第14話 転移、そして朝陽を浴びて


「……人間たちが倒れてる……」

「ほんとうにあなたがやったの? ……凄い」

「あぁ、私たち助かったのね……!」

「ありがとう、坊や……!!」


 涙を流す女性もいれば、抱き合って喜びを分かち合う女性もいる。感謝の言葉を投げかけるその女性たちの傍らで、最初にボクを『貴方を信じる』と言ってくれた蒼髪で三つ目の可愛らしい女の子が物言いたげにボクを見上げていた。


「……無事でよかったね、ほんとうに良かった」


「うん……、、……助けてくれてありがとう」


「……え、あぁ……うん。どういたしまして」


 妹のエイナより少しだけ歳が上のような感じがする女の子に照れるような表情でお礼を言われる。


 なんて名前の女の子かわからない……けれど……。

 ……お兄ちゃん、か……。彼女を見据えるボクの脳裏に離れ離れになってしまった妹の顔が浮かぶ。


 エイナとは似ても似つかないけれど……。


 彼女は最初毅然とした態度でボクのことを『貴方』と呼んでいたのに、親しみを込めて『お兄ちゃん』と呼んでくれたことにボクはなぜだか胸を打たれていた。……それはたぶん、ボクという存在を受け入れてくれたのが嬉しかったんだと思う。


「ねえ、私たちは助かったけどこれからこの場所に訪れる魔族はどうするの??  ここを封鎖していた人間達が伸びてるとはいえ、いずれ目を覚ますわよね??」


 しかし唐突な一人の女性の言葉によって、不安要素が浮き彫りになる。すると女性たちが再度不安そうな表情を浮かべてしまう。

 確かにそれを聞くと、彼女達を助けたと言うのに他の魔族が救えなくては意味がなくなってしまう。


 しかし。


『それについては対処済み。今マヌケな面をして伸びてるヤツらはどこか遠くにでも飛ばしてやるし、このゾナン遺跡にはこれから魔族しか入れないように結界を施したから。よほど強い人間じゃなければ私の結界は破れはしないさ』


「「精霊様がそう仰って下さるなら……」」


『まあとりあえずは一安心、といったところさ』


 そう言ってシャドルトがパチリと指を鳴らすとマルゲリフとその一味の姿が闇に包まれ消えていく。気になるのはシャドルトがボクの頭の中で呟いた内容だ。


『本来ならこの世からこいつら今すぐ消してやりたいところだけど……私もまだ全力を出せないからなあ……』


 この呟きに疑問を持つけど今はそれを追求している場合じゃない。とにかくこの場にずっと留まるわけにはいかないのだから。


「……皆さん、着いてきてください」


 心配そうにする女性たちと、これからの未来に興味津々といった様子のウルフィを引き連れて石柱に囲まれた転移魔法陣の側まで寄る。



「ようやくですが、これで皆さんほんとうに大丈夫です」


「精霊様、コレはみんな同じ場所に行くワンか??」


 ウルフィが近付くと仄かに紫の光を帯びる転移魔法陣を見て空気を読まず質問をするウルフィ。そんな彼にシャドルトはこの転移魔法陣は堕天使族が暮らす『セルセレム』付近の魔法陣に直結していると説明をする。それとは別で、念じることで魔族がいる場所を指定して転送できる特別な転移魔法陣もあるらしい。


「これを利用してみんなで『セルセレム付近』まで飛ぶワンねえ」


「みんなは大丈夫だろうけど、ね……」


 ボクが混血だから作動するかはわからない。だからといって試さないわけにはいかないし。女性たちを中心に、外周部にボクとウルフィが転移魔法陣に足を踏み入れたところで、シャドルトに教えられた通りに転移魔法陣を作動させる為の詠唱をする。


「『求めし彼の地へ誘いたまえ……トランス・ファー開け転移の門』」


 ボクの身体がふわりと浮くような、吸い込まれていくようななんとも言い難い不思議な感覚に酔いながら、暗闇に落ちていくようなほどに強く瞼を閉じる。


「ワフゥッ!! ワン!! ワワン!!」


 ウルフィがもの凄く喧しい。ごめんだけど……ちょっとだけうざったい。



  ◇



「ん……?」


 少し経ってからボクを包み込む不思議なその感覚が徐々に収まるのを感じ取り、ゆっくりと瞼を開く……するとそこには転移が成功したと物語る美しい光景がボクの目の前に広がっていた。

