第43話 小悪魔後輩

 さて、次の目的地は何も決めて居ない。近くの映画館でもいいのだが、それだと長すぎて東雲達が帰ってしまう恐れがある。しかし、嫉妬心を煽ることを考えるともう少し粘っておきたい。


「あ、ここでいいか」


 ゲームセンターから三、四十メートルくらい先にある狭い通路に来た。曲がり角になっており視界は狭く、辺りに人気はない。トイレと自販機があり、それに面する形で四人がけのベンチが置いてある。


「もう、プリクラくらいいいじゃないですか」


 拗ねながらベンチに腰を下ろす。俺もそれに習ってすぐ横に座る。

 ただ、俺が座った瞬間ひかりんは立ち上がった。え、何俺嫌われてんの。


「……なーんか、やっぱり利用されてるだけって納得いかなってきたな」

「急にどうした?」


 言葉の意味が分からなかったので素直に尋ねるとひかりんはツーンって、そっぽを向いた。


「なんでもないです。先輩立ってください」

「座ったばっかなのに……まぁいいけどさ」

 言われるがままに立つ。急にどうしたのだろうか。トイレ……お花を摘みにでもいくのだろうか。でもそれなら一人でいいはずだ。んー、わからん。


 ひかりんは俺が立ったのを確認するとそのままベンチの向かい側の壁にもたれかかった。


「先輩、ここに立ってください」


 言いながら目線はひかりんのすぐ前を指していた。それに従い、無言でそこに立つ。

 配置は、壁にもたれるひかりんを俺が閉じ込めているような状態だ。


「そこでちょっと待ってくださいね」


 にこっ、と久しぶりに小悪魔のような笑みを浮かべた。


 まさかの放置プレイですか。そうですか。いいですけどね。待つのとかコミケとかで慣れてるし。というか今更だけどオタクでありリア充でもあるとかもしかして最強では?リア充の方はまだ極めてないけども。チャンピオンまでは行かなくても「奴は四天王の中でも最弱」って言われる四天王にはなれそうな気がする。でもそれ倒される前提なのよね。


 そんなくだらないことを考えていると急にひかりんは、俺の右腕を掴んできた。意味もわからずとりあえずそのままにしているとひかりんがニヤリと微笑んで上目遣いで尋ねる。


「先輩は自分が利用されるだけされて用済みになったらもう関わらなくていいよって言われたらどうしますか?」


 その質問は……今の俺に当てはまるものだった。今の俺はそれが納得いかなくて行動している状態だ。しかし、その質問の意図が分からなかった。ひかりんには事細かな事情を話しているため、俺がなんと答えるかも分かっているはずだからだ。


「先輩はー、納得いかなかったんですよね。だから私を誘ったんですよね?」


 ……そうだ、と。無言で頷くと、ひかりんはパッと弾けんばかりの明るい笑顔を浮かべる。


「私もそうなんですよ♪」


「え」

 そうなんです……の意味を考える時間もなくひかりんは行動に移す。


「えい!」


 パシッ、ドン!


「いたっ!急に何を……」


 ひかりんは俺のくるぶしの辺りを思いっきり蹴った。


 それと同時に掴まれた右腕が力いっぱいに引かれて、正面にバランスを崩す。俺は何とか余った右手で向かい側の壁に体重を預けることで倒れずにすんだ。

 ただ、今の体勢はつい最近に経験したものでデジャヴを感じた。


 何がしたかったか分からなかった彼女の行動だが、ふと視線を感じて横を見た瞬間、自分が何をしてしまったかを悟った。


「あっ……」


 そこには気まずそうに目をそらす鳥羽と呆然と立ち尽くす東雲がいたのだ。

 つまり……俺は彼女の前で壁ドンを……


 元々嫉妬心を煽るつもりだったが流石にこれはまずい。「浮気してるのかな?」という疑念から「何浮気してんだクソ野郎」という確信に変わってしまう。そうなると嫉妬ではなく嫌悪感になる恐れがある。それに今まではあとで言い訳ができる余地を残してはいたが、この現場の言い訳はすることが出来ない。


「せんぱーい。こんなところで大胆なんだからぁ」


 そんなことは気にしてすらいない様子のひかりんは悪魔の笑みと共に首を軽くあげてすっ、目を閉じる。


 待て待て待て待て待て待て待て


 これあれだよな。キスだよな。彼女の前で他の女とキス?どんなクソ野郎だ俺は。既にその自覚こそ芽生え始めたけど超えてはいけないラインくらいわかる。


 数秒思考して、何とか声を出す。


「じょ、冗談ならやめろよ。タチが悪い」


「彼女のこと気にしてますか?それならほら。もういませんよ」


 目を閉じたままノータイムで返事がくる。

 見るとそこには彼女らの姿はなかった。


 この場を見ることが辛くて、去っていった事など考えなくてもわかる。


「先輩?二人きりですよ。私だって恥ずかしいんですから……ほら」


 ひかりんの頬は紅潮していて、俺の腕を握る手は微かに震えていた。


 それを見た俺は……


 覚悟を決め、彼女との距離を縮め、彼女に触れる。


 パチン!


 懇親のデコピンとともに。


「いったあ! な、なにするんですか!」

「蹴られた仕返し」


 さすがに東雲がいないからと言って他の女の子とキスしていいわけが無い。論点が彼女以外とキスすることはいけない、から彼女の前で他の女の子とキスしてはいけないという感じに変わっていた。ひかりん恐るべし。


「つーかお前あの気まずい状況が狙いなら別にその後キスする必要なくねーか」


 彼女の目的は東雲目線での俺とひかりんの浮気疑惑を確信させることだろう。メリットも何もない行為だが、ただ利用されているだけにムカついたから一矢報いてやる、という思考の元での行動なら納得がいく。でもだとしたら、東雲が見ていない中での行動は無意味なはずだ。


 俺が聞くと、ひかりんは首を傾げる。


「あれ?なんででしょうかね?」

「おい」

「まぁ、今のでチャラでいいですよ。その代わりちゃんと東雲先輩落としてくださいよ。あ、用事を思い出した!ではではこの辺で〜」


「あ、ちょ」


 待って、と言い終える前にひかりんは走り去る。目的である東雲の嫉妬心を煽ることは達成どころかやりすぎて逆にヤバいくらいだからいいのだが、唐突にデートを切り上げて帰っていく姿にまたデジャヴを感じてしまった。


 しかし、その時と違うことがあった。


 彼女は少し走った後、俺の方に振り向いて、髪をふわっとなびかせる。


「今度は普通にデートしましょ!」


 天使のような笑みを浮かべると、そのまま走り去ってしまった。


 ……おいおいめちゃくちゃ後輩ヒロインしてるじゃねえか。


 俺でなきゃ恋に落ちてたね。ただ、デートか。俺には彼女(仮)がいるしなぁ。今日のデートの借りもチャラにしてくれたみたいだし……わざわざ言うこと聞く必要も無いしな。うん。断ろう。


 今度ダブルデートでもしようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る