3、物語はいつだって上手くいき、上手くいかない

第19話 デートあるいは駆け引き①

 日曜日。午前九時半。快晴。梅雨も近づいているはずだが天気は俺の味方をしてくれているようだ。初デートが雨とか萎えるからな。俺はまたもや南船橋駅へと来ていた。目的は勿論東雲とのデート。待ち合わせ時刻の十時まであと三十分以上ある。本当はスマホで時間を潰していたかったが、「人を待ってる時は何もしないで待つのがマナー」とどっかで聞いたことがある気がしたから何もしないで来るべき人を待っていた。


 しかし、そこまで待たずして改札の奥から一際目立った神秘的なオーラを漂わせた存在が現れる。


 そのオーラは周りの人をも包み込み、ただの駅の改札のはずのその場所は、神殿の出入口になっている門にも見えた。


 東雲は俺の事を視認すると、パーッと笑みを浮かべて、軽く手を振りながら改札を通り抜ける。


「ごめーん!待った?」


 俺を覗き込むようにして尋ねてくる。いきなり距離感近いですよ東雲さん。

 そんなことを思いつつ、俺は用意してた言葉を高いトーンで発す。


「ううん。今来たとこ」


 時刻は九時四十五分を少し過ぎたあたり。待ち合わせよりも十五分早い。俺が早すぎただけで大分東雲も早い集合だろう。鳥羽と対応が違うのはまぁ勘弁して欲しい。


「じゃあ少し早いけどららぽ行こっか!」


 そう言い、東雲は俺を先導する。ららぽが開くのは十時からだが、まぁゆっくり歩いてちょうどいいくらいか。


 改めて東雲を見る。一切の穢れがないほどに純白なブラウスに、引き締まったデニム。その上にはコートを羽織っている。全体的なカジュアルな印象だが、その服装は東雲自身のスタイルや華麗さと相乗効果をもたらしている。端的に言えばすごい似合っていた。


「それにしても似合ってるな。そのコーデ。すごい似合ってる」


 服装を褒めるのはデートの基本らしいが、これは本心から出た言葉だった。


 ただ、ファッション知識に疎いのもあり、同じことを二回繰り返すだけになってしまった。さすがに心のなかで思った相乗効果とかを言う訳にも行かない。


 しかし、東雲はそんな俺の拙い言葉にも満足している様子だった。


「ありがと!月瀬君も似合ってるよ?」


 思わぬ反撃に戸惑う。


「お、おう。さんきゅ」


「自分でそのコーデ考えたの?」


 にこー、と表情を崩さず聞いてくる。


 なんて答えるべきなんだこれは。


 ただのマネキン買いだが、数あるマネキンからこのコーデを選んだのは俺だ。なら俺が選んだと言っても過言ではない。過言だな。


「うん、そうだよ!」


 声のトーンを上げ同意の意志を示す。それを聞いた東雲は感嘆の声を上げる。


「おーすごい!月瀬君はファッションセンスもいいんだ!」


 胸が痛いよ。こういう時は話題の転換だな。


「そ、それにしても楽しみだねー映画!」


「そうだね!」


 ……そう。今日の最初のデートの舞台は映画館。付き合う前ならば距離を縮めるのに効果的な場所だが、今の俺の立場からしたらデメリットの方が大きいだろう。なんせ上映時間はほとんど話すことが出来ない。時間が限られた中で取る作戦としては悪手とは言えなくとも決していい手ではないだろう。しかし、それも作戦のうちだ。


 今日見るのは今世間を賑やかにさせているラブコメディ。切なくてとても感動するというのが評判だった。席は昨日の時点で予約済み。映画館はゲームセンターのすぐ側にあるので昨日ゲームセンターへ行った際についでに取っておいたのだ。


「今日の映画ずっと前から楽しみにしてたんだよね!」


 子供のような笑みを浮かべながら言う。


 しかし、そのなんというか、いまいち東雲の本性が掴めない。子供みたいにニコニコ笑う時もあれば大人のように慈愛に満ちた笑みを浮かべることもある。人前では俺の事を愛しているかのように振る舞いながらもその実、全く俺の事を好きでもない。そんな彼女の得体の知れなさ故に尋ねる。


「ところで……東雲の素ってなんだ?」


 唐突な質問。傍から見たら意味がわからないだろう。しかし、彼女にはその意味が分かるはずだ。東雲は困ったような表情を浮かべて笑いながら答える。


「『素』かぁー。難しいこと言うなぁ」


 しかし、その笑みはすぐに失われ、どこか真面目さを含んだ顔に切り替わる。


「少なくとも今の月瀬君に対する接し方は演技だね。決して素では無いよ」


 ふー、と息を吐き、そのまま続きを呟く。


「まぁ私の中に素なんてものがあるかは分からないけど」


 誰へ向けたか分からないその言葉はどこか切なさや悲しみの感情が含まれている気がした。


「え、それはどういう……」


「あ!着いたね!入ろ入ろ!」


 俺の言葉を遮り、東雲は先程の顔等見るかげもなく、無邪気な顔になり、はしゃぐように走っていった。見ると既に映画館が見えていた。


 ……東雲の素、か。

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