第43話 宴
竜の背に乗って、ウルフィとウェドガーさんを連れて再び竜族の里に降りたったボクらは、ロウアンから「魔法王国へ行く前にメシ食ってけよ」「ガルドラの墓参りもな」と告げられた。
そして、ロウアンは竜族を集めるとこれからのことを大きな声で話していた。
今後はエノディア様に協力する、だがちょっとでも弱さを見せたら魔王の座を奪ってやると。そんなロウアンは竜族に向けて叫ぶ。
「まぁダチ公からの頼みなら仕方ねえ、それにロクスは俺ら竜族の友人『アウラス』の生まれ変わりだッ! てめぇら異論はねえな?!」
「「「長の仰るままにッ!!」」」
かくして、ボクらはこの夜竜族の夕食に招かれることになった。ウルフィは涎をダラダラと垂らしながら相変わらずみっともない様子を見せる中、ウェドガーさんが竜族の長へ向ける視線はどこか気をまだ許していないようだった。
◇
「てめぇら、俺のダチ公ロクスと魔族の未来に乾杯だ!!」
「「ロクスと魔族の未来に乾杯!!」」
各々が持つお酒の入ったジョッキが打ち合う音を鳴らせる。
激闘の末に竜族の長ロウアンを打ち負かしたボクは、宴の前に彼と一緒に『竜戦士ガルドラ』の墓前に手を合わせ、祈りを捧げ戻ってきた後のことだった。竜族は友人を招く時は盛大に宴を催すのはいつもの流れらしい。
広場で催された宴はテーブルなんて無く、各々胡座をかいて座っている。目の前にはよく冷えた発泡性のある金色の飲み物の他に、たくさんの料理が並び、中心にはひどく大きな……それこそドラゴン一匹入ってしまうような大鍋の中、具材がグツグツと煮えたぎっている。
加えて料理の大半が肉料理で、唖然としたのはボクらが乗ってきた二角馬まで料理されてしまったことだ。
───
─
「絶対足りねーからお前らの馬を寄越せ」
と言ったロウアンにウェドガーさんは顔を訝しめる。
「……何をふざけたことを、我らの馬を喰らうだと?」
「ああ、そうだ。つーかそう怖い顔すんなよ。俺らがお前らに協力してやるんだぜ? 小せえこというなウェドガー。それとも? 納得できなきゃ力づくで話つけるか? あ?」
バチバチと睨み合う中、ボクはウェドガーさんに向け告げる。
「まあまあウェドガーさん、エノディア様にはボクから話すよ。いいじゃないか、ボクも馬を食べる機会なんてなかったし」
そう言って宥めると、ウルフィが割って入る。相変わらず空気は読めない奴だ。
「オレも馬食ってみたいワン! 馬刺し! ユッケ! 鍋!!」
「わかってるじゃねえかウルフィ! ちなみに馬は立て髪んとこの肉がよ、脂が乗って旨いんだぜ?」
「ウルフィ殿も何をバカなことを……では帰りの徒は歩いて行けと? 何日もかかるではないか!!」
「ウェドガー、てめぇ頭のかってぇ野郎だな。俺の背中に乗りゃひとっ飛びだ、てめぇは乗せたくねえけどよ」
そう言ったロウアンは、分厚い肉に齧り付く。ステーキやスペアリブ、ソーセージなど、脂ぎったメニューばかりだけど竜族と他一匹のワンコが気にすること無く次々にガツガツと皿を空にしていく。
竜族というのはウルフィと同じで大食いばかりみたいだ。背が高くガタイの良いロウアンはもちろん、取り巻きの仲間でさえその食事量は常人よりも多い。負けず劣らずモリモリムシャムシャと皿を平らげるウルフィも凄いけど……。
──
───
竜族(とバカ犬)の食がもの凄い速さで進んでいくなかで、彼らのグビグビ、グイグイと飲むお酒の量も比例して増えていくのにも圧倒される。初めは人間たちとのこれからの戦いに向けてなど真面目な話題も多かったのに、気がつけば酔いが回り大声で談笑をするようになっていた。
「それにしても、ロクスが従えてる魔剣のお嬢ちゃんがなかなかの別嬪さんてのは驚いたぜ! 闇の精霊ってのはなんつーかこう……厳ついゴリラみてえなヤツだと思ってたからなあ!!」
『わたしロクスに従ったつもりないんだけど。あとゴリラとかふざけんなし』
「お? ついに口開いてくれたか! お嬢ちゃん酌をしてくれよ酌を!!」
『ヤダ! ムリ! 私ガサツな男マジムリだから!!』
ロウアンやウェドガーさん、他竜族からの希望とボクからのたってのお願いで、シャドルトはついに魔剣から精霊の姿へ戻っていた。ロウアンは酔っていて、あろうことか闇の精霊を口説き始めるし、ついにお酒に屈したウルフィはグースカいびきをかいて眠りこけていた。
とはいえ、ボクも生まれて初めての竜族のお酒を飲んでみたものの、正直なとこ非常に不味い。なんでこんな飲み物を美味い美味いと飲んでいるのか意味不明だ。
ボクがまだ子供だからなのか、このお酒の味には共感が持てなかった。しかしふと昔、父さんが飲んでいた果実酒を思い出す。赤紫色のふんわりとして甘い香りのお酒をこっそり盗み飲んだ時はあまりの美味しさに度肝を抜かれたものだ。
でもその時はほんとにちょこっと飲んだだけだったし、もし酔っ払っていたらロウアンのようになっていたかもしれない。
