第36話 涙を流す者あらば、それを拭え


 見た目だけなら美少年の魔王様は、堕天使族の名前と魔王の名前と二つ名があると言った。

 その理由はよくわからないけど、ボクが最も疑問に思ったこと……


(翼がたくさん……12枚?)


 ゴウセン王陛下も、王妃様もファルルでさえ翼は二枚の双翼で、魔王様はその倍以上もある。


 ──肖像画に描かれた彼の翼は二枚だったのに、あまりにも特徴がかけ離れていて……そんな現在玉座に座る魔王様は、変わらずボクをじっ……と見つめていた。



 吸い込まれそうだった。


 その燃え盛る炎のような緋色の瞳の美しさに。



 これまでボクが出会ってきた魔族は、種族はどうあれ皆がどこかしら優しげな雰囲気の者達ばかりな気がしていた。

 それと比べると……異様なほど全てを見透かすような、怖気を含めた雰囲気を放つ魔族を見るのは初めてだった。

 そんな威厳を放ち、少年ながら銀細工の豪奢な玉座に座りながら頬杖をついてボクを見つめている現状に、ボクは少し困惑していた。


 すると、


「……シャドルトが其方のような子供を選ぶとはな……」

「……その、えぇと……」

(ま、魔王様も子供だと思うんだけど……?)


 続けて魔王エノディア様が、口を開いた。

 少年ながら威厳に溢れた瞳が、それでもじっとボクを見据えていたのでボクは思わず体を硬らせてしまう。そんなボクに構わず魔王様は続けて述べる。


「其方……今、余を『魔王にしては若すぎる』と思ったのではないか??」

「えっ……! いや、そんなことは」


 ……図星です、そう思ってました。

 まさかの窮地。ボクの内心が見透かされたかの唐突な発言に、冷や汗をかいてしまう……が、そこで、


「ふはは、まぁ良い。余がまだ成人しておらぬのは純然たる事実だ。……ふむ、なるほど……ウェドガーの言った通り……確かにダークエルフ族の……よい面構えだ」


 意外にも魔王様は寛容な態度を見せ、目線はそのままに、しかし優しげにゆったりと語り始める。


「が、同時に人間の血の匂いもするのは其方自身が自覚しているのであろう? 其方が魔王軍に相応しいとは立場上言えぬが……其方が魔剣を振るい、人間達と戦ったことは紛れもない事実であると、余は認識している」


「……はい、どちらも仰る通りです」


「混血の魔剣使い、か……。同胞に味方し、我が故郷を救う一役を担ったこと、まずは礼を言う。……だがウェドガーの報告について解せぬ点が一つある」


 解せぬ点──その言葉にシャドルトが頭の中で頷きながら呟いた。『エノディアの言いたいことは……まあたぶんアレだろーな』と。


「其方は何故、聖騎士と戦っていながら彼奴らの生命を奪わなかったのだ?? その上で魔王軍に入りたい……おかしなことを言う、と余は思うのだが」


『ほらね、やっぱねえ』


「それは……」


「お兄様! でも、でもロクスはわたし達のために──」


「ファルル、余はこの魔剣使いの少年に話しているのだ。妹だからといって余の言葉を遮ることは許さぬ、弁えなさい」


「……ごめんなさい……」


「わかれば良い、兄としてお前を責めたくはないが、許せ」


「……うん、いや、はい……」


「で、魔剣使いの少年ロクスよ……父ゴウセンの推薦状があるとはいえ、簡単に魔王軍に入れると思わぬことだ」


「……ッ……」


 魔王様……ボクは魔王軍に入りたい……わけじゃない。でも強くなる為に、魔王軍に入らねばとは思う。だのにボクは人間達を傷つけはしたけど、未だに生命を奪ってはいない。


 魔族として魔王軍に入ると願うなら、人間の生命を奪ってなければおかしい。

 魔王様に誤解を与えずに質問の返答をしなければならない──



 ──ボクが……中途半端な……覚悟を持つ者だということを……



 ボクが人間達の生命を奪えない……のは理由があって。そりゃあ〝聖騎士ライモン〟とその仲間達に殺意は向けたものだけど……いざ人間と戦ってみると、ボクに半分流れる人間の血のせいもあるだろうし、何より母さんと妹のエイナの顔がチラつくからだ。

