第46話 魔剣士ロクスのライバル。その名は聖騎士シュンラン
お兄ちゃんがいなくなってから移り変わる季節をどれくらい迎えたんだろう。
夏が終わると残暑が遠のいて、露骨なほど秋らしい顔を見せる。秋風が木々を揺さぶると木の葉がひらひらと舞い落ちていく。
勇者として必要なことだと〝こうていへいか〟と〝聖スーリュカきょうこうさま〟に言われてわたしは、剣術や神詠術、古代文字から何から何までべんきょう、べんきょうの毎日。そんなわたしにいろいろと詰め込もうとするリィファ教会直轄の〝聖リィファ学園〟の先生たちの授業は極めて不愉快だった。
わたしにしか使えない神詠術の覚醒と強化。
体力や精神力の鍛錬。
聖剣技。
……そして、魔族を殺す理由。
そんなわたしの学園の成績はいつも……最下位だったけど。
◇
朝。
顔を洗って歯を磨いて支度を済ませると、帝都からの迎えの馬車に乗る。
(いやだなあ……おべんきょうするの……)
憂鬱な気持ちのまま馬車に揺られていると、やがて到着したのは学園ではなく、広場に面して建てられた聖リィファ教会大聖堂だった。大きくて繊細な美しいその外観は迫力があり、初めて訪れた時は二つの塔のその大きさに驚いたのを覚えてる。
近づいてみると、数多くのレリーフや彫刻が細部に至るまで施されていて、とても丁寧に作られた歴史ある建物なんだそう。中は荘厳な雰囲気で、しゃんとするのが苦手なわたしでも思わず背筋が伸びてしまう。
大聖堂内はさまざまなステンドグラスが飾られていて、そこから差し込む光が聖堂内をより美しく照らしていた。
中へと進むと白色の石材で創られた、とても大きなリィファ様の神像が視界に入る。神像の前には祭壇が設けられ、司教座に腰掛けるスーリュカきょうこう様がいた。
(わたしスーリュカさまと……おはなしするのすごくイヤなんだけどなぁ……おっかない顔だしくちくさいし……)
「──スーリュカきょうこう様、おはようございますっ」
「うむ。おはよう勇者エイナ。今日も元気じゃの」
そう言うと、スーリュカきょうこう様は目を通していた聖典をパタンと閉じて教壇の上にそっと置いた。
「ところでエイナよ、お主……学園での成績が思わしくないようじゃが?? 教師たちが嘆いておるのじゃがの」
「うーん……スーリュカさま、わたしおべんきょうにがてなの……」
「そうか、ならば仕方がないのう……などと言うと思ったかこのたわけがッ!」
「ひっ!!」
わたしはスーリュカさまの声に身体をビクッと震わせて、視線をあさっての方向に向ける。
「よいか、エイナ……! お主は創造神リィファに選ばれた〝聖印の勇者〟なのじゃぞ?! その名に恥じぬ勇者に育ってくれねばリィファ教会は面目まるつぶれじゃ!!」
「えぇー? でも……スーリュカさまわたし……」
「でももへったくれもないんじゃあッ!」
「ひゃいッ!」
怒りと理不尽を振りかざしたスーリュカさまの大声が大聖堂に響き渡る。〝へったくれ〟ってなんだろ、と考えたのは後のはなし……。
「今のままではお主が新しく現れた魔王を倒す未来がワシには見えんのじゃ!! 無駄飯ばかり喰らう勇者など聞いて呆れるというもの……エイナよ、お主には勇者としての自覚が足りないのじゃ!!」
怒りを露出して机にドカリと拳を振り下ろす威圧が始まる。その声が反響して大聖堂のステンドグラスがビリビリと怯えたように震わせる。
震えてたのはわたしもおんなじだけど。
それにしてもスーリュカさまの叱責はいつも厳しくてしつこいから嫌になっちゃう。
すると、ひとしきり毒づいたスーリュカさまはコホン! と咳払いをして長いおひげを撫で下ろしながら言った。
「……さて、そんなお主に別の方向で勇者としての教育を授けようと考えておる」
「な、なんだろ……ヤだなぁ……」
スーリュカさまの迫力に気圧されたというのに、わたしはいつのまにか心のままに答えていた。スーリュカさまは「……まったく……」と呟いてから再びコホンと咳払いを一つして、真顔でこんなことを言いだした。