 ボクの周りを尻尾を振りながらまるでほんとうは犬なんじゃないかと思うほどはしゃぎ回るウルフィに多少呆れながらも、眼下に広がる美しい大地……緑が溢れ、清らかな川が流れる大自然に目を奪われていた。


「──なんて綺麗なんだ……」


 聖騎士達との戦闘からいつの間にか、かなりの時間が経過していたようだ。堕天使族が住まう『セルセレム』付近にあるだろう転移魔法陣は小高い丘の頂上付近と思しき場所にあった為に、朝日が燦々と輝きながら全てを照らし出すそこからの眺めがとても美しく思える。


 ……途中でボクは死と絶望の縁に立たされたと思ったけど、そんなことすら忘れさせるほど、魔族が住む大地は美しいものだった。

 人間達を打ち砕くような気配すら漂わない別世界のような大地にボクは、大きな何かに包み込まれるような感覚すら感じていた。



「……シャドルト、あそこがセルセレム? まるで都じゃないか」


 少し視線を横にずらすとボクが知ってる人間達の街とは比べ物にならない……大きな壁に囲まれた都が目に映る。

 そこへと向かう魔族らしき者たちの姿を目にしたその時、ボクらの他にもセルセレムを目指す魔族が居るのかという感想が湧く。


『そそ、堕天使族の住む都。今の魔王の故郷だね』


「ふぅん、魔王様の……ね……」


『あ……ごめん。ッて考え込むのナシナシ! ナーシ!! 暗くなるのやめてくんない?! いくら私が闇の精霊だからってさあ!!』


「暗くなんかなってないよ、別に」


 ボクが人間達から追放されたばかりだっていうのに、相変わらずこの精霊は空気が読めないな。ていうか、前向きで明るい性格である彼女はほんとうに闇の精霊なのかと疑いたくなるよ。


「ロクスさん、助けてくれてありがとうございました」

「ほんと、なんてお礼を言ったら良いか……」


「お兄ちゃん……ありがとうございます」


 そしてボクを囲むように最後まで頭を下げて感謝を述べる、額にもうひとつ眼を持つ種族と髪の毛が針葉のような美しい女性達の礼儀正しさには好感が持てる。

 思い出せば人間の女性にこんな風に優しい言葉を並べてもらったことはなかったかな。……母さんとエイナ以外には。


 蒼髪の女の子は両の手の平を胸の前で握りしめながら、少しだけ頬を赤らめていた。


「……わたし、お兄ちゃんにいつかまた会えるように、神様にお願いするね? うん、毎日!!」


「あはは! うん! ……そうだ、今さらだけどボクの名前はロクス。ロクス=ウールリエル、ボクも君にまた会えるようにリィファ様にお願いするよ!!」


「わたし、ストラ! 三眼族のストラ=リアンネ!!」


 そのまま少しだけ会話をしてから、ストラは母親であろう女性と手を繋いで歩きだす。少し距離が離れたところでストラが振り返り、小さく手を振っていた。そんな彼女に対してボクは大きく手を振り彼女達を見送る。

 ……もしリィファ様の思し召しがあれば、きっとまた彼女に会えることもあると思う。


 本当にリィファ様が魔族に対しても分け隔てない優しさをお持ちなら必ず叶うとボクは信じている。……『魔族に神などいるものか』と宣う聖騎士の姿が頭にチラつくけれど……それでも。



「──で、ウルフィ。これから迷惑かけるかもしれないけれど、どうかよろしくね」


 ボクの横に立つウルフィに顔を向け、真っ直ぐに見つめたその時だ。


『ダサッ!! ロクスだっさ!! そこは〝よし、行こうぜ相棒!!〟でしょうに……』


「るっさいなあ! これから距離が縮んでいけばそう言うよ!! シャドルトは少しボクをバカにしすぎだよ!!」


「ワフフ!! でもロクス、精霊様の言う通りだワンよ?? オレ達はもう友達で、仲間だワン!! 迷惑なんて、かけてかけられて当たり前、助け合っていくワンよ!! ──よし、行くワンよ相棒!!」


「……ぷッ……あはは! うん、行こうウルフィ!! シャドルト、これからもよろしく!!」


『ふふ、そーそー。そーゆーフランクさ嫌いじゃないよッ』



 ──こうしてボクはこのモフモフモサモサの白い毛を靡かせる人狼ウルフィと、魔剣にも精霊にも姿を変えるシャドルトと共に、生まれて初めて目にする魔族の都へと足を向けるのだった。


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