第44話 追放編・最終話 魔王軍

 宴の夜から朝を迎え、ボクらは竜化したロウアンの背に乗って竜族の里を飛び立つと僅か二時間程で魔王エノディア様の待つ魔法王国へと到着していた。

 竜族の長でもあり、エノディア様と魔王の座を賭けて勝負した戦士ロウアンが「さっさと行こうぜ、ダチ公」と落ち着き払った声をボクに向け、悠然と魔王城大階段を上り始める。


 ウェドガーさんを先頭にして、ボクらは追従して魔王城の中を歩いていた。

 城の中を進めば進むほど、エノディア様に近づけば近づくほどに、竜族の戦士ロウアンから放たれる闘気が膨れあがっていくような感じがする。

 そりゃそうだよね、つい一昨日まではエノディア様に敵意しか持っていなかったんだから。

 城内の大回廊を一歩ずつ足を進めながら、無言で宙を見つめているロウアンの視線は一体何を思い、何を考えているのだろうか……一触即発……だなんてことにはならないと思うけど……。


 やがて玉座の間の扉の前でぴたりと足を止めると、ウェドガーさんが扉を開く。


「エノディア様、竜族の長ロウアンを連れて参りました」

「……うむ。ロクスよ、よく戻った」


 ボクらはエノディア様の御前ということもあり、片膝を突いて頭を垂れ、傅く姿勢をとる……のだけれど、ロウアンだけはエノディア様の前だというのに突っ立ったまま、玉座に座る彼を睨み見ていた。


 竜族の長ロウアン、彼もまた比類なき覇気を備えた魔族。魔王エノディア様と命がけで戦った天を突く気概を持つ者。


 ──竜族の希望、魔族の英雄アウラスの相棒竜戦士ガルドラの生まれ変わり──。


 刹那の沈黙が流れ、それを破ったのはロウアンだった。


「よぉ、久しぶりだな堕天使」

「そうだな……ロウアン、いや、よく参られた。礼を言う」

「ふん、堅苦しいのはいらねーからよ……てめぇの口から俺を呼びたてた用件を言えよ」


 そう言って踏ん反り返るロウアンに対して、膝をついていたウェドガーさんが立ち上がり、腰に携えた剣の柄に手をやり、「ロウアン、貴様それを知っているはずであろうが! 魔王様に対してなんたる無礼であろうか!」と声を荒げる。


「良いのだウェドガー、矛を収めろ」

「は……しかし此奴……」

「ウェドガー、二度言わせるな。其方は余とロウアンの話しを黙して聞いていればよい」

「は……」


 ウェドガーさんが再び膝を突くと、魔王エノディア様の言葉を待つボクらを彼は見下ろして、押し黙るウェドガーさんから視線をロウアンへ向けて言い放つと、玉座から立ち上がり一歩ずつボクらの方へと歩み寄る。


「ロウアン、其方に以前も伝えた通りだが……今こそ全ての魔族が手を携え、巨悪の根源である人間たちに立ち向かう時。竜族も我ら新生魔王軍にどうか協力してほしい……。

 ……この通りだ」


 すると、魔族の王は竜族の長へ向かって頭を下げていた。その様を見たボクは最初に感じた魔王の風格とはどこかかけ離れているように思う。それでも親しみの持てる印象ではあるし、決してマイナスの評価を抱く理由にはならなかった。


「チッ……堅苦しくすんなって言ったばかりじゃねーか……。ふん! おい、。顔上げろよ」


 ロウアンもエノディア様が頭を下げたことが以外だったのか、戸惑いながら顔を上げるように促した。そして、ボクもロウアンがエノディア様に向けた〝魔王〟の突然の言葉に思わず顔を上げて二人を見る。


 エノディア様はゆっくりと顔をあげ、ロウアンは敵意のない表情で彼を見やる。

 そんなロウアンに対して今ボクが抱いた印象は優しげな青年といったもので、昨日までの無骨さは皆無だった。



 そうしてボクは心の中でエノディア様とロウアンの評価を纏めていると、ふとロウアンの視線がボクへと向けられた。


「──俺はダチ公に協力すると約束したからよ」

「ダチ公?」

「あぁ、そうだ。てめぇが俺に差し向けた懐刀……ロクスに協力するって言ったんだ。勘違いすんなよ? 俺ぁ魔王の部下として来たんじゃねえ。ロクスのダチ公としてお前に協力してやるんだからな」


 ロウアンにそう声をかけられ、エノディア様は目を丸くしていた。

 この圧倒的なまでの強者の気配を持つロウアンにとって最大限の柔らかい物言い。どこか感情が篭もっていないようにも聞こえる口調だけど、エノディア様に敵意を向けていたロウアンが、〝魔王〟と呼んだことと、ボクらの前でエノディア様に協力すると言ったことが、ボクはなんだか嬉しかった。


 すると、魔王エノディア様は一拍おいて口を開く。魔族根絶と世界の支配種たらんとそれだけを目標に力を振るう魔族の敵への思いを乗せ、真剣な眼差しでボクらを見つめて言った。


「人間……我ら魔族の天敵。奴らは纏まり、皇帝や教皇という柱の元、聖騎士や術士どもが我らを滅する為だけにその力を振るう」


「大地を汚し、我ら魔族を襲い、己が欲の捌け口にする……すべての生き物が自らに従うと信じて疑わないどこまでも傲慢な種族だ!!

 ……しかし奴らの千年王国も終わらせてやる。なぜなら我ら一族がついに手を結び、立ち上がったからだ! 我ら数千年の怒りが……全ての魔族の想いが! この世界を……人族の腕から解き放つッ」



 言い放たれた魔王エノディア様の言葉が玉座の間に響く。一瞬しん、と静まりかえったあと、周囲でこれまでのやり取りを見守っていた魔族たちから喝采が沸き起こる。


「「「うおおおおおおおおお!!」」」


「今こそ人間たちに裁きの鉄槌を下さん!! 皆、余に力を貸してくれ!!」


「「「今こそ立ち上がる時! 我ら魔族に栄光あれ!」」」


 この瞬間、魔族同士で争い合っていた時代がボクの前で終わりを告げようとしていた。ロウアンはボクの方へと向きを変え、「ロクス、これからもよろしくな」と湧き上がる歓声の中で手を差し出すと、「もちろんさ、ロウアン」と言ってボクは再び彼と固く握手を交わしていた。



 ──そしてこの日からいよいよ、魔王軍の将軍としてボクが人間たちと正面からぶつかり合う生死を賭けた大戦が幕を開けるのだった。





  ◇


【 予告 】

幕間後、新章突入。


幕間にて主人公の妹のお話し。


新章 覚醒編 聖魔大戦の章


数話を挟み主人公は成長し、一人称が「俺」に変化します。




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