「昨夜ワシはリィファ様に祈りを捧げながら考えたのじゃよ。『エイナを最も効率的に勇者たらしめるには、どうすればよいじゃろうか』とのう。すると、リィファ様よりの天啓か、ワシは閃いたのじゃ。──のうエイナ、お主に専属の教師をあてがうというのはどうじゃろうかの?」
「せんぞくのきょうし……ってなんですか……?」
「うむ。勇者として成長するにはやはり、それに近き者から教わることが一番よいと考えたのじゃ。それに何より、まだ幼きお主には世話係も必要だとのう」
「えっ……はぁ」
間抜けな声を出して首を傾げるわたしだったけど、スーリュカさまは構わず続けた。
「それでどうじゃろうかの? ワシ的には、聖リィファ教会聖騎士団、ロイヤルアークナイツ第一師団長を務める聖騎士を推薦しようと思うのじゃが」
「せ、せいきし? だいいちしだんちょ??」
せいきし団にはいくつも師団があり、その中の第一師団長を任されるのは、せいきしの中でも最高峰の力を持ち、わたしの次にリィファ様より加護を授けられたヒト。
「『第四師団』を任せておるお主の叔父には別命を与えておるでな、併せてお主の教育となると荷が重かろう。『第ニ、第三』は不手際ばかり起こすしの、信用ならん。ならばここはやはり、我が聖騎士団の最も信頼のおける者にお主を預けるのが的確じゃろうて」
「でもわたし……お兄ちゃんを連れていったせいきしなんてキライ。ぜんりょくでイヤですっ」
わたしはだいすきなお兄ちゃんを連れていってしまったせいきしのヒトたちを嫌っていた。
そんなわたしが、せいきしの言うことを素直に聞いていられるとはとても思えなかった。
「まだそんなことを言っておるのか! ……まぁよい。既にワシが決めたこと、口答えは許さぬ」
「えぇ〜〜……? そんなぁ……。わたし知らないヒトにがてだし……」
そう答えると、スーリュカさまは眉間にしわをよせて、わたしを睨みつけて言った。
「口答えするなと言ったばかりではないかッ! よいか?! ワシに言わせたらお主が勇者として成長できない理由が全て、学園の教師がお主に手を焼いたという事実に集約されておるのじゃ!
どちらにせよエイナ、お主は勇者として神に選ばれたのじゃからその運命を受け入れる必要があるのじゃ! ワシが授ける事象も全て運命として受け止めよッ! ……なに、ワシもできる限りの協力はするでな……!」
スーリュカさまの言うことを聞いていたら、わたしはだんだんと腹が立ってきた。もう! なんなのさっきからゆーしゃゆーしゃってうるさいよ! くどくど嫌味ばかり言って……くちくさい! 歯を磨いてよおじーちゃん!
……と、こんどは口に出さず、わたしは黙って頷いた。
「はぁい……わかりました……。あんまりやっていける自信はないけど……スーリュカさまのおじひをありがたくちょーだいいたします……」
「うむ。それでは決まりじゃの! では入ってきてもらえるかのう」
スーリュカさまが目配せをしたその先にいる神官さんがいくつかある大聖堂の扉の一つを開くと、新たに一人のせいきしのおにーさんが入ってきた。
黒髪のびしょーねんだった。お兄ちゃんよりはかっこよくはなかったけど。びしょーねんはスーリュカさまの隣に立ち並ぶ。
「紹介しよう、この者が若人ながらもロイヤルアークナイツ筆頭を任せられるほどの力量の持ち主。シュンラン=ハルティザークじゃ。この者がエイナの教師として体術・聖剣技・聖法術の指導をしてくれよう。魔族にも新たに〝魔王〟が現れたと耳にしておるからの……急ぎ精進するのじゃぞ」
「初めまして、勇者エイナ。私のことはシュンランと呼んでくれ。これからよろしくね」
「え、えっと……はい。よろしくおねがいします」
これがわたしの、はじめて信頼できるせいきしとの出会いだった。この時はまだ……まさか、ロクスお兄ちゃんとこのせいきしのおにーさんがライバルになるだなんて、まったく知る由もなかったのだけど……。
わたしの、ゆーしゃとしての修業が始まる──
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