第39話 けじめ

「……政略結婚に駆け落ち、ねぇ」


 ざっと聞いた話は全く現実味を帯びてないもので、アニメよりアニメな話だった。


「どう……話聞いて、やる気失くした?」


 神妙な顔をしながら俺を見つめる鳥羽。ちなみに梓葉さんは時々相槌を打つくらいで、説明はほとんど鳥羽がしてた。梓葉さんは楽がしたかったから鳥羽を呼んだのだろうか。


 それにしてもやる気失くした?か。


 今の説明で謎だった部分が殆ど解消した。俺が鳥羽の賭けに負けてから、東雲に告白して、それを了承されるまで全て仕組まれていたってことだ。言うなれば俺は利用されてたわけだな。いい気はしない。

 俺は翔の目を見つめ返し、できるだけ真剣な声のトーンを作る。


「なんというか……東雲も鳥羽も凄いクズだな」

「自覚はある」


 他人の家庭事情に俺を勝手に巻き込んで、しかも俺なら罪悪感が湧かないから俺にしたとまで言われた。今までどんなに仲良かった友達でも一瞬で絶交するような案件だろう。


「で?何が言いたいの?」


 俺を利用するならその真相は墓まで持っていくべきだろう。俺を利用する作戦を諦めるにしてもそれを話してしまえば鳥羽と東雲が糾弾されるのは簡単に想像出来る。もし真相を話さなかったとしても俺は自力ではこの真相に辿り着くことはまず不可能だし、疑問こそ抱けど、それが確信に変わることはなかっただろう。


 結論俺に話すメリットがないのだ。それなのに真相を俺に話すのは、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。


「いや、これはただのケジメだよ。勝手に巻き込まれていると分かってやる気失せた?」


 やる気失せた?か。普通ならそうだろう。真相を知った今、もうこの件とはおさらばして鳥羽とも東雲とも縁を切るべきかもしれない。

 ただ、もとより東雲の振る舞いから何らかの事情があることは分かっていた。まさかこんな複雑なことになってるとは思わなかったが、まだ想定の範疇だった。

 それに、それ以上に俺には思うところがあった。


「利用するだけ利用して、はいサヨナラはないだろ。最後までやってやるよ」


 単純に気に食わなかったのだ。この件で捨て駒のように使われて終わりというのが納得いかなかったのだ。ここでこの件から身を引くのが一番楽なのは間違いないが、どんな形であれこいつらに一泡拭かせなくては気が済まなかった。


 それに俺はオタクだ。垢抜けしたとはいえ本性はそこにある。


 つまり俺は「クラスの美少女に(元)陰キャの俺が告白したら利用された件」って感じのタイトルのラノベの主人公なわけだ。


 それに俺が燃えないわけがない。そもそも俺が垢抜けしたのだってリアルでラブコメをしたかったからだ。さすがにここまで非現実的な主人公になるとは思ってなかったが、折角ラブコメ世界が展開されたのだったら存分に楽しまなくちゃ損だ。


 自分の現状を確認して満足感に浸っていると、前ぶりもなく冷たい視線が俺を射抜く。


 視線の先には小悪魔ではなく悪魔のような笑みを浮かべた梓葉さんが頬杖をついていた。


「でも、デートが失敗に終わってる現状で、月瀬君。梓を落とせるの?」


 まるで全てを見透かしているような言葉はやがて周りの騒音にかき消された。が、その言葉は俺の中で反芻する。


 そもそもデートが失敗したのはあんたのせいなんだが、と言う言葉は勿論喉の奥にしまっておいた。


 それは俺の中での最重要課題であり、メインストーリーだ。


 だからこそ失敗は許されない。これに失敗したら俺は主人公から鳥羽の友人Aへと成り下がる。それで言うんだ。「お前!あの東雲さんと付き合ったってほんとか!」って。そんな屈辱あってたまるか。完璧な作戦で東雲を落とす必要がある。


 そしてついさっき、デートに失敗した。


 しかし、それも込みでその作戦は今現在順調に実行されている。


 どんな物語にも起承転結がある。その中でもラブコメにおいて、主人公とヒロインの仲を一気に縮めるのは、転、であり結、だ。


 ヒロインと主人公が喧嘩をしたり、浮気を疑われたり、道端で殺人鬼に襲われたり。そんな転の末、仲直りや誤解の解消、主人公による助け、という結がある。そこでヒロインは主人公に心の底から惚れるのだ。


 例えば好きな男子がいない女の子が街で襲われていたとする。そこを間一髪見ず知らずのイケメン君が我が身を挺して助けたらどうなる?


 ラブコメなら間違いなくその子はイケメン君に惚れるだろう。


 無論ここは現実だ。助けて貰って一目惚れ!なんてことが実際にあるかは知らん。だが、ハプニングこそがラブコメを盛り上げるためのスパイスになるのは現実にも当てはまるだろう。吊り橋効果と似たようなものだろう。


 今はヒロインのわがままで少しすれ違った状態、まさに転の始まりだ。それを利用しない手はない。むしろ種はもう巻いてある。


 だからこそ自信満々な笑みを浮かべて答えるのだ。


「余裕っす」

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