お酒って……怖い。
それにさ、いつもは厳格で凛々しい紳士のウェドガーさんも、竜族の魅力的な女性にお酒を注がれて心なしか少しだけだらしない顔をしているようにも見えた。
竜族はプライドが高く、負けを認めないところが癖のあるところだと聞いてはいたけど、友人や仲間とひとたび認めると寛容で、ボクも他の竜族やその女性たちと話したりするなかで距離感は縮まっていく。
最初こそボクらを憎たらしそうな目で見ている者もいたけれど、いつしかみんな笑っていた。
でもついに、お酒の怖さをボクは知ることになる。
「おい、どうしたんだ? 怖ぇ顔してよ」
「別に、お主には関係ない」
赤ら顔になっているロウアンが、酒瓶を持ちながらウェドガーさんを覗き込む。話を流しグラスを口元に持っていくウェドガーさんにロウアンはしつこく絡んでいた。
「おいおい、オーガ族のウェドガーってのはホントカタブツだよなあ。これからは仲良くやろうって言ってんだぜえ?」
「悪い酒ですな……私に絡むな」
「ひょっとして、まだあれか? エノディアに矢を向けたことを根に持っているのか? あ?」
「違いますな。いいから他の者に絡むがいい」
「過去に拘るのはよくねぇぞ。水に流してこれからを見つめろよ、まあてめぇの一族のことを水に流せたあ言わねえが」
「……お主に何がわかるというのだ!!」
適当に流しておこうと思ったウェドガーさんが、声を荒げる。そりゃあそうさ、ウェドガーさんは一族を人間たちに殺されて、その怒りを胸に秘めているんだから。
お酒のせいもあるかもしれないけど……きっと、竜族の宴の中で昔を思い出してしまったんだと思う。
オーガ族が今も生きていたら……家族が生きていたら、こんなふうに賑やかな宴を楽しんでいたかもしれない。
ウェドガーさんは怒りをお酒と共に呑み込むように、グラスのお酒を空けて叫ぶ。癪に触ったのか、ウェドガーさんはロウアンの胸ぐらを掴んでいた。
「ウェドガーさん、やめなよ! らしくないよそういうの! ロウアンもウェドガーさんに絡むなよこの酔っ払い!!」
場を取り成そうとしたボクはふたりに割って入る。せっかく竜族の協力を得て遺恨なく手を取り合うところにふたたび亀裂を入れるわけにはいかないし、それは何よりウェドガーさんが言ったことでもある。
いくらお酒が入ってるとはいったって、そこのところを忘れてもらっては困るんだけど……。
しかしボクの言葉はなぜかウェドガーさんの癇に障ったらしい。ロウアンの胸ぐらを掴みながら怒鳴り始める。
「らしくないとはどういう了見ですかなロクス!! 私は怒っているのですぞ!!」
「だから何にさ! 言ってくれないとボクだってわからないよ!!」
「この竜族どもが素直にエノディア様を魔王と認めていたならば、我らオーガ族は滅ぶことは無かったのだ!! 頭の硬いのはどちらだロウアン!! 舐めた口を抜かすな!!」
「わけがわからないことを言ってんじゃねえウェドガー!! おまえだって、エノディアんとこにほいほい顔を出さなきゃてめぇが一族を守れたんじゃねえのかよ!! てめぇのことを棚に上げて何を言っているんだ! あ?!」
「お主らさえ従っていれば、私は一族を留守にすることはなかったのだ!! 私はお主みたいに反乱を企てたりなどするものか!」
「ふん、そうだなそうだな! 全て何もかも俺が悪い。ならせめて祈りを捧げようじゃねえか! どうかオーガ族の亡き魂にリィファの安らぎを与えたまえ!!」
「おのれ、バカにしおって……! 我らオーガの魂を冒涜するのは許さぬぞッ」
ますます鼻息を荒くするウェドガーさんとロウアンに、ボクは大声を出して仲裁に入る。
「いいかげんにしろっ、ふたりとも! 魔族同士いがみ合って何の意味があるんだ?! ロウアン、少し言い過ぎだ! ウェドガーさん、死んでしまった者達の魂を救うのは今ここで竜族と喧嘩すれば叶うのですか?!
いい大人が見っともない、いい加減にしてくれよ! これ以上争うならふたりともボクが相手になってやるぞ!! 舐めてる? バカにしてる? ふたりがボクを舐めてバカにしてるんだろッ! ボクが魔王エノディア様の名代だってことを知らないわけじゃないくせに!!」
「「……」」
ボクの言葉に、ふたりとも押し黙る。怒りのあまり、額にいくつもの血管を浮かび上がらせていたふたりだが、睨み合った獰猛な眼差しは落ち着きを取り戻していた。
ボクだって人間の妹と戦いたくなんかない! それこそ貴方達みたいに気のいい魔族とだってこれから争いたくない! それでもこれから皆を守り戦うことを誓ったボクの前で争うってんなら全力で叩きのめしてやるぞ! おい、コラ!!
……と、ひとしきりふたりに毒づいたあと、
「……ボクも言い過ぎた、ごめん」
泣きながら言った……ような気がする。そう、ボクもこの時、酔っていたのである。
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