第15話 堕天使族の都セルセレム


「はい、次の方どうぞ」


 ウルフィと一緒になってセルセレムの都の入り口で通行許可の承諾を受ける列に並びながら、堕天使族の都の大きさにボクは正直、圧倒されていた。

 シャドルトは精霊の姿を晒すと、あまりに大勢の魔族に声を掛けられてしまうだろうと危惧し、その場合頭が痛くなるらしく魔剣に姿を変えてやり過ごすと言って今はボクの腰に携われている。ウルフィに至っては『ハラ減ったワンよ』『ロクスとりあえずメシにしないかワン?』なんて食事のことしかないみたいだ。

 今食べたい物のレパートリーを想像して目をキラキラさせるウルフィに呆れながら順番を待っていると、ついにボクたちの番がくる。


 容姿端麗、端正な顔立ちの男性でどこか涼しげな瞳で速やかに受け付けを済ませていく様子の堕天使族の検問官さんの方へと、ウルフィを引き連れて歩み寄る。堕天使と名がつく種族だけに、翼はあるけど天使の象徴たる頭上の輪は見当たらない。



「はい、獣人……人狼族の方と、そちらの少年は……?? 君、どこの種族かな??」



 やっぱりそう思われるよね……、うん、予想通りの反応だ。たぶん怪しまれる可能性の方が高いと踏んだボクにとっては想定内。あらかじめ用意して置いた言葉を口に出す。……少しだけウソをつくのが心苦しいけど。



「初めまして、ボクはダークエルフ族のロクスです。今日は友人のウルフィに連れられて来ました」


「ワフッ! そうそう、オレの友人ロクスだワンよ!! ちょっとだけ人間の匂いがするけどれっきとした魔族だワン!! ブフッ」


 訝しげにボクを見据える検問官に向かって相変わらず能天気な態度。それでいてウルフィも空気の読めないヤツだと確認した。……いや、なんとなくそーだろーな、と思っていたけど再確認。


 何で人間とか言っちゃうんだよ、このバカ犬。そりゃ間違ってないし、ウソではない。ウソじゃないんだけどさあ。

 フサフサでモフモフな尻尾を振りながら、腕を組んで頷く彼に対してジト目をする。空気を読まないというか、バカ正直なんだから、この狼は。


「えっ?! に、人間?! ダークエルフ……族なんだよね?  ……たしかに銀髪碧眼で耳も少しだけ尖っているけど……肌は雪のように白いね君……なんで肌が褐色じゃないのにダークエルフなんだい……?」


 ほら、検問官が怪しんでる上に困惑してるじゃないか。ウルフィのバカやろう。


「いや、その……、あ! そうです! ボクはダークエルフとハイエルフの混血なんです。肌が白いのは母譲りで耳があまり長くないのは生まれつきだから……」


「え?! ロクスそうだったのかワン?!」


 ……あぁ、バカ犬め。話を合わせるとかないの? なんなの? 目を丸くして驚くなよ……。


「そ、そう……うーん……、ちょっと君達怪しいな……。とりあえず別室で詳しく話を聞かせて貰えるかな??」


「な、なんでだワン?! オレ達が怪しいだなんてお前見る目ないワンね!!」


 ウルフィ、喧嘩売るのやめてくれない?? 君の馬鹿力で検問官さんの机ぶっ叩くのやめておくれよ。真っ二つじゃないか。ったく、ボクとしては当然の結果だと思うよ。……バカ犬のせいで。

 ボクが喋った内容だけならすんなり通れたかも知れないのに、ウルフィの余計な反応のせいで怪しいを通り越してもはや危険人物だよ。

 検問官さんもおっかなびっくりしてすぐ警戒して術の詠唱の構えだし、もう一人の検問官さんなんて腰の剣を抜こうとしてるし……友好的と聞いてる種族といきなり戦闘とか勘弁してよ……!



