第33話 月の輝く空の下で 後編


「か、かわいいだなんて言ってないじゃないッ」

「えぇっ? そうだったかな。……でもウソじゃないよ?」

「──ッ、あっそう!!」


またぷくりと頬を膨らませて顔を背ける。……ボク何か悪いこと言った? おかしなファルルだけどもしほんとうに怒っていたら嫌だし、ボクも口を開いてそれを確認する。


「ところでファルルとこうしてお話しするのは街で出会った時以来だね」

「う、うん……そ、そうね」


(良かった、怒ってなかった……)


「ボクらにいろいろ良くしてくれてありがとう……こんなに他人に優しくされたのは初めてだったから……嬉しかった」


「そ、そう」


 ボクに優しくしてくれたのは、ほんとうの父さんと……母さんと妹のエイナだけだったから、こうして誰かに優しくされたのはそれこそ初めてだった。……もう離ればなれになってどれくらい……一月半くらいになるだろうか。


 ファルルは出会った時から優しいし、普段は姫という存在感をボクには出さず接してくれる一面もある。

 そんな返答をすると、彼女がボクの過去や妹のエイナ……聖印の勇者について興味を持ったようで、手すりから身を乗り出して問いかけてきた。


「ねぇ、ロクスの妹ちゃんって、どんな女の子なの?」

「えっと、少し前に話した通り勇者として選ばれてしまったのだけど……」

「うんうん」


 ……どうしてエイナが勇者に選ばれてしまったのだろう。性格は良いとして、ボクの妹は──


「簡単に言うと、不思議な女の子で……それから妹ながら割とポンコツなんだ」

「ぽ、ポンコツ??」


「うん。本当に勇者に選ばれたなんてウソなんじゃないかって思うほど……しょっちゅう躓いたり転んでは泣き叫ぶ泣き虫でさ。もちろん魔法というか……精霊術なんて一切使うこともできないし。いつも膝を擦りむいたりするものだからボクが水の精霊さんにお願いして治してあげて……。

 それから勇者に選ばれてから少し経った時かな、街で妹が小さい女の子を虐めていたんだ。それを見てしまったボクは『女の子に手を出してはいけない』って……父さんから教えられていたのだけど、その日、妹の頬を思い切り叩いたのを思い出すよ……」


「そ、それで、その後どうなったの??」


「うん、それから二人でわあわあ泣いて泣いて、手を繋いで一緒に家に帰ったんだけど……今度はボクが義父から叩かれてね、そこでまた妹が泣き喚いて止めに入ってさ……ボクだけ3日ぐらいご飯抜きにされたのはこたえたなあ」


「酷いお父様なのね……」

「ほんとうの父じゃないけどね……」


「そんな日は良くあったんだけど、そんな時エイナは毎晩自分が食べ残したパンなんかをこっそり隠して、ボクのところへ持ってくる……優しい女の子なんだ。

 それだのになんで、自分と同じ……それより下かも知れない女の子をどうして虐めていたのか……ま、それから一切、他人を傷つけないようにはしていたけどね」


「そうだったの……そんな優しい女の子なのに……私達の──」



 私達の、と言った後はファルルは口を噤んだ。わかるよ……妹は魔族の敵対種であり、しかも勇者なんだ。口にしなかったのは彼女の優しさなんだと……わかってるよ。

 思えばエイナが勇者に選ばれてから義父がボクに対する暴力や嫌悪感が加速していったのも……ボクを魔族と認識していたのかも。


 そしてその後もいくつかエイナとの思い出を語り、最後に。


「でも、今になって思うけど……エイナは誰からも慕われていた気がするし、動物や魔物ですら──上手く言えないけど、大人しくさせる不思議な力があったように思う」


「それはなぜそう思ったの?」


「……ある日、二人で山で遊んでいた時、レッドドラゴンに遭遇したんだ。……物凄い恐怖を感じ、当然エイナも泣き叫ぶんだけど……何故だかレッドドラゴンはボクらに手を出さずに去っていったんだよ。

 似たようなことがいくつかあって……それと、警戒心の強い動物達が何故かエイナからは逃げたり威嚇したりしないし、寧ろ懐いてしまうばかりで」


 穏やかに思い出を語り、過去の出来事が殺伐とした心を癒していくような……そんな感覚に包まれる。


「……そう、不思議な女の子、なんだね。……でもロクスも不思議な男の子だよ」


 それを聞いたファルルは、どこか優しい瞳で笑って話す。


「なんでそう思うの?」


「だってあなたは人間の血を引いているのに……邪な感情を感じない。それにあなたを警戒する魔族がいないような気がするし、なんだか惹きつけられるような──あわわ、わ、私のことじゃなくて! ほら、ウルフィとかウェドガーとか、ほら! あと街のみんなとかとすっかり仲が良いじゃない」


「? ウェドガーさんがボクに? あはは、そう見えるの? まあウルフィは出会った時最初は威嚇されたけどね」


「そうなの……? あははっ」


 それから少しまた違う話をしていると、


「──そう言えばさ」


 ふと気になってボクは問いかけた。


「ファルルは王陛下に恋は早いと言われていたけど、一体恋って何歳からならしていいんだろうね? それから反対に、ファルルの美しさに惹かれて婚約を申し込まれるとかなかったのかな」


「う、うつくし──ッ?!」


 瞬間、彼女の顔が赤く染まった。


「ファルル? 大丈夫??」

「……だ、大丈夫よッ! ……そうね。色々申し込まれたりしたわ。パパも断っていたみたいだけど……私も断っていたの」


 今までとは違う雰囲気で、ファルルは語り出す。


「ねぇロクス、気づかないの??」

「え? 何を……??」

「私は……す、す、好きになった殿方としか結婚するつもりないし?! ここ、恋なんて何歳からしたっていいと私は思うし! ま、まあ? 最近出会ったばかりの男の子が少しだけ気になって──あわわ! まあそんなとこッ」


「ふーん、ファルルが好きになる男の子かあ、どんな感じなんだろうね」


 シャドルトがこの間、堕天使族は容姿端麗だと言ったけどほんとにそうで皆美男美女だ。そんな中で彼女が恋をする男性って、どれだけの容姿や性格なんだろ。


 と考えた時に、ファルルがぽつりと何かを口にする。


「……どん……ん。ぼくねんじ……」


「え? ごめんなんて言ったの?」


「知らない、私もう寝るわ! お・や・す・み!!」

「う、うん。おやすみ……」


 なんでなんだろ。ファルルがぷんすこしながら部屋に入り、ガチャンと勢いよく硝子張りのドアを閉めるのを見届けて、ボクも部屋に戻るのだった。



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