料理長の掛け合いを交互に見ていると、シャドルトが頭の中でポツリとボクにお願いをする。


『……ロクス、こっそり私にも一口カレーを……』


 精霊ってご飯を食べるんだ。以前に水の精霊の祠に供物を供えたりはよくしてたけど、まさか魔剣にカレーを一口くれてやるだなんてなんだか変な気分がするのだった。


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