『なーにやってんのよ二人とも……売れない漫才師にでもなるつもり??』


 シャドルトがボソッと呟きハッとする。そうだ、この魔剣を見せればボクが怪しいだなんて思わないのでは? ボクが魔族たる証拠を突きつければ大丈夫なはず。

 ボクの頭の中に語りかける、腰に携えた魔剣に視線を落とす。しかし、この判断は良くなかった。


「……君……やる気だね? 一体何が目的なのかな?」


「え!? ち、ちが」


 ボクが剣を構えると勘違いさせてしまう。……今回はあの聖騎士たちとの戦闘の時みたいに、『影潜り』を使ってコソコソと侵入なんてしたくないし……シャドルトに精霊の姿になってもらうしかないかな。

 じゃないと『お前らオレたちに喧嘩売ってるワンね? 吐いた唾飲むんじゃないワンよ!!』なんて大声出して喧嘩売りまくってるウルフィをどうにもできない。


 ……このままだとセルセレムに入るどころか牢屋に入ることになるかも知れない。


 そう思った瞬間だった。


「──ふむ、何の騒ぎですかな?」


「?! こ、これはウェドガー殿!!」


 ボクがそんな事を考えながら一歩後退りをしたところで、入り口の向こうからツカツカと足音を立てて歩み寄る一人の男性が検問官に声を掛ける……そのまま話を聞き流して興味なく通り去っていくのかと思ったら、その深めの黒い細身の紳士服に身を包む男性はなぜか普通に介入して来る。

 ……ボクのことがそのくらい怪しかったというのもあるかも知れない……この検問官さんが酷く恐縮して畏まってるのを見るに、魔族の中でもそれなりに権威がある偉い人なんだろう。


「いや、実はその……この少年なんですが……」


「ふむ……、理髪そうな顔つきをしてい……む?! おい小僧、その腕輪はどうしたのだ!?」


 ……ん、あれ……? この人どこかで見たような……。額から生えてる一角とその顔つきにボクは見覚えがある。……あ、シャドルトがボクに見せた記憶の中のオーガ族の男性……?? 魔剣ソウルイーターよりこの腕輪が気になるってことはやはり、あのベルグ荒野のオーガ族の生き残りの方だと思う。

 ボクが答えようと口を開こうとした瞬間、一角の紳士は検問官に「通してやりなさい」と指示を出しながら、紳士はボクに顔を向ける。……ボクは未だ魔剣に手を当てていたから、紳士はボクが警戒しているといった見解のようだ。


「そう怖い顔をするな小僧。もう一度聞く、その右腕の腕輪を一体どこで手に入れたのだ??」


「この腕輪は……ベルグ荒野のオーガ族のお墓を建てた時に見つけて……。彼らの仇を必ず打つと誓いを込めた形見ですが……何か問題がありますか……?」


 ……ねぇウルフィ、いい加減検問官さんにメンチ切るのやめなよ、顔が近すぎるよ。『通って良いらしいワンよ? あぁん?』って、拭いきれないほど下っ端感満載のチンピラだよ恥ずかしいな……。堕天使族の皆様はシャドルトが言うには友好的なんだからさぁ。こちらの紳士さんも呆れ顔だよ。


「いや……、問題はない。そうか、墓を……、小僧、お前の種族はなんだ? 親はどうした? ……言ってみなさい。ただし正直にな」


「……ボクは……魔族でも人間でもありません。ごめんなさい、ウソをつきました。ボクはダークエルフと人間の混血で、父の名はアズラ=ウール、もうこの世にはおりません……亡くなりました。母は……」


「ふむ……アズラの……。わかった、もういい」


 紳士さんがズカズカとボクのことを知ろうと踏み込んで来るのは仕方ない。それに嘘をつくのはやっぱり嫌だったし、もしセルセレムの魔族たちがボクを受け入れてくれないならまた別の方法で魔王様に近づくことを考えればいい。そんな前向きな思考が働いていた。

 でも……父の名前を出したことで、優しかった父さんを思い出すと胸が苦しくなり涙ぐみそうになってしまう。


「小僧……なぜセルセレムに来たのですかな?」


「……人間たちに追放されたからです。ボロボロになって死ぬ寸前に闇の精霊シャドルトに助けられて……セルセレムを目指せと。……これが証です」


「ッ! ……それは魔剣ソウルイーターではないか!!」

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