5、物語は終着へと向かう

第32話 最悪の終着

 あれから一週間が経った。私は露骨に月瀬君に避けられていた。もちろん最低限の会話は出来たけど、話しかけたらすぐに「あ、トイレ行かなきゃ」とか「あ、用事あったんだ」とかなんとか言ってどっか行ってしまう。もしかしたらクラスの中では別れたって、噂が流れてるかもしれない。

 それが多分現実になるんだけどね。


 私は一回、たった一回でいいから月瀬君と話したかった。全てを伝えて、そのうえで関係をリセットするために。でもそのタイミングも見つけられないまま土曜日を迎えた。


「ほい、抹茶クリームフラペチーノ」

「ん、ありがと」


 そして今私は翔と共にスタバにいる。私から今回のことについての相談をしたいと誘ったのだ。抹茶クリームフラペチーノは翔の奢り。当たり前だよね。


「で、なるほどねぇ。別の作戦を考えたい、と」


 一通り話し終えると、翔は苦い顔をする。


「うん。まだ謝れてもないし……」


「そうだなぁ……なら素直に嫌です、って親たちに言ってみるか」


「はぁ……上手くいくとは思えないけどね」


「だって冷静に考えてみろよ。政略結婚ならまだしもさすがに高校二年生にそれを言うか?」


「何が言いたいの?」


 全く、ホントこの人は何を考えてるかが読み取れない。恐らく意図的に読み取られないような発言をしているのだろう。真相がわかっていても焦らすホームズみたいに。


「普通政略結婚するにしても高校卒業した段階とかだろ?それなのに今それを命じるってことは今相当会社がやばいって事だろ」


 確かに、将来的に結婚することが決まってるならばその二人が高校生で恋仲になることなど簡単に予想できる。そして恋仲になったのならば会社同士も敵対しにくい。そんなところだろうか。でもそれがわかってもどうしようもないことだ。


「一度ゆっくり親たちと話そう。さすがにこれは時間を取ってもらえる案件だろうからな。作戦はそれまでに考えとくわ」


「なら最初からそうすれば良かったじゃん!」


 納得いかない。そうする気があるならこんな回りくどいことをする必要はなかった。それに……


「月瀬君にとっての最高の結末は?」


「それも大丈夫だよ。問題ない」


 翔はクスクス笑ってる。


 問題ないって……。今の状況は月瀬君を巻き込むだけ巻き込んで私たちの都合で不完全のまま巻き込むのをやめる形だ。全くもって最高の結末じゃない。


「納得いかないって顔だけど絶対大丈夫だから」


ホントにむかつく。私が翔を怒っている側なのに気がついた時には翔が上に立っているような気分になるのだ。


「ほんっと、翔と政略結婚なんて絶対にごめんだよ」


「はは、なかなか言ってくれるじゃ……あ」


「あっ、てなによ、話を逸らさないで……え」


 翔の不自然に止まった視線の先を見てみると、そこには話題の渦中の人物がボトル片手に談笑していた。


 見知らぬ女子と一緒に。


「はぁ!?」

 全身の血が激しく脈打つ。


 思わず二度目する。しかし現状は変わらない。


 そこにいたのはやはりデート中にしか見えない月瀬君。


 え、なに。私のこの心配はただの取り越し苦労だったの??本人はとっくに最高の結末を掴んでいたの??


驚きのあまり大きな声が出ちゃったけど彼らはそれに気づく素振りはない。


 へー、この声に気づかないくらい楽しいんだ。へー!


「ちょっと行ってくる!」


「ちょい待てよ……俺らに気づいてないな。ならこっそり見てようぜ」


 他人事みたいに……


 そもそも翔が私にこんなことを命じなければ今こんな気持ちにはなってな……こんな気持ち?


 あ……もしかして、嫉妬ってやつなのこれが。いやまさかね。私と月瀬君の関係はもうリセットするんだ。そもそも自分が謝りたいと思ってる相手が呑気にデートでもしてたらそりゃ誰でも腹を立てるよ。


「で?あの子知ってる?」


 気持ちを落ち着かせるためにも質問すると、髪をわしゃわしゃしながら苦笑いをうかべて答える。


「あー俺の後輩だわあれ」


「後輩……」


「でもきっと何かあるんだよ!あ、外出るみたい!尾行するぞ!」


 翔は少年のように目を輝かせて、まだ飲み終わってないダークモカチップフラペチーノを片手にスタバを出る。


「え、いやちょっと待ってよ!」


 ……私は今何をしているんだろう。ストーカー?そう言われても不思議ではない。


 近くのクレーンゲームに身を隠しながら、仲良く話している二人をコソコソ覗いているんだから。


 声は聞こえないけど、遠目に見える彼らの姿は仲つむまじいものに見える。例えば彼らを見た見知らぬ人が「仲のいいカップルだなぁ」って思うほどには。


「もういこ!さすがに悪いよ……」


 切り上げるように言う。罪悪感が増したっていうのもあるけど、月瀬君のプライベートをこれ以上邪魔したくないって思ったからだ。そもそも私とのデートの約束を彼は断って今ここにいるんだ。それが何を意味するかなんて簡単に想像できる。


「でもきっと誤解だよ。多分月瀬は梓との仲直りをするための相談をしてるんだよ」


「あれが?」


 確かに私も最初はそうかなぁって思ったけど。仲良くクレーンゲームをして、自撮りまでしてる姿を見ればもう疑いようがないよ。


 やだよ……もう、胸が痛い。


 私なんてそんなもんだ。親の言いなりになって、翔の指示に従って。勝手に巻き込んだ月瀬君を勝手に見限る。自分の意思を持たない、でもそれでいて自分勝手なのが私だ。


 現実から目を背ける。彼が楽しんでいる姿を見ればもうそれでいい。謝る必要なんてない。楽しんでるなら良かったじゃんおめでとう。そう自分に言い聞かせる。


「あ、ほらまた移動するよ!」


「……」


 いい加減にして!そう言おうとして、言えなかった。多分どこかで彼の真意を知りたい、って思ってる自分がいたんだと思う。だから何も言い返せずに翔について行く。その選択が間違いだったことも知らずに。


 どれくらい歩いただろうか。多分距離にしたら二、三十メートルもないんだと思うけど。人気のない場所に移動した彼らに嫌な予感を感じながらも尾行する。


 そして曲がり角で彼らを一旦見失った頃だろうか。耳に打撃音が聞こえてきた。その音は一週間前にも聞いた覚えがあった。それも今よりずっと近くで。


「!」


 ダメだ。もうダメだ。「それ」を見た瞬間、私のギリギリ耐えていた感情のダムが一瞬にしてに崩壊する。


 孤独 失望 落胆


 表現しようのない感情が襲う。


 自分が嫌で嫌で仕方なくなって、自暴自棄になりそう。


「帰ろう、か」


 気まずそうな目で私なことを見てくる。


 ……バカ。

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