第29話 旅立つ前に ② 肖像画

 歩みを進めて王城の広い中央階段を昇った先には見事な筆遣いで描かれた絵が数枚飾ってある。


 それは、厳格な顔つきの男性と、椅子に座る優しげな笑みを浮かべる美しい女性。更にはその二人の手が肩に当てられた少年を描いた立派な絵も飾られている。

 最後の一枚は四人。まるで人形のように可愛い女の子……ファルルも一緒に描かれた家族の肖像画だった。


 そして整った顔つき、目鼻立ちがくっきりとしてどこか神秘的な印象を与える美貌の少年……この方が話に聞くファルルのお兄さん……魔王様なんだと思う。



「この方が魔王……様か……」

「……家族……」



 肖像画を見上げたボクはつい、声に出してしまった。いつだったか、ボクが住んでいた家にも家族の肖像画があった。ここまで立派でもなく大きな絵画ではなかったけれど、何より描かれていたのは母さんと義父、生まれたばかりのエイナでボクは一緒にはいない……そんな絵を思い出す。


「どうかしましたかな?」


「……あ、うん……なんでもない」



 なんでもなくなんてない。……ほんとうは少し羨ましかった。ウェドガーさんだって家族も一族も失ってるのをボクは聞いていたから、羨ましいだなんて言ってはいけないと思ったし、そう答えるしかなかった。



 ほんとうに少しだけ羨ましいと思っただけなんだ。


 ……少しだけ。




 ◇




 ウェドガーさんが一際大きい扉の前で足を止める。すると、彼がノックをしようとしたその時だ。


「入りなさい」


 気配を察したのか、唐突に扉の向こうから厳かな声が響いてくる。するとボクに特に確認することもなくウェドガーさんは扉を開いて中に入るとそこはとても大きい部屋で、ボクが住んでいた家がいくつもすっぽり入ってしまうのではないかと思うほど大きなものだった。


 ウェドガーさんの当たり前と言うようにツカツカと声の主の元へと歩みを進めるその後ろで、ボクは緊張からか、なんとなく頭を下げながらついて行く。以外にも能天気なウルフィは物珍しそうな素振りはしなかった。たぶんファルルを護り一度城の中へ入っていたからかも知れない。


 玉座までまっすぐに敷かれた絨毯は赤くとても豪華で、かつ高級そうだ……ボクはそんなの見るのも初めてだから土足で踏んで大丈夫なのか不安になる。



「──ようこそ我が城へ」


 そう言ってボクらを歓迎してくれたのは、綺麗に整えられた口髭が印象的なゴウセン王だった。

 王様らしく金糸や宝石等で彩られ、煌びやかな衣装に身を包んではいるものの、嫌らしさは感じられない。


 大きな翼を持つ王様は朗らかに微笑みながら自己紹介をする。


「我はこのセルセレム領を治めるゴウセン=セルセレムである……ウェドガーから話は聞いているぞ、魔剣の少年よ」


「……初めまして、ロクス=ウールリエルです」

「ワフワフ! ウルフィ=ファンガースだワン!」


 絵本の騎士が膝をついて頭を下げ挨拶をするのを覚えていたボクはまったくその通りにしていた。マナーを謳うこのワンちゃんに至っては膝をつくどころか腕を頭の後ろで組みながら能天気に答えていていろいろとツッコミを入れたくなる。



「顔をあげなさい、楽にして良い。……我らの都を守るために血を流し戦った勇敢な少年だと聞いておる。ロクス少年よ、大義であった……礼を言う」


「そんな……ボクは何一つ守れてなどいません」


「そんな事はない。聖剣を持つ聖騎士と戦い、その聖剣を折ってしまうなど英雄と呼ばれても何ら遜色はないであろうよ」


「……ありがたきお言葉です、王陛下」


「うむ……そして人狼族の勇敢な戦士よ、其方は我が娘を護り戦ってくれたと聞いている。改めて礼を言わせてもらおう……大義であったぞ」


「ワン! ワフワフ、ブフッ!」


 なんだよその挨拶……ウルフィのマナー知らずのバカやろう。ボクはジト目でウルフィに視線を向けて誓う。このワンコに二度とマナーがなんたるかを語らせまいと。


「……しかし人間どもがまさか……結界を破れるなど、思いもよりませなんだ」


 聖騎士団に襲撃された理由……それはどうやら魔王エノディア様に関わるこの地を壊滅させることで新生魔王への戦線布告とするのだと、ウェドガーさんと剣を交えた聖騎士ジョンソンが口を滑らしたらしい。……ただ問題はそれだけではなくて、生命を奪われたはもちろん、忽然と姿を消してしまった者もいるらしく……ボクはやはりストラが心配になる。



 王様とウェドガーさんが会話を続ける中でボクは気がつく。王様の両隣に座る王妃様と……その出会った時よりも煌びやかに着飾るファルルに。丁寧に整いセットアップされた赤髪と共通する紅玉のような瞳。

 ファルルはお母さん似なんだね……肖像画をふと頭に浮かべると、なるほど、魔王様は王陛下似か……などと場違いな考えを起こし、理知的で少年なのに厳格さを持つだろうと魔王様への想像を膨らませる。


 そんな中、ゴウセン王がウェドガーさんとの会話を止めてボクに向かい口を開く。


「それで、ロクス少年──我が息子、魔王エノディアの下、魔王軍に入りたいというのは真意であるか?」


 入りたい、というわけではないけど……言葉を選ばないといけないかな。ボクは値踏みをするような視線を王様から向けられ、答える。


「……はい。王陛下の仰る通りです」


「うむ……話は大体ウェドガーから聞いた。……セルセレムの代表として、窮地を救ってくれた英雄を魔王軍に推薦するのは当然であろう……あいわかった」


「え……? あ、ありがとうございます」


「しかし……そのためには、いくつか確認しないとならぬことがある。まずは──」

「ロクス、悪いけれど魔剣の能力……あなたに流れる闇の精霊の加護を見せてくれるかしら。もちろん今、ここで」


 ゴウセン王陛下の言葉をファルルが引き継いで話す。なんだかよく分からないけど、それが必要らしい。能力か……ボクはまだ『影潜り』と攻撃技の『四影斬』しか使えてないのだけど……


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