第35話 魔王エノディアとの謁見


 セルセレムの城の転移魔法陣を使いボクらは最初、魔王城の近くに転送され、それからおよそ一週間。

 魔王エノディア様の拠点の城は深い森や渓谷を越え、だだっ広い平原の先にあった。ボクは人間の住む国で得た想像では闇夜しかない場所に存在すると思っていたのだけど、ふと空を見上げると太陽はまだ高みにあり、陽の光が全てを照らしていた。


 シャドルトが『うざ』と呟いたのは光が嫌いだからなんだろうけど。


 間違った認識というか……読んだ絵本の知識からボクはてっきり〝魔王城〟というのは切り立った崖の上に建っているとか、迷宮の最下層の真っ暗な闇の中なんだろうな、と思い込んでいただけに衝撃を受けていた。


 セルセレムの都よりも遥かに大きく、城の周囲には街も広がっているなど、予想外だし衝撃的だった。


 予想外と言えばもうひとつ。いや、予想通りになったと言った方が正解かもしれない。



「ちょっとロクス! 早く来なさいよッ」



 ……魔王様の妹ファルルが何故か同行してるということだった。




   ◇



 魔法王国


 建国してから間もない新たな魔族の首都。

 それはセルセレムの都を遥かに上回る大きさであり、荘厳な城が中央に鎮座している。


 街を囲む外壁は高く、そして分厚い。さらにその外壁には魔王エノディアより結界が施され更なる強固な壁となり、生半可な攻撃では破ることができない難攻不落の国である。



   ◇



「ようやく着いたわね」



 と、魔王様の妹(堕天使族の姫)の声に促されて、丘の上から眼下に広がる光景を見れば、ファルルから説明された通りの大きな国だった。


 ウェドガーさんやファルルのおかげですんなりと街の中へと入ることができ、数日間に及ぶ旅を終えてボクはようやく魔王城の前へと到着した。


「それでは魔王様の元へと参りますぞ」

「はーいっ」

「うわあ……すっごいなあこれは」

「トレーニングには最適だワンねえ」


 ウェドガーさんは躊躇なく階段を上り始めたけど、ボクはウルフィと一緒にその圧感された階段に視線を向ける。ただ見上げるばかりの大きな階段……それは横幅も長く、魔王城入り口まで延々と続いている。


「魔王様に会いに来るたびにコレを上るの……?」

「? そうよ? 人間達が万が一侵入して来た時のことを考えたんだって。さすがわたしのお兄様っ」

「人間達がこの城へ侵入か……とてもそんなことできるような気はしないけど……」

「ロクス、甘いワンよ! 戦士たる者、いついかなる時も用心するのがマナーワンよ!!」

「だからウルフィがマナーを語るなよ……」


 そんな掛け合いをしながら四人で階段を上り始めると、ほどなくして上から一人の少年……ボクよりも小さい男の子が下りてくるのが見えた。


 背丈はファルルよりも小さい、といえるだろう。黒の燕尾服で腰には銀色の鞘に収めた剣を提げている。

 金色の髪は短めに整えられており、幼く可愛らしい顔立ちは女性に間違われてもおかしくないと思う。


 そんな彼を見て、会ったことなどないけどボクは一目で理解する。


 魔王様の……執事なんだと。


「お帰りなさい、ウェドガーさん。それにファルルお嬢様、ようこそお越し下さいました」


「久しぶりだね! アル!」


 目の前まで下りてきた少年の涼しげな声音はとても好感が持てる。それに小さいのに礼儀の正しい子だなあ……


「ウム。アルよ、魔王様のご様子は如何か」

「……セルセレムの結界を張り直すために自らの力を改めて酷使なされて……少しお疲れのご様子です」

「そうか……」

「しかし少しずつ回復なされております、心配には及びませんよ。……ところで」


 すると少年はボクとウルフィへと顔を向ける。


「貴方は人狼族の戦士ですね? 僕は魔王様のお世話係でハーフフット族のアルフレドと申します。本日は遠路遥々、我らが魔王城へとようこそお越し下さいました。さ、ご案内致しますので、僕の後へお付きになってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」