 聖騎士ハンスにでさえ、殺すつもりで振るった力にはどこか戸惑いすらあったのも本当だ。

 そんな感情では魔王軍に相応しくないとは思う。


 中途半端で魔族も人間も半分半分のボクが、唐突に魔王軍に入りたいと言っても魔王様が首を傾げるのは納得だ。


 そこにどんな葛藤があるかだなんて、魔王様にボクのことを完全に理解してもらえるとは思えないだろうね……愛する母と妹が人間であるという事実が、今もボクの心の端っこに存在していることを。


 そして、魔王エノディア様が続ける。


「……返答に困るか。ふむ……ならば余が思うに……其方の母は人間であり、また妹が聖印の勇者だから、という理由ではないのか」


 ……図星だ。ボクの心を見透かされている……


「だが、其方はそれでも……立ち向かう理由がここに至るまでにあったと推察する。

 ……しかし……余はな、何も其方を困らせたいわけではない。魔王として、魔族の長として……人間の血を引く其方をおいそれと魔王軍に入れる気はないのだ。しかし誇り高き魔族の血を引く、信念と強さを持つ戦士を余の配下に求めることもまた然りだ」


 鋭い目つきで見据え、魔王様の声に迫力が増す。ボクは……いや、ボクだけじゃない、この場にいる全員が感じる──魔王様の本音が語られる、と。


「魔剣の少年ロクスよ。其方が闇の精霊シャドルトに選ばれた魔族の救世主なのだと余は受け止めている。……そして其方の妹が敵対種の救世主たる勇者であることも、な」


 ある意味で、兄妹での争いを示唆する言葉。そして、魔王様は少し声色を変えて話す。


「其方ら兄妹の関係は余からしたら、不遇の悲しき運命を持つ者とただそれだけに思い留まらせねばならぬ。なぜなら選択肢を誤れば、我ら魔族を滅ぼしかねない状況に繋がることは間違いないからだ。故に、余が其方に求めることは──」


 魔王様は重く、低い声でボクへと告げた。



「──魔王軍に入りたくば、魔族として余に忠誠を誓え。魔族の民の為にその命を燃やせ。我ら魔族が涙しているならば、それを拭ってみせよ。そして魔族として……生きよ」


 その重たい台詞に、ボクの総身が震えた。


「民を守護し、生命と暮らしを守ることが魔王軍の責務であると、余は考える。それを守れぬ戦士ならば──余は其方が魔剣に選ばれし戦士だとしても、余の全力を持って其方の眼前に立ちはだかる」

「……」

「しかし、余にその誓いを立てるならば、魔王軍の一員として、魔族……否、家族として共に生きることを余は誓おう……されば余は家族に対して平和を脅やかす人間達の侵略から命を賭して全力で守るとここに約束する」


 ……ボクは認識を改めた。

 色々と至らず、覚悟が足りないところはあったと思う。

 けれど──魔王様の言葉がボクの胸を打った。彼は、魔族のことを……家族として見ているのだと。魔族の王として、確固たる信念を持っているのだと。


 彼の守りし者としての信念が、ボクに伝わって。


 すると、


「其方が人間の血を半分引くことに疑念を持つ者もいるだろう。自然と向けられる目も強くなると心得た上で……余に忠誠を誓えるか?」


「……はい、魔王様……ボクは……貴方に忠誠を誓います……! 貴方がボクを家族だと……そう思って下さるなら……!」


「もちろんだ、魔剣士ロクス。其方の誓い、余はたしかに受け取ったぞ」


「ワフゥ! ロクス良かったワンね! ……って、魔王様オレのこと忘れてるワン!! オレも魔王軍に入って美味いメシ食いたいワンよッ」


「ふふ、無論だ。人狼族の戦士よ……其方も共に、な」



 魔王様は厳かに返答し、それを機に魔王様との会話も終了の雰囲気に包まれる。ふと隣にいるファルルに目を向けると、それに気がついた彼女は後ろに腕を組みながら、ボクにウィンクして見せる。


「……ではここからは、私ウェドガーが魔王様に代わりまして進行させていただきますぞ? よろしいですかな?」


「良かろう、ウェドガー其方に任せる」


 その声と同時にボクの側からウェドガーさんが魔王様の近くへと歩み寄り、次の話題が示される。




「──魔王エノディア様を……魔王と認めぬ竜族の反乱について、これを如何にして鎮め、そして遺恨を残さず我ら魔王軍に仕えさせるか……についてですな」

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