第31話 現実
……ン……ゴトン
「……!」
ガタンゴトン ガタンゴトン
……あぁ戻ってきた。いつも聞く音だ。
どうやら少し寝ちゃってたみたい。だったらさっきのことは夢?って思ったけど残念ながら全部現実。
まだぼんやりして、かすんでいる目を開く。
「あーあ。やっちゃった」
電車の次の目的地は「蘇我」を指していた。蘇我駅は京葉線の終点駅のひとつだ。時間によっては他の終点駅の時もあるけど、ほとんどの終点は蘇我駅。
つまるところ、寝過ごしちゃったってこと。
別に京葉線は本数多いし、寝過ごしたって言っても私が降りる稲毛海岸駅までは数駅しかないからそこまでショックでもないんだけど、今まで電車で寝過ごしたことがなかったから、あぁ、私今疲れてるんだなって改めて実感した。
でも、この疲れは多分月瀬君とのデートによるものじゃない。政略結婚とか駆け落ちとかそういうことを考えての疲れだと思う。
正直、月瀬君とのデートは楽しかった。話がすごい面白い!とか、めっちゃ頼れる!とかは全然ないんだけど。
月瀬君と壁ドンしたりとか、キスのふりをしたり、とか。私も平常心を保つので精一杯だったけどあんな感じのやり取りには言葉に出来ない楽しさがあった。ただ、これを恋心と名付けることは出来ない。多分友達として一緒にいて楽しい、とか、からかいがいがあるクラスメートみたいなとこだろう。
というか、今まで異性のことを好きになったことがないのに、たった一回のデートで惚れるなんてことはあるわけないんだけどさ。
……でも申し訳ないことしたな。
湧いてくる罪悪感。デートを勝手に終わらせてしまったこともそうだけど、なにより今回の件に巻き込んでしまったことによるものだろう。
だから私はその罪悪感を紛らわせるためにもスマホを操作する。
『今日はごめんね。良かったら来週埋め合わせさせて欲しいな!』
メッセージアプリに入力して送信する。相手は勿論月瀬君。別に埋め合わせと言えどまたデートをする訳では無い。翔の作戦に背く形にはなるけど真実を月瀬君に伝えたいだけだった。
ガタンゴトン ガタンゴトン
電車は一定のリズムで音を上げている。そんなリズムとは違う、携帯のバイブ音が待たずして耳に届く。
見ると、そこにはこう書いてあった。
『ごめん。来週土日両方とも予定入ってるんだ。また今度でいいかな』
……嘘つけ!
思わず叫びそうになったところを何とか踏みとどまる。
多分月瀬君は嘘をついている。今までの月瀬君を見てきた限り、少なくともこの一ヶ月は私とのデートを最優先するはずだし、翔が月瀬君は基本暇と言っていた。土日一日だけならまだしも両方空いてないとかまず無いと思う。
……てことは、やっぱりそういう事だよね。
お姉ちゃんの言葉と、私が急に帰っちゃったことが彼を不機嫌にさせたんだよね。そりゃ、突然デートを終わらせられたり、あなたは翔の代わりにはなれない、なんて言われたら私だって怒ると思う。
あーあー、選択肢間違えちゃったかな。
さっきはとっさに帰っちゃったけど。あのままデートを続けるべきだったかもしれない。あの場で続けてきたとしてもいい結果になっていたとは思えないけど。
月瀬君には一ヶ月のタイムリミットを言い渡したけど、別にこれが守れなくても三股疑惑を流すつもりは最初からなかった。これも翔の提案によるもの。こう言えば月瀬もやる気になるだろうって。
だったらこの関係もこれで終わりでいいかもしれない。多分このままいっても上手くいく気はしないし、だってそもそも私たちは嘘に塗り固められた、かりそめでしかない関係なんだし。
せめてもの謝罪だけはして、ケジメをつけて。駆け落ち作戦は失敗ってことでまた別の作戦を考え直せばいい。
俯いていた顔を上げたと同時に電車が大きなブレーキ音をたてて終点駅に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます