第51話 政略結婚

 俺はある日突然、梓のお母さんから会わないか、と連絡を貰った。勿論その理由は分からなかったが特に断る理由もなかったし、都合も俺の方に合わせてくれる、ということなので部活帰りに俺は梓の家へと出向いた。


 応接室の扉を開けると、そこにはおばさんと、あず姉がいた。


「お久しぶりです。急に連絡くれるなんて珍しいですね。あず姉も久しぶり」


 おばさんは基本仕事に出向いているため、会うこと自体が少なかった。そもそも向こうから連絡をくれたのは初めてなんじゃないだろうか。だからといって俺からおばさんに連絡をしたことなんて一度もないが。


 あず姉とは、久しぶり、と言っても数ヶ月ぶりくらいかな。あず姉が大学に行って以来会う機会がなかったのだ。


「翔、久しぶりだね〜、本当は近況報告とかしたいんだけどさ、事情が事情でね」


 あず姉は一瞬ヘラッと笑ったかと思うとすぐに険しい顔になって、横目でおばさんを見る。


「こんにちは。翔くん。久しぶりね。ここに呼んだのは一つ頼み事を聞いて欲しかったから。突然で申し訳ないのだけど」


 表情からは全く申し訳なさそうな感じはしてこなかったが、おそらく心からの謝罪なんだと思う。なんとなくだけど空気感で伝わってきた。


 ただ事じゃないことは予想してたから、俺はおばさんに先を促す。聞いてからじゃないと何も答えられない。


「事情にもよりますが、とりあえず聞かせてください」


「……単刀直入に言うわ。梓と結婚する気はない?」





「……は?」





 ……え、結婚?あの結婚?


 意味が分からなかった。ただ事じゃないと思ってはいたが、引越しで梓が転校するとかそういうのをイメージしてた。まさか結婚、とは。


「ごめんなさい。理解が追いついてないわよね。順を追って説明するわ」


 そう言っておばさんは説明を始めた。


「知ってると思うけど、私たちの会社は日本でも有数の大企業だわ。だから結構そういう話が来るのよ」


「梓をうちの息子にくれないか〜!ってね。笑っちゃうよね」


 あず姉は笑いながら言ってるけど目はちっとも笑ってなかった。


「それで、梓ってさ多分見た感じ恋愛とか全く無関心って感じじゃん?翔から見たらどうなのか知らないけどさ〜、少なくとも、恋する乙女!って感じではないじゃん」


 ……まぁ確かに。


 梓とは長い付き合いだが今までそういう話を聞いたことは無かった。そして、多分俺のことが好き、ということも無い。生憎俺はモテる人種だから人からの好意には敏感な自信がある。少なくとも鈍感主人公ではない。


「勿論縁談なんて断っているのだけど、最近簡単には無下にできない所とかからも声がかかってきたのよ。全く、可愛いは罪という言葉があるけどほんとその通りな気がしてきたわ」


 なるほど……実感こそ湧かないがある程度理解はできた。そして、梓の性格を考えると――


「押し切られる形で望まない政略結婚をさせられる前に昔から仲のいい俺と梓を結婚させてやりたい、って事ですね。梓の幸せを考えて」


 自分たちでは断りずらい相手との縁談が来た時に梓は自分のことよりも自分の周りのことを考えて決断してしまいそうだ、ということだろう。そして梓は昔から押しに弱い。それがたとえ望まない相手だとしても強く言われてしまえば肯定してしまう危険性を秘めている。


「そういうことになるわね。勿論理由は私のためだけれども。断る手間が省けるのよ。理解が早くて助かるわ」


 おばさんはなんのこともないように言ったが、十中八九梓の為だろう。娘のことを第一に考えるのは親として普通のことなんだから。


 でもおばさんのツンデレなんて見たくもない。さっさと話を進めるか。


「……それ、梓には?」

「まだ話してないわ」


 ……なるほど、ならこれは面白いことになりそうだな。

 頭の中で一つのプロットが出来る。


「じゃあ別に、それが俺じゃなくても梓が幸せになれる相手ならいいんですよね?」


 それを聞いたおばさんは目を見張ったが、あず姉はふーん、と相槌を打ちながら、ニヤニヤと笑っていた。


「え、ええ。確かにそうなるわね。そんな相手がいるならば、だけれど」


「なら大丈夫です。僕に任せてください。ところで、あず姉は大丈夫なんですか?」


 梓が上手く誰かと結ばれたとしても、今度はあず姉に声がかかるだろう。というか現時点でもかかってるはずだ。だから単純に心配事、として聞いた。


「あー私?あ、なら翔と結婚しちゃう?」


 冗談めいた口調だったがやめてくれ。心臓に悪い。


「ふふ、からかって見ただけ。大丈夫よ。私には好きな人がいるから」


「え?まじ?」


「まじ。現在同居中だよ。なんならお風呂とかも一緒に入ったし、一緒のベットで寝たりもしてたし。名前も一文字違いなんて運命感じちゃうよね!」


「なるほど。よーくわかったからそれ以上はやめろ?」


 よく親の前でそんなこと言えるな。恥ずかしくないのか、と思っておばさんの方を見てみるとやれやれ、と呆れた表情をしていた。でも、実際に妹と直面したらこんな態度は出さないんだよなぁ。もっと素直になればいいのに。


「はぁ…つまりそういう事ね。基本方針は翔くんに従うわ。ただ、その相手とやらが梓に見合う人でなかったら今後こそあなたに結婚してもらいますからね」


「わかりました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る