第18話 幕間のひととき

 その後も俺たちは他のゲームで遊んだり、ひかりんの要望で東急ハンズを見て回ったりとそれなりに充実した時間を送り、時刻が六時くらいになったあたりで解散となった。なんだかんだ今日みたいにみんなと遊ぶのも楽しいものだな、とか考えていると気がついたら自宅の前に着いていた。


「ただいまー」


 いつも通り、作業的に帰宅の挨拶をしながらドアを開ける。玄関には歩波の靴が置いてあったが返事はない。残念なことにわざわざ迎えに来てくれる可愛い妹はアニメの中にしかいないだろう。


 手洗いを済ませリビングに入ると夜ご飯の作り置きを見つけた。母が夜勤前に作ってくれたものだろう。テレビをつけ、チキンカツをレンジへと放り込んだ所でドアがガチャりと開く。


「……」


「……」


 入ってきたのは薄着の格好をした歩波だ。やはりちっともドキドキしない。ドアを開けたら妹が着替えてて、「きゃーえっち!」とかなるのはやはり二次元だけだ。


 実際は「は……?キモ。死ねば?」って冷たい目で言われる。ソースは俺。


 俺たちは言葉を交わすことなく、お互いのしている事に集中する。妹はスマホ。俺はレンジの監視。お互い高校生にもなればこれが普通なのだ。


 全国の妹がいないオタクよ、これが兄妹の現実だ。よく覚えておけ。


 ただ、慣れとは怖いものでこの時間はちっとも気まずくなかった。しかし、今日は珍しく歩波が口を開いた。


「あのさぁ……彼女出来たってマジ?」


 スマホから全く目を逸らさず退屈しのぎのように言った。


 ……聞かれる可能性はあった。


 歩波は俺と同じ京浜高校に通っているので、知っているのも別に驚くことではない。ひかりんも知ってたしな。


 俺は余計なことを伏せ、事実を端的に伝える。


「うん。マジだよ」


 歩波は一瞬こっちを驚いたように見て、すぐに視線をスマホへともどす。


「ふーん。それって東雲先輩?」


「ああ」


 相手が誰かということもやっぱり知ってたか。というよりも相手が東雲だからこそ歩波の耳にまで届いたのだろう。


 さすが東雲。見知らぬ後輩にも知られているなんて。同じクラスメートにすら名前を覚えられてなかった俺とは大違いだな。


「ふーん、そ」


 会話が打ち切られる。まぁ俺もボロが出るのが怖いし、わざわざ話を続ける必要は無い。


 と、思ったのだが、いつの間にかスマホではなく、俺の事を真剣な眼差しで見ていた歩波が続ける。


「なんの弱みを握ってるか知らないけどそういうのは妹の私にも迷惑かかるからやめてよね」


「弱みなんて握ってねぇわ!」


 なんだよ急に。神妙な顔するからてっきり「あの女には気をつけなよ」とか意味深に言ってくるのかと思っちゃたじゃん。あと酷すぎませんか歩波さん。


「え!あ、そうなんだ良かった!というか……そうなるとなんで東雲先輩とお兄ちゃんが……わからん」


 おい、心から落ち着いたような顔するな。なに?冗談じゃなくてホントに俺が脅してると思ってたの?


 ただ、俺と東雲が付き合っている理由が分からないのは同感だ。逆の立場だったら同じ反応をしていただろう。


「どっちから告ったの?」


 こいつ……過去にないくらいこの話に興味津々だな……。女子高生にとって他人の恋バナは非常に興味をそそられるものなのだろう。


 ただ、当事者からしたら好んで語りたいことでもない。恥ずかしいし。馴れ初めを自慢気に語る、というのはあるのだろうが俺の場合はそんな馴れ初めのようなものも無い。


「あーーー、俺からだよ俺から。もういいか?この話」


「え!あの臆病なお兄ちゃんから告白したの!!……まぁそりゃ東雲先輩がお兄ちゃんに告白するわけはないけど……、なんで東雲先輩OKしたんだろ」


「……もう何も言わないぞ」


「あはは、ごめんごめん。また聞かせてよ」


「気が向いたらな」


 気が向いたら、というのは大抵気が向かないものなのだが、全てが終わったら歩波に馴れ初めを語るのも悪くないかもしれないな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る