ボクと魔剣と時々勇者 〜『忌子』と呼ばれ人間達から追放されたボクが泣き虫勇者な妹と戦うまで〜

愛善楽笑

追放編 魔剣に選ばれし者の章

第1話 追放、運命の歯車が今動き出す

「その子は我らヒト族に災いをもたらす元凶になろう! そんな忌子、はよぅどこぞに連れて行ってたもれ!! 勇者様の実兄に魔族の混血などと……おぉ、おそろしい」

「…………そ、そんな!! ボクが一体、何をしたっていうの?!」


 唐突に現れた聖騎士達に歯がいじめにされながら、年老いた預言者の女性の言葉に、ボクは愕然としてしまった。


 ここはルガロ帝国からだいぶ離れた辺境の街……からさらに少し離れた場所にあるボクの家だ。

 この家には母と小さい妹、それから義理の父親と住んでいる。そして本当の父は、ボクがまだ小さい時に亡くなっていた。


「何をだと? その答えを言うならば、君は生まれてきてはいけなかったのだ」


 白のロングコートを纏う帯剣した聖騎士の隊長がボクの前で言った。聖騎士……この世界ではどんな屈強なSランクの冒険者達よりも強く、いつか世界に降臨するとされる勇者に仕える崇高な騎士とされていた。また子ども達にとっても憧れの職業である。

 そんな子ども達からの憧れである聖騎士が小隊を引き連れて、今ボクは拘束されている。


「お前みたいな魔族との混血が聖印の勇者の兄として存在する事実など、我ら人類の歴史には必要ないのだ」


 聖騎士の小隊長はボクに蔑むような視線を送ってくる。


 この聖騎士達がボクを取り囲み、拘束した理由としてはボクが先週、妹のエイナを街中で頬を叩いたことがきっかけである。

 ボクの妹、エイナはこの世界を創造したとされる女神、『リィファ』に選ばれた勇者だったのだ。


 リィファを祀る教会の象徴であり、その信仰を表すシンボル……聖印、菱形の枠の周りには古代神聖文字のが書かれており、またその中心に十字が描かれたものである。


 僕は今までエイナが勇者と認定される前から、一緒に良く遊んでいた。ボクの後ろをついてきては、しょっちゅう転んでべそをかく泣き虫の妹。

 そんな妹がリィファの預言通りの……額に聖印を浮かべた世界を救う勇者であるなんて……


 目の前でわあわあ泣きながら、ボクに近寄ろうとするエイナ。今もその額に、御印は現れている。


 預言が記された『リィファ聖典』には『勇者』は人間達と魔族の戦いに終止符を打つ、絶対的に聖なる存在とされてはいるのだけど、勇者である前にエイナは僕にとってはとてもかわいい、愛すべき妹であった。


 ところで、この世界では人間と魔族の恋愛は禁忌とされている。ボクのほんとうの父親は魔族で、種としては銀髪で碧眼、褐色のダークエルフだった。母はヒト族の女性でとても美しく、二人は出会い禁忌を超えた恋愛の末、ボクは産まれた。


 人里から離れた場所で、ボクと父と母は暮らしていたのだけど、父が亡くなった後は女手一人で生活をやりくりするのは大変で、ボクを育てるため母は人間の男性と再婚、やがて妹が産まれたわけなんだけど。


 ある日、街で何かのきっかけがあってエイナの額に聖印が現れたことから全ては始まった。


 リィファ教会は大騒ぎだった。預言通りに1500年の時を超えて、勇者が誕生したんだから。しかしそうなってくると、人間と魔族の混血として産まれ落ちてしまったボクの存在は、勇者として選定された妹を祀りあげる『聖リィファ教会』からしたら邪魔であるらしい。神から選ばれた勇者の兄に、魔族の血を引く者がいるなど言語道断だと、預言者のおばさんと神官のおじさんは口々に言っていた。


 そもそも、人間と魔族の間に子供ができてしまった事実さえ隠蔽すべきことだと、聖騎士達の横で髭を撫で下ろす偉そうな神官さんは続けていた。


 ……別に僕は今まで人間と魔族の間に生まれ落ちたことを不遇だとして憎んだことはなかったし、隠そうとも思ったことはなかった。しょっちゅう義理のお父さんに殴られてはいたし、街ではよくバカにされたりしたこともあったけど、母のことは大好きだったし、妹もかわいかったから気にもしなかった。


 それなのに。


 こんな仕打ちは酷すぎる。

 僕はすがるように、母さんに助けを求め叫んでいた。


「やめてええ! ボクは何も悪いことなんてしてないんだ!! たすけて、たすけて母さん!!」



 母は妹を抱きしめながら、悲しそうな顔をボクに向けてはいるけれど、何も言ってはくれなかった。そんな中、聖騎士の小隊長がボクに告げる。


「残念だが世界の秩序を守るために、君は死なねばならない」



 秩序……? 死ぬ……? 何の冗談を言ってるの。



 すると聖騎士の小隊長は顔色一つ変えず、一人の青年聖騎士に指示を出す。


「おい、副長。その『忌子』を……連れていけ」

「はっ! オラッさっさと歩け小僧!!」


 縄でぐるぐる巻にされ、ぐいと引かれるボクの目には、悲しそうにしている母と、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる妹の顔が映っていた。翠色をした髪の色、深い黒の瞳をたたえ、整った美しい顔立ちの妹。


