第27話 ありがとうだなんて言わないで
聖騎士達の撤退により、セルセレムでの戦闘はひとまずの終結を迎える。しかし都は壊滅的打撃を受け、そしてその中の数多くの民の命を失う……あまりに多くを失った激戦。
所々が瓦礫の山と化したセルセレムの都の状況は、守り抜いたなどとお世辞にも言えないものだった。
◇
『ロクス……大丈夫……?』
「うん……シャドルトの力をだいぶ使わせてもらったけど……まだ大丈夫、だいぶ疲労は感じてるけれどね……」
『……なら良かったけど……』
「……なんだよ、意味深な発言やめてくれって言ったじゃないか、こんな時にやめてよ」
『……別に意味深じゃないってば』
『(……能力覚醒が速い……恐るべき成長速度だ。……私を使いこなせる日も近いかな……)』
ボクは魔剣を持たない片方の手で汗ばんで額に張り付いた髪の毛を振り払う。昨日は身体へ注がれた力を受け止めきれずに意識を失ったけれど、未だ倒れず大地を踏みしめることができる自分に驚きではあった。
……でも。ボクがいくら闇の力を使おうとも、押し寄せた聖騎士達がもたらしたセルセレムの被害は大きすぎるものだった。
「……随分、死んでしまった……ボクがもっと強ければ……こんなことにならなかったのに……悔しいよ……」
ボクは目の前に広がる凄惨な光景を目にした吐き気と、ハンスとの戦いで残っていた身体の痛みを堪えるように奥歯を噛み締めた。
死んだ魔族はたくさんいることだろう……負傷した堕天使族の兵隊さんも数知れない。
全員を救いたいという気持ちと、救えなかった現実がボクの心を螺旋状に縛りつける。理想と現実がかけ離れるってことを、ボクは子供ながらに突きつけられていた。
ゆっくりとボクの身体に灯っていた熱が冷めていく。生き物が死ぬ異臭立ちこめるこの都の中で、自分がいかに無力であるのかと心を痛めていく。
人間達の襲撃で命を落とした、罪もない者達がいてボクはそれを助けることができなかったのだ。いくら聖剣を持つ聖騎士に勝ったからって、被害を食い止めることはできなかったんだ。
芽生える後悔と罪悪感の意識。
もっと早くシャドルトに出会えていたなら、理不尽を打ち砕き誰も死なせることはなかったかも知れない。
ボクがもっと強ければ、上手くやっていれば、誰も死なせずに済んだのに。
ボクがのろまで弱い、グズで人間でも魔族でもない中途半端な生き物だからなんだ。
……ごめんなさい、ボクのせいだ。ボクが……
いつしか、罪悪感は自己嫌悪と結びついていく──
その時だった。
「……ロクス、お主に助けられた。……ありがとう」
「……え?」
ウェドガーさんの声に顔を上げ、ボクは言葉を……失った。
彼の背後には堕天使族の兵隊さんもいる。立派な翼をはためかせていた少し前の印象は皆無、全員ぼろぼろで血を流し、多くの傷を負っていた。
「少年、私からも礼を言わせてくれ……ありがとう」
「……あ、いや……そんな」
ボクを優しい瞳で見据えたのは、検問官をしていた堕天使族の青年だった。激戦を繰り広げたのだと物語るように、端正な顔は泥と血に塗れ、清潔感のあった衣装は破れ、血の染みと埃だらけになっていた。
「……少年がいなければ我らの都は塵と化していたかもしれない……敵、聖騎士達の圧力を食い止めるのが精一杯の私達に比べて君は……一矢報いたのだからな……ほんとうにありがとう……」
「……ボクは……」
そんな感謝の言葉を貰えるほどボクは立派じゃない。初めから決死のつもりで立ち向かった理由は……それは救いたかったからなんだ。
誰を……? 魔族を……違う。ボクだ、ボク自身だ。
弱きを助け悪しきを挫き理不尽な暴力に立ち向かうと決めたのに、昨日ストラ達を助けることができたのに、結果的にボクは彼女達を死地から救うことができなかったかもしれないんだ。
だから、ありがとうだなんて言わないでよ。
中途半端な覚悟を持った中途半端なボクに、感謝の言葉を述べるだなんて、やめておくれよ。
「……ごめんなさい……っ」
「ん……? どうしたんだ少年……」
ボクは血塗れの手で涙を拭い、呟く。震えるような声でごめんなさい、と繰り返していた。
◇
ウルフィがボクの元へと戻って来たのは、それから間も無くしてのことで、治癒術士に混じってファルルが回復魔法や回復薬を負傷したどんな魔族にも分け隔てなく与えているその姿はまさに戦場の女神の様だった。
負傷兵の搬送と都内の衛生兵の派遣を速やかに命じる様はなんだかお姫様みたいじゃないな、と一瞬過ぎる……けれどすぐにそれは掻き消され、昨日の少女が頭に浮かぶ。
『お兄ちゃん、またね!』
とにっこり笑ったストラの安否が気になる。……安堵の息を吐くには早いんだ。聖騎士達をなんとか追い払ったものの……ボクだけじゃない、都に住まういろいろな種族をはじめ、全員が被災してしまったんだ。
もし彼女達が生命を落としていたら、ボクは一体何のために……救ったんだ……?
軽く目を閉じ、死んだ魔族を想い、暴力を振るう聖騎士達に怒り、自身の不甲斐なさを憎む。
「……って、考えてます……」
「なるほど……それがお主が涙を流した理由か」
ボクが落ち着きを取り戻した後、理由を述べるとウェドガーさんは憮然とした様子で頬杖を突いた。
瓦礫に腰をかけたボクの横にいるウルフィにもその心情を聞かせる。見ると、城内で戦ったであろうウルフィの立派な白い毛が所々血に染まっており、生命を賭けて戦ったことを物語っていた。
一瞬の沈黙が流れるその中で、先に口を開いたのはウェドガーさんだった。
「ロクスよ……魔王様に会わせてやろう」
言葉を選んでいるのか、ゆっくりとウェドガーさんは話し始める。ボクは顔を上げ、その言葉に耳を傾けていくのだった。
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