第42話 竜の背に乗り空を舞う


「……認めたかねぇけどな」


 ロウアンは降参とばかりにへたり込み、持っていた剣から手を離すとポケットから煙草を取り出し、そっと咥える。人差し指に小さな炎を灯し、近づけた煙草に火をつける。人型の姿に戻った彼の長い睫毛のある瞳がゆっくりと伏せられて、額に落ちた前髪が彼の動作にあわせて柔らかく揺れた。


「……これ以上恥を晒して、てめぇらと戦うつもりはねぇよ……殺せ」


 そう言って、ロウアンはため息とともに煙を吐き出した。まっすぐ立ちのぼる煙草の煙を眺め、それは青空に消えていく。


「……殺すわけないだろ。バカ言うなよ、竜族の長ロウアン。ボクは貴方の生命を奪いに来たんじゃない……仲間を想い、助けるために竜族の力が必要だからここに来たんだ。

 それにエノディア様だって貴方の死を望んでなんかいないさ」


「……俺に魔王軍に入れってか」

「……そう言っても間違いじゃないと思う。それにエノディア様は竜族の協力が必要だって言ってたからね……それは貴方を、貴方達竜族を認めてるんだ」


「……もちろん、貴方と闘ったボクも」


 ロウアンは無言になり、俯いた。

 そしてボクは、そんな彼に抱いていた疑問を尋ねる。


「ロウアン、何故エノディア様に負けたのに再び挑もうとしたんだ? 潔く引き下がろうとしなかったのは何か理由があるんだろ?」


「……あいつが気に入らなかった。魔王ってのはよ、絶対的な恐怖と力で全てを支配するもんだろ。だけどあいつはちょいと優しすぎるんだ……そんなエノディアにバカどもがほいほい従っていくのも納得いかなかった……それが理由だ」


「……魔王の定義なんてボクは知らないよ。でも皆に優しい魔王ってのがいたっていいんじゃないか? ……それに、そのエノディア様に敗北した貴方はわかっていたんだろ? 彼の強さと……信念を」


 力で捻じ伏せるばかりが統治じゃない。王ってのはそれを支える民や仲間がいてこそだと思う。暴力と恐怖で支配することは、絶対どこかで限界が生じて、いつか必ずどこかで歪みができるということをボクは断言して言った。

 それを黙って聞いている竜族の長を務める彼が、それを理解できない愚か者なんかじゃない筈だと願う。


 すると、ロウアンは瞳を閉じたまま、口元は自嘲気味に笑う。


「エノディアが魔族を救えるってのか? 先代の魔王みたく人間にぶっ殺されて終わりだ」

「そんなことない!!」

「なんでだ? 言い切れる根拠がてめぇにあんのか?」

「それは闇の精霊を宿したボクが魔王軍にいるからだ。ボクが彼を支え、皆を助けてみせる……! もちろん貴方のことも」

「…………ふ」


「ふははは!! ……ったく、てめぇはほんとデカい口叩くよなあ。くくく!!」


 ロウアンは目を瞑りながら小刻みに肩を震わせながら笑う。


「その覚悟に付き合ってやるのも面白そうだ。気に入ったぜ、てめぇのことがよ」


 ロウアンが立ち上がって言った。その反動で煙草の灰がポロっと落ちる。埃を祓ってボクを見つめながら、彼は歩み寄る。


「ロクス、竜族ともども仲間になってやる。だが勘違いすんなよ? 俺ぁお前の部下になる気はさらさらねえからな」


「……問題ないよ、ありがとうロウアン」


 ボクはそう言って、差し出されたロウアンの右手を握る。力強い、気持ちのこもったその手を握り返し、固く誓いを立てるように彼の瞳を見つめた。


 そんな中、先に口を開いたのはロウアンだった。


「つーかよ、お前『アウラス』の生まれ変わりって本当か? いつの間にか『ボク』とか言ってるお前が?」

「え、あ、それは……」


 ……本当、らしいけど。アウラスの記憶なんて無い。シャドルトはボクにその記憶を見せてはくれないし実感は無いけど……。


 すると、ロウアンが笑いながらもう一度煙草を吸うと、彼の口から意外な一言が煙と一緒に飛び出した。


「まあいい、お前が『アウラス』の生まれ変わりだとしてな、俺もお前に言っておく。俺は記憶なんざねえがガルドラの生まれ変わりだ」


「え? そ、そうなの!?」


「ああ、そうだぜ? 嘘言ってなんになるんだよ。証拠はさっきお前に見せた『竜意解放』だ。あの姿はガルドラとおんなじらしいからな」


「竜族はそれぞれ違う姿のドラゴンになるってこと?」


「そうだ、皆同じじゃ気持ち悪いだろうが。お前何言ってんのバカか?」

「うるせぇな、そんなの知るかバカ」


 ──気づいたらタメ口だった。「あ、ご、ごめん」とすぐに謝ったボクだけど、ロウアンも虚を突かれたのか「あ、お、おぅ……」とそわそわしていた。


「ロクス、ところで俺からのアドバイスなんだがよ、その『ボク』ってのやめろよ気色悪い」


「……は?」


 唐突に何を言っているんだ、ボクの一人称の話?


「いやお前、魔王軍で『ボク』はねえわ。いくらお前が強くても、仲間は興醒めするっての。男らしく『俺』って言えないのか? ダサいぞ」


『うんうん、わかる』

 シャドルトが頭の中で頷く。

 正直言うと、ボクは自分のことを『俺』と言うことはあまり好きじゃない。でも彼が言うことにも一理ある気がしないでもない。


「そんなこと決めつけるなよ、バカバカしい」


「バカはてめーだ! 外見こそ修羅場潜ったような感じで片目の刀傷を持つくせに、なんだか軟弱さを感じるからやめとけ」


「軟弱?! このボクが?!」


 神経を擦り減らし、身を削る闘いに勝利したボクを軟弱と彼は言う。流石にボクもムカついてくる。


「わかんねーヤツだな。ロクス良く聞けよ? この俺が魔王軍で共に戦う中でもし、お前を俺の背に乗せることがあったならよ、そりゃマジでかつての竜戦士と魔剣士を彷彿させるわけだ。

 ガルドラの相棒アウラスは『ボク』だなんて言うもんかよ、もっとクールにかっこ良く決めろ」



「ま、威厳ってのを持てっことを覚えとけよ、ダチ公。おら、背中に乗せてやるから待機させてるお前の仲間を迎えに行くぞ」



 そう言ってロウアンはボクの肩を小突いて再びドラゴンへと姿を変えるとボクを背中に乗せ、空へと舞い上がる。

 もはや殺意の無い空を飛び、澄んだ空気に包まれながら、ボクはなぜかこのままどこまでもどこまでも飛んでいきたいと思うのだった。



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