 ボクは妹の顔を瞳に焼き付けるように、聖騎士の人たちに掴まれ引きずられていくなか何度も、何度も振り返る。

 その可愛らしい顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流しながら妹はボクに向かって叫んでいた。届かぬ手を伸ばしながら……



「いやだ、いやだよう!! ロクスおにいちゃん、わたしをひとりにしないで!!」



 僕はそんな、エイナの悲痛な声を耳にしながら人間達から今日、追放された。



 ◇



 ボクは聖騎士が乗ってきた馬車に放り込むように乗せられる。座席ではなく床に座らされると、


「仕方ないんだ小僧。人間と魔族の間に生まれ落ちた運命を呪うがいいさ」

「……」


 聖騎士の小隊長はボクの目の前の座席に座り、呟いた。

 馬車にゴトゴト揺られながら、ボクは現状を理解する。


 きっとこのあと、ボクは殺されてしまうのだと。


 さらに説明を付け加えるように、聖騎士の副長が口を開いた。


「それに、お前の妹が勇者として選ばれたのだから当然っちゃ当然さ」

「しかし運命ってのは残酷だなあ! まさか魔族と人間の間に生まれ落ちた忌子の種違いの娘がリィファ様に選ばれた勇者だなんてな!! あはははは!!」


 副長の男は崇高な聖騎士とは思えない、下卑た笑いをしながら、ボクを見据えていた。

 下品な物言いで、まるで絵本に出てくる勇敢な聖騎士とは思えないような態度は、ボクの心を抉り続ける。


 しかしボクは項垂れた顔をあげ、感情そのままに聖騎士に対して声を荒げる。


「人間と魔族の間に生まれたからって、それがなんだというんだ! ボクは忌子じゃない! 貴方たちと同じ人間だッ!」


 副長はボクの頭を掴み、見据えて言った。その様を他の聖騎士たちは止めようともしなかった。もちろん、小隊長を名乗る聖騎士も、腕を組みながら静観していた。


「はあ? お前が人間だと? 笑わせるなよ小僧」


「ボクと貴方たちの間にどんな差があるっていうんだ?! 魔族の血を半分引いている、ただそれだけじゃないか!」


「それだけだと? フン、汚らわしいッ! 生まれた瞬間からお前は魔族の血を引いている。それは人間じゃねえ、魔族だ! 汚らわしい魔族はこの世にいてはいけねぇ存在なんだッ!」


「誰が決めたッ!? そんな理不尽なこと、誰が決めたッ!」


「それは神の意志だ! リィファ様より定められた摂理なんだよッ!」


「神の意志? リィファ様がそのようなことを宣うものか! 神の前では人間も魔族も平等のはずだ! 神はそのようなことを定めたりしない、するはずがないッ!」


 副長を睨み見ながら、そう言った刹那、一瞬の沈黙が訪れた。


 ボクは妹が教会で勇者の指導をされている時、こっそりと教会の書物庫でリィファ聖典を詩篇から何から網羅、履修していたのだ。……そんな文章は一文たりとも書かれてはいない。だから怒りに似た感情を声に乗せ、宣言したんだ。


 しかし大きな馬車に乗る聖騎士達は全員、唖然とした様子からすぐに笑い出すと。


「「ゲラゲラゲラゲラ!!」」


 腹を抱えた笑いの中、副長が言葉を続ける。


「ククククッ!! ったくよぉ、ほんと笑わせてくれるよなぁ小僧!! バカか、魔族に神などいるものかよッ!! てかマジでうるせえから少し黙りやがれ、この忌子があッ!」



 バゴォッ!!


「ーーっ!!!!」



 聖騎士の副長を名乗る男に思い切り殴られ馬車の床に身体を打ちつける。抗うこともできず、非力な自分の弱さが悲しくて……涙がとめどなく溢れ床に染みていくのだった。






 ───この日はボクが人間……ヒト族と魔族の、憎しみ合い、殺し合う螺旋に巻き込まれていく始まりの1日。


 魔族の骸は野に朽ち果て、その魂と身体が血と涙に染みていく凄惨な世界に身を置きながら……

 ボクとエイナの兄妹の絆は、魔剣と聖剣が交差する運命として分かたれたのだった。

 

 魔族のために剣を抜き、人間たちと戦うことになる……ボクの運命の歯車が動き出していく。

 妹がたとえ、人間……ヒト族の救世主として、神に選ばれた世界を導く勇者だったとしても。

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