幕間 聖印の勇者

第45話 魔剣士ロクスの妹


 ここは帝都……神の在します都。そびえる塔の群れから鳴り響く教会の鐘の音は創造神である女神リィファさまへの讃歌。ここでは人間たちすべてが神の子として在るのだけど、わたしはこの都がだいきらいだった。


 こうていへいかも、教皇さまも、おとうさんも、まだ幼いわたしに背負いきれない運命を強要し、だいすきなお兄ちゃんをわたしから奪い去ったから。



 『聖印の勇者』

 リィファ様に選ばれた、この世界を導くただ一人の運命の子。


 ──それがわたしだった。


 勇者だからと世間がわたしをどんなに褒め讃えようと、そんなのこれっぽっちも嬉しくなんてなかった。ほんとうのわたしはよわっちくて、お兄ちゃんがいなくなってしまった家と、勇者としてしか生きることを許されない帝都との狭間の小さな丘で、泣き続けたのがほんとのわたし……



 「お願いです……いいこになるのでどうかお兄ちゃんを返してください」と毎晩リィファ様にお祈りをする。



 ……だけどわたしのお祈りは、聞き届けられなかった。




   ◇



 お兄ちゃんはいつだって、わたしの勇者でした。

 わたしは寂しがりやで、「おにいちゃん、待ってよぅ」といつも、兄の後ろ姿を追いかけていました。


 一緒に森や川で遊んでいるといつの間にか日が暮れかけている……そんなことがよくありました。


 わたしは泣き虫で、すぐにころんでケガをしてばかりだけれど、おうちに帰る時にはそのケガは綺麗に治っていました。

 それは、いつもおにいちゃんがまほーを唱えてわたしのケガをふわっと撫でて治してくれていたからです。



「うわぁああん! いたい、いたいよぅお兄ちゃん!」

「大丈夫、大丈夫だよエイナ。ぼくのまほーでエイナのケガなんかどこか遠くへ飛んでいってしまうから……ほうら!」

「グスっグス……? ぁ……いたくない……いたくないよおにいちゃん!」



 お兄ちゃんはまほーが得意でした。ひもみずも、かぜもだいちも精霊さんはボクの友達なんだって、わたしに自慢げに話してくれていました。

 ……でも人族ではまほーを使うことは禁止されていたので、いつもこっそり見せてくれていました。



「せいれいはみんな、ボクにすごく優しいんだ! たまにお父さんを連れてきてくれるし……」


 いつもいろんなことを教えてくれるんだって、得意げによく言ってました。


「さっきエイナの傷をけしたのも、お父さんが精霊にお願いしてくれたからなんだよ? ありがとうお父さん!」

「……?? お兄ちゃん、へんなのう。おとうさんなら今日はおしろにおよばれしていないんだよ」



 わたしが首を傾げてそう言うと、お兄ちゃんはにこにことおかしそうに笑っていました。



 ……まるでむりをしているかのように。



 お兄ちゃんはいつもいつも、お父さんにいじめられていました。


 おかあさんはお兄ちゃんをかばって、よく泣いていました。小さかったわたしにはよくわからなかったけれど、その原因はお兄ちゃんにまぞくの血が流れているということでした。


 お兄ちゃんはいつも涙を堪えていました。頬や腕にアザをこさえない日はなくて、そんな時は決まってわたしにこう言いました。



「お兄ちゃんが泣いたら、おかあさんとエイナが心配するだろう? お兄ちゃんはいたくても、まほーですぐいたいのがけせるから大丈夫!」



 お兄ちゃんはわらっていたけど……わたしにかくれて泣いていたのを覚えています。



 ある晴れた日、聖リィファ教会の人たちが来てわたしのおでこをさわって顔を見合わせながらこう言いました。



「運命の子」

「リィファの使い」

「勇者は選ばれた」



 やがてわたしは、勇者として帝都にある教会によく行かされるようになりました。お兄ちゃんと一緒にいる時間はどんどん減っていきます。


 だからわたしは勇者なんかになりたくなくて、いじめっこになります。そうすれば教会のひとたちも、かんちがいだって思ってくれると考えたから。


 だってそうでしょ?


 勇者がいじめっこなはずないじゃない。


 わたし……お兄ちゃんともっと一緒にいたかったから。



 ある晴れた日の午後、町でおんなのこをいじめていたら、お兄ちゃんに見つかって初めて頬を叩かれたのを思い出します。



 お兄ちゃんは、わたしのまえでぼろぼろと涙をこぼし、泣きながらこう言いました。



「いたいだろうエイナ! お兄ちゃんもいたいんだ!」



 わたしはお兄ちゃんにぶたれたショックでわんわん泣いてしまいました。

 そして、お兄ちゃんはいたいのにまほーを使いませんでした。


 ふたりで泣き腫らした目をして手を繋ぎ、ようやくおうちに帰るとこんどはお父さんがお兄ちゃんをたたきはじめました。



「勇者にてをあげたまぞく」として。



 ちいさいのに、お兄ちゃんはなにもわるくないのに、わたしのせいでぶたれていました。


 勇者のせいで、まぞくの血が流れるお兄ちゃんは人間にたたかれていました。


 ヒトのお父さんにさいごまで優しくされることなく。



 しばらくすると、わたしを叩いたお兄ちゃんを見た〝よげんしゃ〟と呼ばれたおばさんがお兄ちゃんに向かって『このこはわざわいのげんきょうになる』と言って騒ぎ立てると、教会からせいきしのひとたちがやってきてお兄ちゃんをどこかに連れていこうとします。



 それを見たおかあさんは悲しそうにしてるけど、なぜかなにも言ってくれませんでした。



 わたしは


「いやだ、いやだようロクスお兄ちゃん! わたしをひとりにしないで!」と涙を流して叫びますが、せいきしのひとたちはお兄ちゃんをどこかへ連れていってしまいました。



 わたしは 


 わたしのせいで


 だいすきな兄をうしなったのです。

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