第20話 デートあるいは駆け引き②

「いやー泣けた。すごい泣けたよ!」


 映画を見終わった俺たちは次なる目的地へと歩きながら先程の映画の感想戦を始めていた。


 映画は男女の四角関係を描いたものだった。そしてたくさんのすれ違いの末、最終的に結ばれたのは主人公とメインヒロインの位置づけにある子だ。この二人が結ばれるだろうことは想像に容易かった。


 しかし、恋に破れた二人に一度感情移入してしまうと、それはもう涙無しでは見れなくなる。結ばれた彼らを全力の笑顔で応援しつつも、彼らがいなくなると二人して泣き合い、お互いに励まし合う。その姿がとても切なく、儚くて、感動する人が続出というわけだ。


 俺も泣きこそしなかったが、想像以上に感動していた。


「そうだな。確かにすごい良かった」


 心からそう思っていた。しかし、余韻に浸っていた俺はすぐに現実に連れ戻されることになる。


「ね!私あの壁ドンかっこよかったと思うんだよね!」


 東雲は優美な笑みを浮かべ、こちらを試すような目をしながらそんなことを言ってきたのだ。考えるまでもなく壁ドンしてみろって意味だろう。


 普段の俺ならキョドって「え?か、壁ドン?」とかなっていただろう。


 しかし、これは想定内だ。元々そのつもりでラブコメ映画に誘ったんだからな。映画で出た胸キュンシーンをそのままパクって東雲にやる。それが今回の作戦のひとつだ。映画で壁ドンシーンになった時は「えー、壁ドンって古くね」とか思ったけどな。


 俺は表情を一切崩さずに東雲に接近し、手を掴み、近くの人気のない壁まで連れていく。


「え!?はぁ?」


 東雲はどうやら照れている様子だ。それは演技ではないように感じた。やはりこの前一緒に昼飯を食べた時に思ったが、なんだかんだ言いながら東雲は押しに弱いところがある。からかうのは得意だけどからかわれるのは苦手みたいな。


 そのまま目的地へとつくと、すかさず壁際に東雲を離し、壁を思いっきり叩きつけ、東雲との距離を一瞬にしてつめる。


「ひゃっ!」


 ダァン!という音と共にそんな可愛い声を上げる。心頭滅却心頭滅却心頭滅却。


 えーと。ここのセリフなんだっけ。確か……



「俺から逃げんじゃねぇよ」



 そんな声が「俺の正面」から聞こえてくる。



 それはあまりにもクールでカッコよくて。それでもどこか彼女らしい美麗な影も残っていた声だった。


 俺は思わず声の発生源を見てしまう。すると勿論今まで俺が逸らしていた目線が合うわけで。



「……!」



 すぐに目を逸らして横をむく。


「惜しかったねー!残念だなぁ」


 東雲はどこか楽しそうにしていた。その顔が無性にムカついて。考えてきた作戦を一瞬で利用されてしまう自分にもムカついて。せめて一矢報いてやろうと思った。


「おい、こっち見ろよ」


「ずっと見てるけど……って、え!?」


 まぁ確かに目を逸らしたのは俺だから自問自答みたいな形にはなったけど。どうやら意表をつけたようだ。


 そう、これはラストシーンで主人公がヒロインと……キスする時に言ったセリフ。正直これはもっと温めておくつもりだったのだがな。


 俺は東雲へと顔を近づける。流れでやってしまったことで、羞恥心で死にそうだが、今退いたらもっと大きな羞恥心に襲われる。ならば当たって砕けろだ。


「え!?嘘でしょ!?」


 東雲は驚きながらも顔を傾けて目をそっと閉じる。


 既に二人の距離は数センチ。俺も意を決して目を閉じ、さらに顔を近づける。

 触れてもいないのに体温が伝わってくる。時間にしては数秒にも満たないその時間はあまりにも長く感じられた。


 そして、俺の唇が柔らかいものに触れる。


 …………!?!?!?


 冷静な思考を失い、しどろもどろになる。え、え!?


 恐る恐る目を開けると、「十センチくらい前」に東雲の姿。そして、俺の唇には、東雲の人差し指があった。


 なるほどね。確かに思い出してみればあの感触は唇と言うにはあまりにも細かった。


「そういうのはダメだよ?……まだ、ね」


 何か含みがありそうなセリフを余裕ありげに言い、ニコッと太陽のように眩しい笑みを浮かべた。


 そして、俺は。


 あとから襲ってくる羞恥心の津波に飲まれていた。東雲の顔は勿論、人間の顔すら見れない。


「わ、わりぃ!トイレ行ってくる」


「いってらっしゃーい!」


 そして俺はそのまま近くにあったトイレへと駆け込むのであった。


 俺がトイレから戻ると東雲は何故かずっと笑っていた。さっきの俺がそんなにも面白かったのか。さすがにそこまで笑わなくても……


 東雲は俺がトイレから出てくるのを発見すると笑ったまま俺の肩を触ってくる。東雲の手はプルプルと震えている。


「……プッ!次のとこ行こ!」


「笑いすぎだろ……」


 なんとなくだが、この東雲の笑いは演技ではなく、素からの笑いに見えた。


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