第22話 デートあるいは駆け引き④
東雲の上がっていた口角が一瞬にして引き下がる。侮蔑するような目を浮かべ、無言で俺の事をじっと見つめてくる。そして、俺は自分がとんでもなく気持ち悪いことをしたことを悟る。
「あ、えっと……」
「……」
「……」
沈黙が続く。周りの雑音が大きく聞こえる。重ねられた食器が発す金属音。近くの席に座っている女子高生二人の笑い声。アニメならヒューと風と落ち葉が通り過ぎる効果音が入っただろう。
これなんて言えばいいんだ。 とりあえず謝るか。うん。謝ろう。
そう思い、時間にして数秒、感覚にしては数分にも感じられた沈黙を破る。
「ご、ごめんな――」
「こちら三種のチーズハンバーグとカルボナーラになります!」
「ふぁ、ふぁい!?」
タイミングが良いか悪いか。店員さんが注文した食べ物を運んできた。それに思わず変な声を出してしまった。店員さんは苦笑いしながら「えー。ごゆっくりどうぞ」と続け足早に去っていく。
ハンバーグはジュー、とアツアツな音を出していて、聞くだけでもヨダレがこぼれそうになる。上にドロドロになったチーズが乗っていて、さらに中にもチーズが入っているのだから、まるでチーズの宝石箱や!と言いたくなる。
対してカルボナーラはチーズがいい感じに麺に絡んでおり、その上には今にもこぼれてしまいそうなほどプルプルした半熟卵。
東雲は先程の死んだような目はどこに行ったのやら。輝きを取り戻した目でそれを見ている。
「わ〜おいしそー!」
コイツはこれすらも演技に見えるからタチが悪い。少なくとも今の俺にはこれが素か演技かの区別はつかなかった。
しかし幸いにも先程のことは触れないでくれるようなので俺もそのテンションに乗ることにした。
「……美味そうだな!いただきます!」
無理やり声のトーンを上げ、フォークとナイフを持ったところで静止がかかった。
「まって!折角だし写真撮ろ!」
言いながらスマホを取り出す。インスタ映えってやつか。でもインスタ映えもいいけど、僕はアツアツのハンバーグを食べたいんですよね……さすがにそんなこと言えないが。
「そうだな、じゃあ撮るか」
俺も東雲に習ってスマホを取り出す。しかし、東雲はそれを怪訝そうな目で見ていた。
「あとで送るからスマホ取り出さなくてもいいのに」
……送る?何を言ってるんだこの人は。
発言の意味を考えていると、東雲は急に立ち上がり、俺の隣の席へとやってきた。
「ほら、詰めて詰めて!」
未だに理解出来ないが言う通りにして端によると、空いたスペースに東雲が腰を下ろす。思わぬ急接近で軽く付けられた香水の匂いを感じる。先程のキス未遂の時に感じなかったのは多分それほどまでに緊張していたってことか。今も緊張しているんですけどね。
「すいませーん!」
すぐ写真を撮るのかと思った東雲は何故か手を挙げてタイミングよく近くにいた、先程食べ物を運んできた人とは別の店員を呼ぶと、「撮ってください!」と言いながらスマホを渡す。
なるほど。一緒に写真を撮るのか。ならさっさと終わらせてアツアツでハンバーグに食べよう。
「ほら、ピースピース」
東雲は顔の横でピースを作る。俺もそれを真似て同じようなポーズをする。
「撮りますよ!はい、チーズ!」
パシャッとシャッター音が鳴る。東雲は店員に「ありがとうございました!」と言いながらスマホを受け取り、そのまま慣れた手つきでインスタを開く。
ただ、人のスマホを覗き見するのもあまり好まれた行動ではないから、俺はジューと言う音が既に収まったハンバーグにナイフを入れる。切り口からは肉汁とチーズがそれはもうたくさん溢れていた。
「うお!これ美味い!」
口の中で肉汁が弾ける。さらにそこに程よく溶けたチーズが合わさる。美味いに決まっている。
「え、ほんとほんと!私も食べよ!いただきます!」
手を合わせて礼儀正しく挨拶した後、フォークに麺を絡ませ、チーズがしたたる。しかし東雲はそのチーズをも逃さないように左手でスプーンをパスタの下に潜らせ、そのままたっぷりのパスタをふーふーと息で冷ましてからほふっと口へと入れる。本人は全く自覚がないだろうがその姿はどこか官能的だった。というか自覚があってこれすらも演技だったら怖すぎる。
「すごい美味しい!」
見ると東雲は口元が溶けるのではないかと思うほど緩んでいた。幸せそうで何よりです。
ハンバーグもすごい美味かったしカルボナーラも美味しいらしい。同じ洋食とはいえ全く違う二つの食べ物が両方とも美味いのだからこの店はなかなか当たりだろう。
しかし、あまりにも東雲は美味しそうに食べるな……
パスタを口に入れるたびにほころぶ口元を見てそんなことを思った。
だから次の言葉は作戦とか抜きで自然に出た言葉だった。
「カルボナーラとハンバーグ交換しよーぜ」
「ん、いいよ!」
お互いそこに駆引きのようなものはなく、ただただ目前の美味しそうなものを食べたいという気持ちだけだった。
皿ごと交換し、多めに用意された新しいフォークを使ってパスタを絡める。
「うお!これも美味い!」
「ほんとだ!ハンバーグもすごい美味しい!」
二人同時に感嘆の声を発す。そして目と目が合い、そのままお互いに笑い合う。そんなまるで恋人のようなやりとりをして、いやまぁ恋人ではあるんだが、何だかよく分からない幸福感に包まれていた。
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