第33話 決戦前

 あの後私たちは駆け落ちの作戦は中止することにして、とりあえず親と話し合うことだけ決めてすぐに解散した。お互いの親たちに時間を取ってもらいたい旨を話すと明日の午後にだけならお互い時間が取れる、ということなのでその翌日である今日、話をすることになった。まさかこんなにすぐ話をする時間が取れるとは思ってなかったけど、今日を逃したら次がいつになるか分からない。ならばすぐにでも実行するべきだろう。


「はぁ……憂鬱」


 思わずため息がこぼれる。昨日は全然眠れず今はほぼ徹夜状態で今から冷徹な親に対してわがままを言いに行く。それだけでも鬱になりそうなのにでもそれ以上に昨日月瀬君が女の子と遊んでいた姿が頭にこびりついて決して離れようとしない。別にそんなことを考える義理もないんだけど。


 私が勝手に利用して勝手に心配して勝手に裏切られたと思ってるだけ。彼は何も悪いことはしていない。むしろ心配事のひとつがなくなって喜ぶべきかもしれない。


 そんなことを考えていると、こちらに誰かが走ってきた。


「わりぃ。お待たせ」


待ち合わせ時刻の十六時はまだ過ぎてなく、決して長時間待っていたわけでもなかったけど、翔に対する不機嫌さからか思わず口に出てしまった


「ホントにすごい待ったよ」


 月瀬君ですら私とのデートに十五分以上早く来てたのにって一瞬思ってすぐに思考を切り替える。翔は何か、んー、と唸っている。


「なんかこのやり取り前もした気が……あっ。なんでもない」


 何を思い出したんだろうか。別に言いたくないなら聞かないし興味もないからいいんだけどね。


「よし、じゃあ行くか」


「うん、そうだね」


 私たちは決戦の地……私の家へと向かう。


翔に言いたいことは沢山あったけどそれは全てが終わったあとにまとめて言うことにした。今彼に何か言ったところで状況は何も変わらない。何より翔の話を聞いた上で間違った決断をしてしまった自分が一番わるいのだ。


 私たちの家はかなり近くに位置している。多分数十メートルくらいかな。間には公園や他の住宅を何件か挟むから隣接してる訳では無いけど、相手の家に行こうと思えばすぐにでも行ける距離にある。


 待ち合わせ場所はその間に位置する公園。だから徒歩数分、いや徒歩数秒程度で私の家の前へと到着する。


 いつも何も感じないで通っている門が今日だけはやけに威圧感を放っているように感じた。


 二人同時にその門を潜る。私の家は世間からしたら豪邸ともよばれるようなものなのだろう。門から家の入口まで少し距離があるし、庭の敷地も大きい。そのため、庭にはたくさんの木が生えている。


 決して「おかえりなさいお嬢様」とか言ってくれるメイドのお出迎えがある訳では無いが、それでも家の敷地に入った瞬間に空気が変わったのが分かった。その空気の変化もいつも感じるものとは違ったものだった。


 庭を少し歩いていくと大きなドアが見えてきた。それを鍵で開けて中に入り、二階に位置する客間へと向かう。


 コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、


 二つの不規則な足音が無音の空間に響き渡る。それはまるで試合前のカウントのようだった。耳に響く足音は変わらないはずなのに、歩みを進めていけばいくほど音が大きく聞こえてくる。


「……」


「……」


 歩みを止めると無音の空間が現れる。目の前には客間の扉。一呼吸してからそれを押す。


 キィーっと音を立てながら扉がゆっくりと開き、それと同時に陽の光が差し込んでくる。


 見ると先に先客が二人いた。私の母とガタイのいいおじさん、翔の父だ。母は私たちの姿を軽く目で確認すると冷たく口角を上げてから言う。


「さて、始めましょうか」

  

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