第3話 始まり
賭け……?
言っている意味を必死に理解しようとするが、彼女はお構い無しに続ける。
「相手を先に惚れさせた方が勝ち。惚れた方が負け。簡単でしょ?」
言うとニコッと純粋無垢な笑みを浮かべる。しかし、その笑みは一瞬にしてどこか企みがあるような笑みに変わり、さらに続ける。
「ただ、私も暇じゃないし。1ヶ月で私が君に惚れなかったら君の負け。勿論君が私よりも先に惚れても負け。負けた時には君が三股してることを学校に言いふらすね」
「はぁ!!??」
もちろん身に覚えはない。だが、そんなことをされたら俺の学校での居場所は無くなる。否定してもいいが、学校での俺と彼女の信用差は大きすぎる。でもそもそも嘘告した時点でそうなる可能性もあったわけだからな……と、そこまで考えたところであることを思い出す。思いもよらないところで保険が出来るとは。
俺はポケットに手を入れて、「それ」を握りしめる。
「そもそも君は心にもない告白っていう人の心を弄ぶ真似をしたんだよ?そのくらいの報いがあるのは当然じゃない?それに一ヶ月もの執行猶予を言い渡した私に感謝して欲しいくらいかな。それに私は今回の勝負、君に勝利して欲しいし」
もっともだ。それを言われては何も反抗できない。ただ、余念も残る。
「でもあくまで『好き』って感情的なものでいくらでも嘘つけるよな?」
つまりは仮に俺が彼女に惚れてもそれを頑なに認めようとしなければ。もっと言えば認めてもそれを言葉に出さなければ負けたことにはならない。
ただ、東雲にとってその疑問も想定内だったようで、頷きながら返事をする。
「確かにね。でもどうしようもなく好きになったら、自分に嘘をつけないほど好きになったらいいんじゃない?」
そんなデタラメな事を当然の事のように言う。
俺は今まで他人に恋愛感情を寄せたことがない。だからこそ当然だが「嘘をつけないほどに好きになる」ということが俺には理解出来なかった。
いや、正確に言えば一年前まではアニメのキャラクターにどうしようもなく恋してた。というか別に今でも好きなことには変わりない。昔はそれを現実の女の子から目を背ける言い訳にしてただけ。
「そんなことは出来ないだろ。どうしようもなく好きになるなんて感情。そんな感情があったとしても、たった一ヶ月で、それも東雲相手に出来るとは思えない」
それは今までの経験則でもあり、ある種の俺の中での常識とも言えるものだった。
しかし、東雲はそんなことでは引き下がらない。
「そうかもね。でも君に拒否権はないからね。今すぐ学校に君が嘘告白をしたってことを言いふらしてもいいんだよ?」
そんな脅しとも取れる言葉に俺は……反論出来なかった。何より自分自身が今回の告白に対しての罪悪感を覚えていたのだから。
……仕方ない、か。
ならばその罪悪感から逃れるためにも、この辛いミッションを受け入れよう。思うところはあるが、少なくとも一ヶ月美少女と付き合えると思えばよく感じる。
俺はポジティブに物事を捉え、余裕のあるトーンを作って答える。
「言いたいことは色々あるが、わかった。とりあえず一ヶ月よろしくな」
彼女を一ヶ月で落とせるとは思わないが、その時は保険を使えばいい。
「じゃあ今持っている録音中のスマホを渡してくれる?」
しかし、その保険は一瞬にして看破された。
「……ほらよ。なぜ気がついた?」
このスマホは録音中になっている。俺がほんとに告白したか確かめるという名目で録音しろと言われたのだ。用意周到なことで。どうせ確かめる為じゃなくてネタにするためだったと思うが。
「勘よ」
「勘か」
彼女は素早く録音データを削除し、スマホを返してくる。
勘なわけあるか。そう言いたかったがギリギリでこらえる。しかし俺の仕草からそれを見抜いたとしたらものすごい洞察力だ。しかし、それを指摘したところで特に意味は無いだろう。ここは勘だったことにしよう。
俺は彼女の手からスマホをとり、そのまま彼女の手を握る。
「じゃあよろしくな東雲」
「あ、ごめんその前に……君の名前はなんだったっけ?」
「
「月瀬君!よろしくね!」
俺は今から名前すら覚えてくれてなかった彼女――東雲梓を一ヶ月で落とすのか。
こうして告白から始まったラブコメが幕を開けた。
……名前すら覚えてくれてなかった人を一ヶ月で落とす。
そんな無理難題に微かな高揚感を感じていた。
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