第45話 『主人公』の心境
「その結婚……ちょっと待った」
出来るだけイケボになるように心がけた透き通るような声が、静寂した部屋に響く。
東雲の母……ここまで来たからにはお義母さんと呼ばせてもらおう。お義母さんは驚きながらも、俺のことを指さす。
「だ、誰だか知りませんけど不法侵入ですよ?警察呼びましょうか?」
いや、それは最もなんだよな。物語だと断罪されない行為もリアルでやったら犯罪だ。ラッキースケベとかな。きゃー!えっち!って言われながらぶん殴られるだけで済むわけが無い。
だが、ここでペコペコするような主人公はいない。そう、俺は不法侵入すらも許される二次元の世界の住人になりきっているのだから。
俺はさらに声を上げ、キメ顔を作る。
「あ、すいませんね。でも……東雲は俺が貰いますから」
一瞬の沈黙が流れる。これが数秒の沈黙とかだったら恥ずかしさで死んでいたところだが、文字通り一瞬、一秒にも満たない沈黙だった。
「何を言ってるの?あなたなんかが私の娘と結婚出きるわけないじゃない!」
「官僚の人と結婚するのが嫌なら僕でもよくありませんか?まぁこんなの建前なんだろうけど」
「っ!」
最後に加えたひとことにお義母さんは分かりやすく動揺した。正直ただのカマかけだったのだが上手く引っかかるとは……
やはり緊急事態は人の正常な判断能力を鈍らせるな。通常ならあの東雲の母だ。こんなカマかけに引っかかるわけもないだろう。
俺はこの場を支配する探偵のように後付けで理由をつける。
「そもそもですけど、そんな理由があるなら最初に言えば良かったじゃないですか」
「……取り乱してしまったけど、素性も知らないあなたの話を聞く義理はないわ。どうしても出ていかないと言うなら……力ずくでも出ていってもらうわ」
ち、力ずく?
ふふふ、普通なら怖気付くところだが、ラブコメ脳の俺は違う!分かりやすく悪役のようなセリフを吐いてくれたことに感謝するくらいだ。そもそもこんな細身のおばさんが男子高校生相手にどうにかできるなんて……あ。
「彼」を見た瞬間余裕が一瞬で焦りに変わる。
ふえぇ……鳥羽のお父さんいたんだったよぉ……なんでこんなガタイいいのぉ……
「ちょっ、さすがにそれは!」
おじさんが俺の腕を握る。痛い痛い痛い痛い!!!
なに!プロレスでもやってたの!?すごい痛いんだけど!
あーもう仕方ねぇ!最初からクライマックスだよ!!
「東雲!お前はどうなんだ!俺の事どう思ってる!お義母さん?官僚の息子さんに娘を渡したくないなら俺ならいいですよね?」
東雲の目を真っ直ぐと見据える。
まだこの前のデートの誤解も解けてないしさすがに時期尚早な気がするが、情報が状況だ。今までの心理効果と今の特殊な状況に期待するしかない。
「ふ、ふふふ、そうね。わかったわ。梓があなたの事を好きって言うのなら今回の話は白紙に戻してあげる」
得意げに言うお義母さんの姿はどこか確信を持った様子だった。十中八九東雲がそんなことを言わない、と思っているのだろう。
だが、それは逆効果だ。今のお義母さんのひとことは東雲に「結婚を白紙に戻すために仕方なく好き、って言ってあげる」という建前をあげたのだ。
「月瀬君!」
ここ一番の大きな声が響き渡る。その清々しい表情を見て俺は勝利を確信する。
「私は君のことが!」
東雲は仮面なんてとうに捨てた、心の底からの笑みを浮かべて俺を見つめる。その目を俺は見つめ返す。悪いなお義母さん。今回の勝負俺の勝ち……
「私は、君のことが大嫌い!」
「……え?」
…………あれ???
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