 屈託のない完璧な笑顔と淀みのない挨拶をされる。


 ……というか、ボクは無視なんだ。


「ワフワフ! ワンワン! よろしくだワンよアルフレド! あ、こっちはロクス、オレの友達だワン!」


「あ、そうですか。どーも」


「は、はぁ。よろしく……」


 え? 棒読み? まったく興味ないの? 適当な挨拶をされてボクは少し困惑する。


「……では、ご案内致します」


 笑顔のまま踵を返し、階段を上り始めるアルフレド少年。だけどその顔は笑ってはいるけれど、ボクを見る瞳は微塵も笑ってはいなかった。



  ◇



 魔王城の内部は、ボクの想像の域を超えていた。


 膨大に広がる大理石造りの空間。赤い絨毯が敷かれ、重厚な鎧を纏った魔族の兵士と忙しなく働いているメイド服の獣人の女性の姿まで見える。

 セルセレムで慣れたつもりでいたけれど、それこそ人間達と同じような世界がボクの眼前に展開されていた。


「ところでファルルお嬢様、またゴウセン様に内緒でこちらに来たのですか?」

「な、内緒にしてなんかいないわ! ち、ちゃんと書き置きしてきたもの!!」

「あはは。やっぱり」


 先ほどのボクに対しての棒読み台詞とは違い、自然な笑みを見せ会話するアルフレド。

 二人の何気ない会話を聞きながら後に続き、一際大きな扉の前へたどり着く。


「それでは謁見の間にて魔王エノディア様が皆さんをお待ちです。……それとお付きのロクスさん、貴方は特に失礼のないよう、お願い致します」

「(お、お付き……)っボクにだけ?! な、なんか君厳しいね」

「……馴れ馴れしく話しかけないでもらえます? 貴方からは僕が大嫌いな人間の匂いがするので」

「……ッ」


「こら! アルフレド! ロクスはわたしの護衛なんだからね?! 言葉を慎みなさいッ」

「……申し訳ありません」


 頭を下げてファルルに謝罪をする。


 ご、護衛……? お付きだの護衛だのなんだか勝手だなあ……。とは言え、彼がボクに対して嫌悪感を抱くのは仕方ない。ウルフィだってボクと初めて会った日は牙を剥いたもの。


 そしてアルフレドと呼ばれた少年は頭を上げ、「魔王様、客人をご案内しました」と言って扉を開いた。


 するとどうだろう。扉が開いた瞬間、甘い香りが鼻腔をつく。爽やかな柑橘系の匂いだろうか、謁見の間と呼ばれる部屋は予想を裏切り、清潔感に溢れていた。

 目にするのは初めての花が飾られ、ここはほんとうに魔王城なのかと疑りたくもなる。

 そして玉座に座る──堕天使族出身で、左右対称に六枚ずつ翼を持つ少年が一人。じっとこちらを見据えていた。

 さすがのボクも急に緊張してきてしまい、ちらとウェドガーさんのほうを見る。

 彼は小さく頷き、魔王様へと顔を向けて歩み寄るとゴウセン王陛下より預かったボクとウルフィの魔王軍への推薦状を手渡していた。


 しばし沈黙が少し流れ、ボクは妙な息苦しさに襲われてしまうけどそれを察したように、玉座に座った魔王エノディア様が優しい声を出した。


「楽にして良いぞ、……魔剣を持つ者、そして人狼の戦士よ。余はエノディア=セルセレム。魔王名はエノディア=デスタロス=エノースだ。魔族の王……魔王である」

「え、あ、えと……」


 肖像画で見た通りの美少年だった。シャドルトが言った通りで歳はボクと同じくらいだろうか。真っ赤な髪は跳ね上がり、燃え上がる炎を思わせる。冷血さを滲ませるような切れ長の鋭い目つき。ボクと歳が近そうなのに、威厳が溢れ出ているように見えていた。

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