第28話 旅立つ前に ① 手紙

 

 セルセレム城にて──



『魔王様に会わせてやる』


 そう言っていろいろと話してくれたウェドガーさんからまずは礼儀を通すとして、堕天使族の王様に挨拶をすることになった。ほんとうは王様への挨拶を飛び越えて、ファルルと一緒に魔王様に会いに行くつもりだったとウェドガーさんに正直に伝えると、最初は驚きながらも、少し呆れていた。


 呆れた理由、それはもちろんボクにではなくてファルルのおてんばぶりと自己中心的な考えに、だそうで驚いたのはボクがいつの間にか魔王様の妹と知り合っていた事実に。



 そして今ボクとウルフィは、ウェドガーさんがツカツカと音を立てながら歩くその後ろをついて行く。損壊してはいるとはいえ、セルセレムの城は立派な石造りでその美しさを未だ損なわない。真っ白な石材が多く使われているようで、例えて言うならまさに天使のお城といった風情だ。


「こちらだ。ついてくるがよい」


 その王城内へはウェドガーさんのおかげでボクが人間と魔族の混血だとしても問題なく通れた。

 現在の魔王様の側近である彼が一緒なのだから当たり前だけど。

 ……それ以前に聖騎士を撃退したボクのことを魔王様に紹介する前に、その父たるセルセレム王へ御目通りし、挨拶をするのは礼儀だとウェドガーさんはボクに言う。


「……しかし魔王様の妹君にも困ったものですな……まったく、兄妹とは思えぬ……」


 そしてファルルのことを呟いたウェドガーさんの諦めたような顔はなんだか印象的だった。


 ファルルの企てを正直に言ってしまったのは良くなかったかな……? 彼女は興味本位でボクに力を貸してくれる感じだったけれど、悪意は感じなかったし、それにボクとウルフィは今着てる衣装だって彼女に買ってもらったものだし……もし彼女が責められるようならどうにか庇ってあげたいな……



 それにしても兄妹か……エイナは元気にしてるだろうか……? ボクがついていてやらなくて大丈夫かな……いつもずっこけて、泣いて泣いて泣き喚く妹のことを思い出す。


 ……そんな時はいつも、ボクが水の精霊さんに力を借りて痛みを消してあげたっけな……


 すると、そんな思考を消すかのようにウェドガーさんは歩きながらボクに話しかける。


「しかしロクス、出会った時と違う着飾り様はどうしたのだ? その漆黒のロングコート……値打ち物ではないか。ウルフィ殿の鉄甲も魔法付与されておる一級品であるし、お主ら金はどうしたのだ? ……まさか盗んだのではあるまいな?」


「そんな! ボクは盗みなんてしないッ。……実はその……話しても良いのですけど、黙っててもらえますか……?」


「ふむ……事と次第によっては、ですな」


「ワッフッフ! ファルル様に買ってもらったワン!! ウェドガーさては羨ましいワンね? あげないワンよ?」


「……真かロクス?」

「……はい、ウルフィの言った通りです……」

「……」


 周囲には堕天使族の衛兵や種の違う術士、学者っぽい風体の魔族達が忙しなく歩き回っている雑音ひしめく中で、ボクら三人の周りだけなぜか音が消えたかのように沈黙し、ウェドガーさんはため息を一つ吐いていた。

 それにしても、聖騎士達からの襲撃のせいもあったからか、ボクの持っていた想像としての王城らしい荘厳さや静けさなんてなかった。

 普段の様子なんて知り得ないけど、破壊された箇所を直す作業の音の所為と攻防戦の影響か、慌ただしい状態だ。


「……まあ私は知らぬことにしておこう。それよりロクスよ、ゴウセン王の前で失礼の無いようにするのだぞ? ……できれば魔剣ソウルイーター殿にも御姿を現して欲しいものですがな」


「……だってさ、シャドルト」


『げげ……わたしあんま知らないヤツの前で姿出したくないんだよなあ……ほら、わたし今すっぴんだし?』


 ほんと意味不明。魔族に加護を与える存在なくせに……とは言ってもシャドルトがウルフィに加護を授けたのは見たことがない。極度の人見知りなのかな……? てゆうか、精霊ってお化粧するものなの?


 ほんと意味不明。


 でも。


「ねぇシャドルト、少しくらいいいじゃないか減るもんじゃないんだし」


 するとシャドルトが溜息交じりに呟いた。


『やれやれ……仕方ないな……。って、わたしが姿を出したくないのはね? ほんとのところ皆を守ってやれない歯痒さがあるからなんだ。ロクスだってそうだったでしょ? 私は闇の精霊……魔族の皆に力を与える絶対的な存在な筈なのに、キミがいなければ力を振るえないんだ。この都を守ってやれなかったわたしが偉そうに姿なんか出したくないんだよ……」


 そういうことか。なぜそうなのかはわからないけど、彼女が強大な力を人間に発揮できない何かがあって、発揮するにはボクの身体を媒介にしなければならないってことなんだね……そして……うん、シャドルトの気持ちはわかったよ……。


「ウェドガーさん、皆さんは闇の精霊とお話ししたいかもしれないけれど、それは少し難しいかも……すみません」


「ほう、理由は何であれ致し方なし。ところでロクス……お主の父アズラ……実は私は彼奴とはしょっちゅう言い合いをする仲であったのですがな……一度だけ、彼奴から手紙が届いたことがありましてな」


「どんな手紙だったの?」


「あれはもう、ほとんどお主の自慢ばかりでしたな。やれ息子が初めて魔法を使っただの、剣の才能があるだの、親思いで賢いだのなんだのかんだの──」


「……」


 父さん……嬉しいけど、ちょっとだけ恥ずかしいよ。


「……ウェドガーさん、なんでいきなりそんなこと言ってくるの?」


「ふふ……お主の顔と性格がアズラにそっくりだから、ですかな。……願わくばどうか、彼奴の魂がお主と共にあらんことを──」



 ふと足を止めた会話。ウェドガーさんは振り向いた顔を戻し、再びツカツカと歩き始める。

 その父を知る彼の後ろを歩くことで、なんだか父さんと一緒に歩いているような、そんな感覚に包まれる。

 木漏れ日のように温かで、いつも優しかった父さんの背中を思い出すかのように、ボクは彼の背中を眺めていた。



 その背中は、激情を迸らせ天へと叫んでいたウェドガーさんの背中とは思えないほど、優しさが滲んでいた。


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