第55話 断罪の魔剣使い 


 月明かりに照らされる人族と魔族の領土を分つグラスグランド山脈。それを黒竜と変化したロウアンの背に乗り、飛び越えていく。とはいえ流石に、凄まじい速度で飛ぶロウアンに振り落とされないように十分注意している。

 最悪、妹に出くわす可能性も十分にあるけど……構うもんか。既に俺は帝都で人族……聖騎士と乱戦になることだってもちろん考慮に入れているんだ。


 しばらくすると見下ろした先には夜の都を明るく照らす街明かりが見え、音を超えるような速さで天空を翔るロウアンに俺は告げる。


「見えてきたぞ、人族の都ルガロが! 目標はリィファ教会大聖堂! 俺たちの生命を踏みつけ、傷つけた人族に戦線布告を突きつけてやるぞッッ!!」


「くくく! らしくなってきてんじゃねえかロクス!! おっし、急降下すんぞ?! 舌噛むんじゃねえぜウルフィッ」

「ワフッ! 人狼流空手の使い手が振り落とされるなんて有り得ないワンよ? もっと飛ばしてオーケーだワンッ」


『いいぞいいぞぅみんな! それからロクス! カッコいいッ!!』


 シャドルトが俺の頭の中で場違いなほどはしゃいでいる。まったく……遊びに行くんじゃないんだぞ……。と思った刹那、黒竜は空中で胴体を捻りリィファ教会大聖堂へ向けて急降下していく。風圧に耐えるように俺とウルフィは身を屈めた。


「ロクス、オレは暴れまくるワンよ?! 人狼流空手の脅威を人族に教えてやるワンッ!!」


 俺の背後からウルフィが問いかけてきた。

 とはいえ、今回は人族に宣戦布告が目的……つまり、ある程度の見極めも大事になってくる。なにせ俺たちは竜と狼、魔剣一本持つ〝忌子〟の三人だけの戦力なのだから。


「好きに暴れて構わないけどウルフィ、俺が撤退の合図出したらちゃんと退くの忘れるなよッ」


 俺がそう言うとロウアンは重たそうな鎌首を少しだけ振り返らせて俺を見やる。琥珀色の目を細め、ロウアンは不敵な笑顔を浮かべているようにも見えた。


「その合図、言う必要あんのか? 言うとするなら〝徹底的に捻り潰せ!〟にしとけよダチ公!!」


 と自信満々に告げる。勇敢さに満ちた二人が力強く感じる。これだけ格好つけたんだから、敗退するわけにはいかない。魔王エノディア様の御前で恥ずかしい思いをするわけにもいかないんだ。


 すると、覚悟を宿した俺たちに帝都ルガロが目前に迫る。リィファ教会大聖堂のひときわ高くそびえる鋭い槍の穂先のような尖塔を目がけて……かつて人間として生きていた国に怨恨を抱く俺が今……魔族として降り立つ!


 ロウアンは体制を元に戻し、翼をバサバサと大きく羽ばたかせながら塔へと舞い降りると、大気を震わせる咆哮を上げた。


「グォアアアアアアアアアアアッッ!! ガァアアアアッッ!!」


 その咆哮は帝都ルガロに響き渡る。それは人族にとって大きな衝撃であったことだろう。未だかつて魔族も、魔物すらも一匹たりとて侵入を一切許したことのない帝都に、なんの前触れもなく戦いの叫びを上げる竜の巨躯を目の当たりにし、帝都に住まう者たちに戦慄が走る。

 大聖堂の尖塔を見上げた人族の民は大人も子どもも恐れ慄き、怯え始めると絶叫の声を上げていた。


「う、うぁあッ!! どど、ドラゴンだぁあッッ!!」

「ま、まさか魔王軍?! そ、そんなバカなッッ」

「なんで魔族が帝都に! 聖騎士団は何をやってんだッ」

「に、逃げろぉッッ!!」

「こ、こわいよぅ!」


 騒ぎ立てる民衆の中、しかし鉄壁で知られる帝都直属の聖騎士団は迅速な対応を見せる。警戒を促すための鐘の音が打ち鳴らされ、リィファ教会大聖堂を取り囲む様に聖騎士団が続々と駆け付けていた。


「一体なんのマネだお前ら!!」

「この聖なる都は貴様らが足を踏み入れて良い場所ではない!!」

「下等な魔族めらが、生きて帰れると思うなッ!!」

「ズタズタにしてやれッ!」


 野次を飛ばす聖騎士たちに向かい、俺は堂々と叫ぶ。


「やれやれ、幼稚な言葉しか並べられないのか聖騎士ってヤツはさ」

「ロクス、こいつら頭ワルいワンね! ぜんぜんカッコよくないワンよ!!」

「ふん、お前ら二流の騎士どもが雁首並べたところでオレたちに敵うわけないだろ!! ロクス、やっちまおう!!」


「あぁ、暴れてやる!! 行くぞウルフィ! 叩きのめせロウアンッ!!」


 俺たちは顔を見合わせ、頷いた。そして俺は魔剣ソウルイーターを構えるとロウアンの背から電光石火の如く大地に飛び降りて手近にいた聖騎士の一人目掛けて、力任せの一閃を繰り出す。

 叫び声をあげる間も無く聖騎士の首が飛び、切り離された男の胴体から鮮血が勢いよく噴き出していた。


「て、てめぇ……ッ! なんて酷いことをッ!」

「おのれ、下等な魔族の分際で……許さん!!!!」


 更に飛び交う怒声に対して俺はその声元の男に顔を向け、冷ややかな視線を向けて言う。


「なんだよ人間ケダモノ。お前らど畜生のくせに仲間が死ねば怒るのか!!」


 もう軟弱な俺じゃない。男の返り血を浴びながらも加速し続け、片方の聖騎士にはヘルフレイム冥界の焔を放つ。「ごぁあッ」と断末魔の悲鳴を出し、燃えていく聖騎士。そして、もう片方の聖騎士の背後に〝影潜り〟で瞬時に移動する。


「遅い、お話にならないなお前!!」


 断頭の一撃は男を一刀両断、左右に切り離された身体はドサリと濁った音を立て大地に倒れる。そのまま聖騎士の群れに切り込み、縦横無尽に暴れ回る。

 もはや並みの聖騎士では、俺の剣技を凌ぐことなんてできない。そうさ……俺とお前らとでは背負ってるものの重さが違うんだ。負けるわけがない。


 恐れることなんてない。


 怯むこともない。


 容赦なく戦場を駆け抜けていく。視界に入る聖騎士を魔剣で貫き、切り裂き、打ち据えていく。


 許すものか。許してやるものか。俺は聖騎士たちに向け声を荒げていた。


「お前らは知らないだろう……! 恐怖の絶叫を上げ、絶望の涙で頬を濡らし、一面血みどろに染まった大地で無残な姿に変わり果てた母親に縋り付く魔族の少女のことを! その悲しみを! お前らにも味合わせてやるッッ!!!!」


 怒りで俺の血が逆巻いている。大地を強く蹴り、魔剣ソウルイーターの【 必殺オーバーキル 】の能力を躊躇なく、俺は殺意に導かれるままに聖騎士たちへと繰り出していくのだった。

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